第22話 地表のストライカー
「どうですか?地球人のエーテルボディは?」
「いや、すごいね。二人とも最初から適合度が70%越え。戦闘シミュレーションの担当者からも戦力として申し分なしとの回答だ。ある程度の研修が終えたら、すぐにでも地表探索に入れられるだろう」
◇
研修を始めてから一週間ほど経った頃だろうか、第5世代のエーテルボディ『パラディン』姿のミガディさんがチェックルームに入ってきた。パラディンボディは西洋の軽装甲冑のような姿で、関節部がメッシュに覆われている。重そうな見た目に反して、瞬発力も機動力も申し分なく、さらにメッシュ関節は柔らかい動きと頑丈さを兼ねている。器用貧乏ならぬ器用万能なエーテルボディであり、軍人のほとんどがパラディン姿となっている。
「訓練はとても順調のようだね。ふたりとも期待通り、いや期待以上で推薦した僕も鼻が高いかな。さて、このままリーフで訓練を続けてもいいのだけど、マザー地表での実地訓練はどうだろうか? 第5ボディとの適合度を見るに、他の地表にいるボディたちと同等以上だ。ちょっと厳しいかもしれないけど、予定を早めてマザーを経験してもいいかなと思っている。どうだろうか?」
たしかに一週間も同じ訓練が続いているので、すこし刺激が欲しい気分もある。どうせいつかはマザーに行くのであれば、今行っても別に良いだろう。
「アイトさん、どうする?僕はマザーに行ってみたい」
「そうですね、ちょっと早いような気もしますけど、行きましょう」
僕たち二人の賛同を受け、ミガディさんがタリアさんに計画変更の指示を始める。そしてマザーへの初飛行が30時間後に決まる。さあ、いよいよだ。
◇
これまでエーテルボディの訓練を担当してくれていたタリアさんから、マザー地表に向かうための心構えを教えてもらった。
「私も第3世代のボディでマザー捜索をしてたんですよ。ただ適合度が伸びなくて、第4世代には選ばれませんでしたけど。本音を言えば、私も第5世代のボディになってマザーにもう一度行きたいです。でもそれはかないませんので、二人に託します」
そんなタリアさんの言葉を胸に、僕とアイトさんはみっちりといろんな事を叩き込まれた。まず地表、今回は1回目だけど、それでも首都に近いA7ポイントに向かう事が決まった。マゼランポイントには番号が振られており、現在は16番まである。ただしA8~A11についてはまだ使えない。
今回のA7は、現在存在するマゼランポイントの中で、首都に近い場所にある。場合によってはナーガと遭遇する可能性もあるとのことだった。
「良いですか?マザー地表は様々なパウダーが蔓延しており、光も電気も何も通しません。エーテルボディの感知力なら周囲を把握できるとはいえ、今までとはまったく違う世界です。まずマザーの地表に転送されて、その感覚の違いに混乱することになります。ですのでゲート転移の最中に、心の準備をして下さい」
「最新の状況は分かりませんが、私が地表を捜索していた時には、マザーの構造物は腐食パウダーの影響で多くの建物が崩れていました。地面はその崩壊した瓦礫によって、地形そのものが大きく変わっている事も多いです。A7付近の地形図はありますが、現在の地形と違っていると考えて下さい」
「地上の捜索にあたり、他のボディとの無線連絡は出来ません。そのために、特殊な杭を地面に打ち込んで、それがメッセンジャとなります。『探索済み』『こちらの進路が正しい』『強敵出現』など、杭の色や形を読み取って行きます。杭はエーテル体による特殊な材質なので、パウダーで腐食する事無く、またある程度の距離があってもエーテルボディなら知覚する事ができます。ですので杭の意味や使い方をきっちり覚えて下さい」
「最後に、エーテルボディは不死身です。でも無敵ではありません。ゲートを使えば、マザー地表からリーフに一瞬で離脱できます。何か危険を感じたら、すぐに地表から脱出して下さい。無事に帰ってくる事、それが一番重要な任務です」
◇
『ゲートオープンを確認。マゼラン受振波形に異常なし。地表A7ポイントに同期します』
女性オペレータであるモランさんの声が響く。僕の上下左右を、惑星周期に合わせたディメンジョンタービンが回り続ける。ここは人工衛星都市にある軍本部ビル地下3階の出発ゲート。無機質な白い壁に黒い床、目の前には真球の青い光が揺蕩う。
『マゼランポイントへの同期、完了。エネルギーおよびシステムに問題なし。いつでも転移可能です。サノさん、準備はいいですか?』
「モランさん、昨日渡したあのアナウンスをお願いします」
いよいよ僕はここから惑星マザーへ出立する。青い光が僕を包めば空間転移であっという間に目的地であるマザーの地表に着くだろう。せっかくなので、僕が憧れていたシーンで飛び立ちたい。
『わかりました、あれですね』
『No.50 SANO. Standby ready?』
「Ready as I’ll ever be.」
そう言って僕は右手の指2本をこめかみに当て擦る。
『Over and out. Good luck!』
タービンが青い光を増幅させ、僕の体を包む。僕の感覚から色が消え、音が消え、重力が消える。さあ、いよいよだ。
次はデンジャーゾーンで行こうかな。
◇
『ゲート、地表A7ポイントに接続中。同期信号に異常なし』
モランさんの落ち着いた声が聞こえる。私の周りを、変わった形のプロペラがくるくる回っている。ここは宇宙に浮かぶマヌエアリーフの出発ゲート。病院の診察室を大きくしたような、居るだけでちょっと緊張してしまう部屋に私は立っている。私の胸の前には、青い丸い光がパチパチと弾けるように輝いている。
『マゼランゲート同期継続中。アイトさん、いつでも出発可能ですよ』
「わかりました、モランさん……あの、ちょっと待って下さい。気持ちを落ち着かせます」
今からバンジージャンプするみたいな気分。怖いような、飛び込みたくないような。
『アイトさん、リラックス音楽を流しましょうか?それとも先程サノさんが使った地球流?のアナウンスをしましょうか?』
「え?地球流のアナウンス?何ですかそれ?」
『サノさんが、夜の街を駆け抜けるためのしきたりって仰ってましたけど』
夜の街?しきたり?何だろう、聞いたことがない……あ、今のやりとりのおかげで緊張がなくなってる……ふふ、サノさんって相変わらずだなぁ……そうだ、私はサノさんに付いて行くって決めたんだ。
「じゃあ、私もその地球流のアナウンスでお願いします」
『はい、それでは行きますね』
『No.49 AITO. Standby ready?』
「英語?はい、準備オッケーです。お願いします」
『Over and out. Good luck!』
青い光が一気に弾けて、私の体を飲み込む。目の前が真っ青になって、何も聞こえなくなって、地面が消えてしまう。思ったより怖くなかった。ところで地球流のアナウンスって何だったんだろう?マザー地表に着いたらサノさんに訊いてみよう。




