第25話 30年前の独裁者
今日でマザー地表の3日目になる。エーテルボディは食事の代わり、エーテルチャージという補給を50時間に一度行う。マザーの自転周期は25時間なので、ちょうど2日に1回、エーテルチャージをする形だ。数時間前に、先発隊の誰かが打った杭の近くでエーテルチャージを済ませた僕たち3人は、その杭に日付と名前を記載した。この杭はマゼランポイントA7からちょうど50時間ほどで到達する場所である事、そして首都中心部に向かって一つの道標にしている事を、次に伝えるためだ。
「次のエーテルチャージも、目印になる杭を探して行う予定だ。でもそこでようやく首都までの道のりの1/3くらいだろう」
ミガディさんがそう言いながら、以前も通ったらしい首都への道なき道を先導していく。まだ首都の中心部から遠く、今のところ怪物と遭遇はしていない。しかし場合によっては、このあたりでバルログが出てくる事もあるのだとか。
しかしマザー地表はあまりに無惨な状態だった。地表に太陽光が届かないため、エーテルボディの持つ感知能力で見ている景色ではあるものの、人間が積み重ねてきた文明が、見る影もなく崩れ落ちている。母星をここまで退廃させてしまったガバナーという連中は、なんの目的があるのだろうか。
多分、今もガバナーはこの地表の何処かで生きていているはず。もし自分がガバナーだったら……やっぱりアレかな?自分たち以外を母星から追い出したいんだろうか?自分たちだけが生き残れるためのエネルギー源が確保できているから、マザーをこんな状態に追い込んでいるんだろうか。
「サノさん、何を考えてるんですか?」
思考の沼に落ち込んでいた僕を、その声は唐突に拾い上げてくれた。しまった、マザーの地表に慣れてきたせいか、完全に周囲への注意が散漫になっていた。危ない危ない。
「アイトさん、声を掛けてくれてありがとう。マザーをこんな状態にしたガバナーの目的について考え込んじゃってた」
やっぱり……と苦笑いのような表情のアイトさん。なんか僕のことを妙に理解しているような?
「前の宇宙船探索のときも、サノさんはいろいろ考えながら行動してましたよね。私が周囲を見張ってますから一応大丈夫だと思いますけど、今度はわかった事があればちゃんと説明して下さいね」
ああそうだ、惑星ミヌエトの宇宙船内では、アイトさんの索敵にいつも助けられていた。おかげで僕は自分の考えに集中できたし、新人だった僕が好き勝手やれたのもアイトさんのフォローがあったからだ。申し訳ないような、でもありがたいような。
「ちょっと集中力が途切れる時期かもしれない。ここらで休憩しよう」
リーダであるミガディさんがそう言って、地面に杭を打ち始めた。杭には強力なバネが仕込まれているので、地面に置いてそれを作動させるだけで地中に勝手に突き刺さる。場合によっては武器にもなる。そうして地面に打ち込んだ杭の中に、時間や経緯などの記録を書き込む。その作業をしながら、ミガディさんが雑談するように問いかけてきた。
「サノくんは、ガバナーの目的は何だと考えているのかな?」
正直、今の情報だけだと回答は難しい。あまりに判断材料がなさすぎるからだ。でも、地球の歴史上で実際にあった事を当てはめてみる。
「あくまで推測ですが…… 30年もマザーをこんな状態にし続けている、という事は、ガバナーは目的を果たしていると考えます」
僕の言葉に、ミガディさんだけでなくアイトさんも少し驚いた顔をする。
「もしガバナーの技術や計画に問題があれば、自分たちがばら撒いたパウダーによって自分たちも滅んでいると思います。しかし30年もパウダー発生源は動き続けている。つまり今のマザーの状況は、完全にガバナーの制御下にあります」
僕の説明に、ミガディさんが頷く。まだ纏まっていない考えだけど、僕は説明の先を続ける。
「経緯はわからないんですが、マザーをこんな状態にできるガバナーの目的が、金銭や地位といった物であれば、それをマヌエアリーフに要求するでしょう。しかしそんな要求はない。となると、今この状態がガバナーにとって満足いく状況に近いのでは、と考えます」
「サノさん、ちょっと待ってください。マザー地表に人が住めなくなって、それどころか住民が怪物になってしまって、こんなひどい状況になっている事にガバナーは満足しているんですか?」
アイトさんの叫び声のような問いかけに、今度は僕が頷く。なぜ?理解できない。そんな顔をするアイトさん。ミガディさんも似たような表情だ。
「単純な世界征服とか世界の支配者になると、世界すべての人達の面倒を見なければならなくなる。後から切り捨てる事は難しい。地球でも独裁者や経営者が、征服範囲や営業範囲を広げすぎた事で滅んだ例はたくさんあるしね。となると、ガバナーは初めから首都中心だけを自分たちが支配するという制限のある目的を立てて、それを実現するエネルギー源を確保し、30年間に渡って運営がうまく行っている事になる」
僕はため息をつく。こんな考え方をしたくないのだけど、考えついてしまったのだから仕方ない。
「つまり自分たちさえ良ければいい。という考えを実現しちゃったのがガバナーなんだと思う。そんな事をしようとすれば、必ず反対が生まれる。だからガバナーは、自分たちの周囲のみだけ生き延びれる状況を作って、反対するものや不要と思ったものを根絶やしにしたのかもしれない」
「サノくんは、ガバナーは独裁政権だと考えているのかな?」
ミガディさんは僕の意図をわかってくれたようだ。卓越した才能には、周囲や国民の支持が集まる。その才能が強いリーダシップを持って行動すれば、大多数の賛同者が生まれるだろう。しかしすべての人間が賛同するわけではない。人間が群れる以上、必ず反発する人間も出てくる。
「独裁者というのは、自分一人の考えで世の中を動かそうとする人のことだそうです」
国民的マンガのセリフだ。そのマンガでは、愚かな少年が気づかないうちに独裁者となってしまう。自分に反対する者を消していくが、最後は自分の間違いに気付くという内容だった。小さい頃に読んだマンガだったけど、僕は今でもその内容と、ひみつ道具の名前を忘れられない。そうだ、今のマザーはそのマンガの独裁者と使った道具そのままじゃないか。
「反対意見に耳を傾ける独裁者はいないでしょう。自分が正しいと思うからこそ先頭に立ったのですから。独裁者が自分に反対する人間をどう扱うか。地球の歴史では、何かしらの方法で、反対する人々を遠ざけてきました。反対する人間は邪魔者でしかありませんから。そしてガバナーは毒性パウダーを使って、自分に反対する人間を除外してしまった……」
もし独裁者があまりに政治にナンセンスな人間だったら、自分にとって邪魔な人間をどう遠ざけるか。このマザーは、それが起こってしまった世界なのではないか?僕はそう思って仕方なかった。
このマザーの災厄を起こしたのはガバナー研究所ではなく、ガバナー”独裁者”ではないか?そんなつまらない推察を吐露した後、再び僕たち3人は、首都中心部に向かって歩き出した。




