第12話 最悪のエーテルボディ
軍用でも融合型でもない、寄生型エーテルボディ。タウズン博士の説明はこうだった。
エーテルボディはガバナー研究機関が40年ほど前に開発したエーテル体が基本となっている。エーテルと体は非常に高効率なエネルギー変換が可能な核因子を有する生命系の素粒子。そこからさらに複雑な機能を持った上に人間の体と親和性が高い『エーテル人工細胞』がいくつかの研究所が協力しあって開発された。それが約20年前であり、その後はエーテル人工細胞を用いた臓器や筋肉が生み出され、融合型エーテルボディに発展していく。さらに全身がすべてエーテル人工細胞による一番最初の軍用エーテルボディが10年ほど前に誕生する。
「軍用エーテルボディが開発されたのは、様々な有害パウダーに包まれてしまった母星を探索するためです。魂が無事であれば、エーテルボディがどれだけ損傷しても問題ない、戦闘能力にも優れた不眠不休の身体。まさに過酷なマザー地表で活動するための最適なボディです」
10年ほど前に軍用エーテルボディがマザー地表の探索に投入され、そこでようやく調査が進み始めた。それに加え、エーテルボディを空間転移させられるマゼランポイントが地表に建築された。軍用エーテルボディが数多く製造され改良を繰り替えされ、マゼランポイントも増設されていき、調査範囲も拡大を続けた。ところが首都中心部に到達しようとした時期から、地上に不可解な怪物が現れ、探索隊と敵対するようになった。
「今の母星には撮影道具など持ち込むことが出来ないため一切の映像記録を取ることが出来ません。また地表から衛星軌道にある本国に戻るにはゲート転移しか方法がなく、怪物の身体を持ち帰る事もできません。ゲートで転送できるのは安全のために認証されているエーテルボディのみですから。そのため長い間、怪物の正体を掴むことができませんでした。この問題を突破できたのは、サノくんのアイデアのおかげなのです」
ミガディさんとアイトさんが僕を見る。ああ、多分あれだ。
「鬼人ボディの手を取り込んだメデューサさんは、脱出ゲートを使ってポータルに転移できました。それを応用したんですね」
「その通りです。転移ゲートに認証させた鬼人の手と同じ機能を怪物に取り込ませる事で、マザー地表から本国に転移させることに成功しました。当然、怪物を無力化した後に転移させていますが。そして怪物の細胞を調べた所、ポータルに記録されたメデューサの細胞と一致したのです。その細胞は、基本はエーテル体ですが、本国に一切データがない、軍用とも融合型ともまったく異なるエーテル人工細胞と判明しました」
僕は当たってほしくない推察が当たってしまい、大きくため息をつく。
「さてここで、エーテルボディの欠点と、その解決策を上げたいと思います」
画面に映し出されている鬼人とサギ女神にスポットライトが当たり、メデューサさんの映像が暗くなる。
「軍用エーテルボディは、魂との適合度が低いと、その高い性能を発揮できません。融合型エーテルボディは最初から適合度は高いですが、性能は軍用より低くなります。それぞれ短所があります。軍用エーテルボディとの適合度を上げるには、ボディの中に魂が長く居続けるのが有効です。しかしそれが長すぎると、魂の境界が薄れて元の体に戻れなくなる恐れがあります。なら、魂を戻さなければ、この問題は解決します。まぁ普通はしませんが」
更に嫌な予感がひしひしと高まる。そんな僕を気にすることなく、説明は続く。
「また軍用エーテルボディは人間以外の生き物の優れた要素を取り込んで機能を高めていますが、中に入る魂は人間ですので、ボディの基本は人間ベースになります。もしあまりにボディの性質が人間の体と違いすぎると、入った魂が拒否反応を起こすからです。なら、拒否されないように『魂をボディに入れる』のではなく、『ボディが魂を飲み込んで』しまえば、この問題も解決します」
ミガディさんもアイトさんも、意味がわかったようだ。────侵食型とはよく言ったものだ。
「軍用ボディよりさらに強力で異質な身体能力を持たせた上で、融合型よりはるかに強引な魂との一体化、それが侵食型エーテルボディの特長です。だからメデューサやナーガは第五世代のエーテルボディより強力なのです。さらに利点として、ポータルにあったような魂の入れ替え設備など一切不要です。ただ生きている人間を侵食型エーテルボディに取り込ませるだけで、それは完成します」
「タウズン博士、侵食型エーテルボディの話は今はじめて聞いたし、軍部にはまだその情報は公開されていないはず。今の話は研究部署側では、皆が把握している内容なのだろうか?」
冷静さを保っているものの、気持ち青ざめたように見えるミガディさんが、タウズン博士の説明を遮るように発言する。そうか、ミガディさんにとっても初耳の内容なのか。
「いえ、寄生型エーテルボディは、これから私が研究部に報告する内容になります。今、この場で初めて口に出しました」
「なぜそんな重要な、いや機密に近い内容を私たちに公表するのですか!?」
「僕の意見を聞きたかったから、ですか?」
熱くなってしまったミガディさんとは対象的に、僕の心はどんどん冷たくなっていた。タウズン博士の説明を聞いて、僕が墜落宇宙船の中で感じていた多くの疑問が解けていったからだ。しかしそれは愉快な事ではなかった。どちらかといえば、聞きたくなかった答えだった。
「そうです。私は鬼人ボディとなって多くの囚われた魂と対話したサノくんの意見を聞きたかった。ここだけの話ですが、私も知りたくなかった事実です。マザー地表で、仲間である探索部隊を襲う怪物の正体が『侵食型エーテルボディに食われたかつての生存者だった』と判明した時、私は大いに悩みました。何とおぞましい事なのか、そしてこれを報告して良いものなのかと。元々エーテル人工細胞は、困った人を助けるために開発してきたもの。それをこんな風に使われるなんて……」
地球でもダイナマイトは平和より戦争に多く使われてきた。これはどの次元であっても、人間の業なのだろう。
「事実を知ってしまったからには、それから逃げる訳にはいかない。嘘をついてはならない。事実に対して自分の感情を切り離し誠実に向き合う、それが研究者です。サノくん、君も研究者と見ました。なら、事実を知るべきだと私は考えました。その上で、これからの事を考えなければならない。起きてしまった事は仕方ありません。我々は時間を戻す事は出来ない。なら、これから何をすべきか、そのためにサノくんの意見を聞きたいのです。ただその意見は今でなくて良い、いつかで良い」
「質問があります。侵食側エーテルボディを発明したのは、ガバナーなのでしょうか?それとも宇宙船の制御コアなのでしょうか?僕はガバナーだと考えます。いや、そもそもあの墜落宇宙船の中に居たモンスター自体、ガバナーが試験のために生み出していたのでは?」
タウズン博士なら、僕が感じていた疑問に答えてくれる、そう確信があった。
「私個人の答えになりますが、サノくんの推察どおりでしょう。宇宙船の制御コアは優れた人工知能とはいえ、侵食型エーテルボディを開発できるような革新的な知能はさすがに有していません。そもそも20年以上も前の宇宙船に、新たなエーテルボディを開発するための設備があるはずもありません。浸食型エーテルボディはガバナーによって開発されたもの。そして惑星ミヌエトに墜落した宇宙船を使って試験されていたと考えてよいでしょう。
そしてあの愚かな管理者マールが罪を追求されずにいたのも、すべては仕組まれていたものだと私は考えます。惑星ミヌエトを試験場にして、マールが送ってくる軍用エーテルボディを相手に、ガバナーは侵食型エーテルボディをテストしていた。おそらくですが、マールも自覚しないままガバナーに利用されていた人間でしょうね」
あの宇宙船でも、マザーでも、ガバナーによって多くの人間の命が奪われ、さらに魂が弄ばれている。できることなら蛮行を止めたい。サギ女神ことマールは、欲深で思考が単純で判断力が残念だったので、僕でも手玉に取ることができた。しかしガバナーは僕一人ではとても勝てそうにない。というか僕が役に立てるんだろうか?
「私の話はここまでです。サノくんやアイト女史には酷な話をしてしまい申し訳ありませんでした。ただサノくん、君のお陰でマザー地表で何が起こったのか、それを知る事ができました。そして君とこうして話していると、次に繋がるアイデアが浮かんできます。私には立ち止まっている時間はありません。希望を言えば、もう少しだけこの次元に留まって頂きたい。それが私の切なる思いです」
最後にお辞儀をしながら、タウズン博士は言葉を閉めた。僕は何も言えなかった。




