第21話 天狐のアイト
「サノさん、シミュレーションルームでエーテルボディの動作確認が出来ます。またこちらでもボディや魂の負担状況などチェックします。もし動くのに問題なければ、試してみませんか?」
あのポータルと違ってここでは至れり尽くせりだ。というか虎の子のエーテルボディなのだから、これが普通の対応なのだろう。とにかく鬼神ボディを早く動かしてみたいので、早速シミュレーションをお願いする。
オペレータに案内された場所に立つと、いきなり風景が変わる。なんと直接転移による移動らしい。すごい、ワクワクが止まらない。
そしてシミュレーションルームは、辺り一面が砂場のだだっ広い空間だった。天井も高く、学校の体育館を思い出す。広いのは確かだけど、この鬼神ボディはなんと部屋の隅から隅まで検知できている。目を向けなくても無意識にそこを見ている感覚があるのだ。
さて、準備運動だ。首、肩、腕、腰の順番で関節を回す。すでに固さは無く、滑らかに動く。あと人間の関節より圧倒的に動く範囲が広い。屈伸すれば相変わらず地に這うくらいに体を低く出来る。片足1本立ちで胸を地面すれすれまで近づけられる。恐ろしい柔軟性とバランス感覚だ。人間の僕は体も固く筋力もあまりなかったので、エーテルボディになって体操選手みたいな超人的な動きができるのは嬉しい。ついでに人差し指だけで逆立ちしてみたけど、容易にできてしまった。すごいな鬼神。
「すでにだいぶエーテルボディを使いこなせてますねー。じゃあそろそろシミュレーションを始めます。ボディは出力制限されていますので、自分の感覚で全力を出して大丈夫です。準備良いですか?」
「良いでーす。お願いしまーす」
すると床の砂が持ち上がり、人間のような形になっていく。おお!そうか、これがパウダー技術なのか。凄いなー!
「では始めます。これはマザー地表に現れるバルログというモンスターを模したものです。強さは調整済みです。まず一体、どうやってもいいので倒してみて下さい」
「了解…… って武器はないんですか?」
「まずボディの感覚を試すものですから、武器無しでお願いします」
なるほどと思いながら、バルログを見る。バルログの姿は眼球以外がすべてのっぺりとしたトルソーの出来損ないという感じの人型の怪物である。そういえば宇宙船内で戦ったことのあるバルログは両手が刃物だったけど、このパウダーで再現されたものはそれがない。最初の弱い敵扱いなんだろうな。
「ではシミュレーションを開始します。3,2,1,スタート!」
10mほど離れた場所に立っていたバルログが、こちらに駆け出してきた。僕はゆっくりとバルログに向かって歩き出す。自然体だ。
なんというか、ここまで感覚が鋭敏だと、バルログの動きがまるでスローモーションのように認識できる。2歩目が終わった所でバルログが腕を振り下ろしてきた。けどやはり動作は遅い。踏み出した左足を支点に体を横に動かしてその攻撃を避ける。目の前をバルログの腕が通過すれば、隙だらけの顔が真正面だ。腰を捻り、左肩を後ろに勢いよく引く。その動きに連動して、右手が肩から拳にかけてまっすぐ伸びるストレートが最短距離で放てる。想定通りに右拳がバルログの頭部を撃ち抜く。すぐに右手を引いて胸の前に構え直しつつ、バックステップで体ごと後ろに逃げる。防御を常に考え、攻撃しても防御を忘れず、攻撃したらすぐに動く、これは前のボディで鬼人に習った鉄則だ。
「バルログ、戦闘不能です。お見事!」
バルログも僕も出力が制限されているだろうから、実際にマザー地表で制限無しで戦ったらどうなるかわからない。けど第4世代の鬼人ボディでもバルログは厄介だったけど敵ではなかった。第5世代の鬼神なら、まあ今みたいに楽勝なんだろうな。
「では次、バルログが複数体です」
その言葉通り、遠くから次々とバルログが現れるが、どれも遅く、脅威ではない。パウダーで再現されたバルログは脆いので、体勢が崩れる蹴りを出す必要はない。さっきと同様にストレートで頭部を狙うか、手刀で首を落とす。複数に囲まれる前に一撃で倒せてしまうので、鬼神ボディのテストにはならなそうだ。
「あら、この難易度ですと全然プレッシャーがないみたいですね。もしかして楽勝ですか?」
「鬼神ボディとバルログとの差が大きすぎるせいだと思いますよ」
「確かにそうなんですけど、最初ですから丁度いい難易度になってるんですよ。じゃあちょっと難易度を上げますよ」
そう言うと、今度は腕先が刃の、僕が以前戦ったことのある姿のバルログが4体出現する。そしてただ平坦だった床も壁がせり上がって見通しの悪い通路が形成され、バルログの姿が見えなくなる。そうそう、迷路の中ではバルログは奇襲が脅威だった。懐かしいなぁ
とはいえ、見えないはずの壁の向こう側も鬼神ボディは感知できてしまうので、バルログの奇襲は成り立っていない。この点において明らかに鬼人ボディとの差がある。いくらバルログの手が刃物に変わっても攻撃スピードはほとんど変わらないので、あまり意味はない。あとさっきの戦闘で気付いたけど、鬼人ボディは拳闘の際にブラスナックルを付けたけど、この鬼神ボディは最初から拳の甲に同じものが内蔵されている。おかげで拳を当てるだけで十分すぎる威力だ。結局、僕はさっきと同じ攻撃であっさり4匹のバルログを倒してしまう。
「すいません、弱すぎなので、もう少し難易度を上げてもらえますか?」
「あのー、これ適合度50%の人が行うシミュレーションなんですけど」
「じゃあ適合度60%にしてもらえますか?」
「いいんですか?まだ最初ですから無理しない方が……」
無理だったらすぐ言います、と約束して難易度を上げてもらう。すると敵は鎧姿の、完全に人間タイプが1体現れる。確かミガディさんが使っていた第4世代の軍用エーテルボディだ。こっちは武器がないので、これなら確かにさっきより難しそうだし、第4世代との差が分かるかもしれない。
実際、今回はなかなかの歯応えだった。敵は槍を持っていて、それをガンガンと突き出してくる。しかしそれだけだ。この鬼神ボディなら槍を突き出してくる動きを察知出来るので避けるのは簡単だし、敵はフェイントや複雑なコンビネーションを使ってくるわけでもない。ただの斬り突き払いをこちらの距離と位置に合わせて出してくるだけ。突き出された槍を掴み、相手の姿勢を一瞬だけ崩す。そのまま右拳で顔面を狙い撃つ。やはり一撃で頭部が吹き飛んだ。
「まだちょっと弱いかな」
「あのー、今日は初日という事で、とりあえず終了にしませんか?」
なんだか呆れたような声が聞こえてくる。うーむ、ちょっと消化不良気味だけど、まぁ確かに最初だからこの程度でいいのかな。
最初に立っていた位置に戻ると、そこには白く輝くキツネさんが居た。おお、あれはニューアイトさんか?!
こちらに目が合うと、ペコリとお辞儀をしてくれる。ああ、間違いない。キツネ姿のアイトさんだ、懐かしい。金狐のときと同じような狐面だけど、全身を覆う体毛は金ではなく白い。第4世代のボディは硬いプラスチックのような見た目だったけど、今度のアイトさんは艶消しアルミのような白銀だ。
「アイトさん、だよね」
「はい、アイトです。今度のボディは『天狐』という名前だそうです。派手すぎなくていい感じです」
「おお、天狐。じゃあニューアイトさんだ」
「なんですかニューって」
なんだか金狐だったアイトさんよりも自信が感じられる。金狐のときは、ちょっとおどおどしていた感じが伝わってきたけど、新しいボディのアイトさんからは、すごく逞しいというかオーラが漲っているような……
「私もシミュレーションに挑戦します。ちょっとワクワクします」
「アイトさん、そのボディが気に入ってるんだね?」
「はい、前の金狐も好きだったんですけど、この天狐はもっと素敵です。サノさんのアドバイス通りです」
ん?なんかアドバイスしたかな。
「じゃあアイトさん、準備をして下さい。サノさんは見学されますか?その場合はもう少し奥に下がって下さい」
オペレータの声が届く。ぜひアイトさんを見学したいので、いそいそと言われた通りに部屋の隅に移動する。おお、アイトさんは4つ足、本気モードだ。でも天狐は金狐のように尻尾がないみたいで、ちょっと残念。何が残念なのかわからないけど。
「では始めます。3,2,1,スタート!」
最初は僕のときと同様に、刃のないバルログ1体が相手のようだ。バルログが飛び跳ねると同時にアイトさんもダッシュを切る。そして一瞬でバルログの首元から胴体の半ばまで縦に裂けた。狐の後ろ足……というかバルログを飛び越えて、空中で右足を振り下ろしての蹴り一閃だった。その反力を活かしてすでにアイトさんは大きくバルログの背後に居る。なるほど、あれも攻撃し即座に離脱だ。そういえばアイトさんの武器無しでの戦い方を初めて見た。
「基本動作は問題なさそうですね。では次、バルログ複数体を出しますね」
再び部屋の中に壁が登場する。壁に遮られて見えないけど、感覚でバルログが4体現れたのが分かる。索敵に優れたアイトさんなら、僕よりはるかに状況を認識してるだろう。そして予想通り、何の苦もなく、アイトさんはバルログを屠る。僕は相手の攻撃を避けての攻撃だったけど、アイトさんはバルログが攻撃しようとする直前にすでに攻撃している。それだけ瞬発力がある。どう見ても金狐より早い。あれじゃあ、不意打ちでも避けられてしまうかもしれない。アイトさんが敵じゃなくて本当に良かった。
「あらー、アイトさんも楽勝みたいですね。どうします、さっきサノさんが相手していたナイトボディとも戦ってみますか?」
「はい、是非お願いします」
あのミガディさんが使っていたボディはナイトっていうのか。ただ中に魂が入ってないので、全然怖くないんだよな。というか今のアイトさんは負けないだろう。
そして予想通り、ナイトの槍はまったく当たらない。僕でさえ避けられたのだから、僕より速いアイトさんを捕らえるのは無理だよね…… ただ僕のときと違って、アイトさんはずっと避けに徹している。見た感じ、避けた後の動作が一瞬遅れているような…… まだボディが完全に馴染んでなさそうな……
後から聞いたら、やはりまだボディがしっくり来ていなかったので、槍を避けながらその違和感を修正していたんだとか。結構長い時間、避け続けていたアイトさんは、一度距離を離した。そしてナイトが近寄って来た瞬間、やはり頭上を飛び越えて、後頭部に槍より数段早くて鋭い蹴りを放った。甲高い音が響き、ナイトの頭部が拉げる。一旦地面に降りたアイトさんは、今度はがら空きの背中にまた閃光のような蹴りを連続で当てる。天狐の足先は脚甲というのだろうか、いかにも硬そうな被膜で覆われている。あれで蹴られたら相当痛そうだ。
「はい、ナイトは戦闘不能となりました。お見事です」
うーむ、まだボディと多少のズレがあるとはいえ、忍者のような動きは凄いなぁ。リミッタがない状態ならどれだけ早くなるのか。
「本当なら最初に動きの悪いところを調査するんですけど、お二人ともすでにだいぶ動かせてるんですよねー」
シミュレーションルームの隣りにある控室みたいな所で、オペレータを務めてくれた女性軍人のタリアさんが褒めてくれた。先程の戦闘データが提示されると、そこには僕たちの攻撃射程や攻撃速度、反応距離と反応時間、体重移動の際に脚部にかかる負荷とバランスなど、いろんな項目が分析できるようになっていてわかり易い。僕の鬼神ボディについては特に平均的に高い数値だけれど、アイトさんの天狐ボディは、移動時の脚部にかかる負荷に左右でばらつきが大きかったりとアンバランスな事が分かる。アイトさんにはそうした点を補うトレーニングが組まれた。




