第15話 アイトの大切な人
「先に寝ますね。おやすみなさい。あまり夜更かししないようにして下さいね」
「あ、私も先に失礼します。ミガディさん、サノさん。おやすみなさい」
女性陣が退席して、残るは男2人となった。僕は一応、ミガディさんにアイトさんとは恋人じゃないですよと訂正を入れておいた。ミガディさんは首をかしげていたけど、理解してもらえたと思う。そんなこんなでお酒が無くなったので、明日に備えて寝る事になった。
スレンさんから寝室として用意された部屋にうきうきで向かう。こちらの次元ではエアマットの上にシートを掛けて寝るスタイルが一般的だ。エアマットとは特殊な圧縮空気が厚みを持ったもので、まさに空気の敷布団なのだ。温度や大きさを自由に設定できる上、理想的な固さの空気が体を優しく支える事で、あっという間に眠れる素晴らしい寝具。またシートも見た目は薄い布一枚のようなのだが、これを掛けるだけで圧縮空気がほどよく全身を包み込むようになっていて、もう最高の寝心地になる。ポータルで人間の体に戻ったときに、このエアマットで睡眠を取るようになったけど、あまりの素晴らしさに僕は虜になってしまった。またあの極上の空気に包まれて眠れるんだと、この次元に再び来た僕は実は楽しみで仕方なかったのだ。
わくわくしながら部屋に入るとエアマットとシートが2つ並んでいた。そして少し前に、先に寝ますと言って退室していたアイトさんは、すでに奥のエアマットで眠っている。あれ?アイトさんと同じ部屋で寝るの?
まぁ今日はあと寝るだけだし、ポータルではみんな適当に雑魚寝してたし、もし嫌だったらアイトさんが先にこの状態で寝てないだろうし。ちょっと僕の心の中にいる狼が起き出してしまったけど、静かに深呼吸して狼を宥めた。よし、余計な事を考えずに寝よう。
静かにエアマットに体を乗せ、寝ているアイトさんとは反対の向きで横になってシートを体に掛ける。ふわふわとした弾力が僕の体を宙に浮かせて、もうこれだけでアイトさんの事を忘れて脳がとろけそうになる。まるで小さい頃にアニメで見た雲のベッドのようだ。そう、これ。地球では絶対に味わえないこの極上な寝心地。地球に戻ったらこのエアマットをいつか開発したいね。
そんな事を考えながら、横向きから天井に向き直した時だった。目の前にアイトさんの顔があった。正直驚いたし、ちょっと悲鳴が出た。
「サノさんに話があります」
はい、何でしょう。と上半身を起こすと、突然アイトさんが抱きついてきた。今日3回目の抱きつきだ。アメフトタックルと違って今回は僕の右肩の上にアイトさんの顔が乗っかる。胸は柔らかい感触だし、背中に回った腕は細くて心地よいし、何よりとてもいい匂いがする…… って、ちょっとまって!眠りかけていた僕の狼が起きてしまう!下半身の狼の牙が……
「なんで私の事を忘れてたんですか?」
狼がシュンと項垂れた。
「いや、アイトさんの事は忘れてなかったよ。いろいろ助けてもらったし、忘れるわけ無い。ただ会いに行くのがちょっと躊躇われただけで……。だってアイトさんとは歳が違うし、学生さんだし」
「サノさんも恥ずかしかったんですか?」
「まぁそうだね。アイトさんは大学生で大人になったばかりで、これからいろんな楽しい事や新しい出会いが待ってるわけで、宇宙船のこととか僕のことなんて忘れるんだろうなって」
「忘れるわけ無いです!絶対に忘れません!」
僕に抱きつく力が強くなる。う、ちょっと息が苦しい。お互い薄着なので、アイトさんの少し大きめな膨らみが当たっているのが分かる。やばい、狼が元気になり始めた。
「アイトさん、酔ってるでしょ。ダメだよ。酔いにまかせちゃ。冷静になろう」
僕もちょっと酔っているので、自分にも言い聞かせる。そんな僕の焦りに気づかないのか、アイトさんがぐいぐい体を押し付けてくる。あー、僕の中の狼、落ち着いてー!
「会いたかったです、サノさん。ずっと、ずっと待ってたんですからね。何で忘れるんですか!私絶対サノさん約束を忘れてると思ってました!やっぱり忘れてました。ひどいです!」
うう、それを責められるとつらい。会いに行くという約束は完全に忘れてたからな……
「ごめんねアイトさん。もう忘れないから」
心からお詫びの言葉が溢れると、僕の肩に顔をのせていたアイトさんが体を離して至近距離で僕を見つめる。口をとがらせて、軽く睨んでくる。顔が近い、近すぎるよ。
「あ!やっと謝った!もう、サノさんいつも誤魔化そうとするから。ダメですよ。ちゃんと悪いことをしたら謝らないと」
はい、ごもっともです。反省してます。次から気をつけます。そんな小学生に戻ってしまったような気持ちでアイトさんに詫びると、可愛い顔で睨んでいた彼女もようやく笑顔に戻った。至近距離でのアイトさんの笑顔は強烈な破壊力だ。僕の中の狼が今にも飛び掛かっていきそうだ。やばい。なのにそんな事も知らずに、アイトさんは可愛らしい声で僕にささやく。
「次から気をつけましょー。大切な彼女を泣かせないようにね。もう約束を忘れちゃダメですよ」
もうアイトさんの顔は至近距離だ。こんな近くだと、アイトさんの息が肌にかかってやばいんです。ダメだ狼、おすわり、おすわりしろ!
……ダメだった。そのままつい、フラフラとアイトさんのおでこにキスしてしまった。
「なんでおでこなんですか?」
アイトさんがちょっと拗ねた。こんな可愛らしい拗ねられ方は初めてだ。
「いや、口にキスだと止まらなくなりそうだし、明日も有ることだし、早く寝た方がいいし」
なんだかアイトさんは物足りなそうな顔をしていたけど、酔った状態じゃなくちゃんとした時にね、と言うと納得したのか、ようやく心の中で狼が暴れ回っている僕から離れてくれた。そしていろいろヘビーな話があって疲れていたのか、自分のマットに戻ったアイトさんは、あっという間に眠ったようだった。危なかった、本当に危なかった。
寝る直前まで、いろんな事を考えすぎたけど、エアマットのおかげで直ぐに眠気が襲ってきてぐっすり眠る事ができた。何だかんだ言って、僕も結構疲れていたのだ。僕の中にいる狼も起き出すこともなかった。




