第8話 料理対決
いつの間にやら暗くなってきた。小百合は一生懸命芽依に勉強を教えている。当然マリーはこの状況を不満げに腕を組んで見ているわけだが。
「小百合、いつまでいるのよ」
「そんなに急いで帰らなくてもいいわよ」
「家の人も心配してるんじゃない?」
「大丈夫、さっきメールしたから」
ますます不満げになるマリー。この不満がいつ爆発するか実に不安だ。
すると下の方からお母さんの声がした。
「芽依、夕食作るの手伝ってー」
「えー! 今勉強中だから無理! お兄ちゃんに言ってよ」
とんでもないことをさらっと言ってくれる。
「四朗はダメよ。全然役に立たないから」
酷い言われようだ。でも本当のことだから仕方ない。
突然、小百合が立ち上がった。
「お義母さん、私がお手伝いします」
小百合が部屋を出ようとすると、
「ちょっと待ちなさいよ。私が手伝うわよ。あんたは芽依の勉強を見てる途中でしょ!」
とマリーが小百合を止めた。
小百合はにこりと笑みを浮かべ、
「みんな美味しい料理を食べたがってると思うの。分かるでしょ? この意味」
「何よ、私の料理は不味いって言いたいわけ?」
はっきり言って不味い。
「ここは私に任せて大人しくしててちょうだい。それがみんなを幸せにする秘訣よ」
と言い残して小百合は階段を降りていった。
「ちょっと待ちなさいよ!」
その後をマリーが追いかけていく。普段は料理など手伝ったことなどないくせに。
俺は台所が気になったが行くのは何気に怖いのでここで待つことにした。芽依はなぜかニコニコしている。
「何ニヤついてるんだ?」
「お兄ちゃん、嬉しいね。こんな状況なかなか体験できるもんじゃないよ」
それはそうだが、出来れば相思相愛の彼女は一人でいい。
「ちょっとマリー! 何で味噌汁にケチャップ入れてるのよ!」
「これが隠し味じゃない」
これはとんでもない物を食わされそうだ。
「マリーさんと結婚したら大変だね。やはり料理の上手な人と結婚するのが一番だよ」
小百合の料理の腕はよく分からないが、現役プリンセスのマリーに料理ができるわけがない。
芽依が余裕の笑みで俺を見ている。
「どうした?」
「多分だけどこの3人なら芽依が一番料理上手だよ」
確かに芽依は料理が上手い。小さいときから手伝わされていたからだろう。勿論、男女平等の時代だ。俺も手伝わされたが、その才能のなさから母親は早々に諦めたらしく、いつからか俺に手伝えとは言わなくなっていた。
「で? 料理が上手だからそれがどうした?」
「芽依をお嫁さんにするのが一番幸せになれってことだよ」
「お前は妹だろ?」
芽依はますます笑みを浮かべて俺を見ている。
「私たち血の繋がっていない兄弟だよね」
俺は一歩芽依から離れてつい大きな声を出す。
「それがどうした」
芽依がゆっくりと近づいてくる。こいつ狂ったのか?
「ごはんできたわよ」
小百合がやって来て言った。
「何してるの?」
「いや何でもない」
俺は慌てて座り直した。
小百合は俺たちを見て、
「ふうん」
と呟いている。
今日の夕食はロシアンルーレット的要素がある。つまり小百合が作った物は大当たりでマリーが作った物は大外れだ。俺は慎重に箸を出す。まずは唐揚げだ。なぜか赤みがかった物と黒い物がある。2種類あると言うことはどちらかが小百合のお手製でどちらかがマリーの物だ。
「芽依、唐揚げ美味しそうだぞ」
「そうだね」
「食べろよ」
「お兄ちゃんから食べてよ」
こいつも様子を伺っているのか?
「マリー、お前の作ったのはどっちだ?」
「それは食べてのお楽しみよ」
マリーは自信ありげに指を振りながら言う。小百合はと言うと不敵な笑みを浮かべて俺を見ている。
こうなりゃ賭けだ。おそらく赤い方は唐辛子入りの辛い奴だ。黒は醤油ベースに違いない。和風女子の小百合が作ったのは黒い唐揚げだ! 俺は黒い唐揚げを口に運んだ。
「うう~」
不味い! 何だこの味は。俺は思わず食べかけの唐揚げを口から出した。
「どう美味しいでしょ? 黒は高貴な色よ。だから黒い唐揚げにしたの。黒い色を出すのには苦労したんだから。いいアイデアがなかったから墨汁を入れたんだけど」
「食える調味料を使え!」
小百合が大きな声で笑っている。
「この赤いのも食べてよ」
「これはうまい。てっきり激辛かと思ったら甘辛だ」
「そうでしょ」
もの凄い笑みでマリーを見る小百合。まあ、食べる前から勝敗は見えてたけどな。
「今度は芽依ちゃんと料理対決したいな」
「望むところだよ」
芽依に勝つ自身でもあるのか? こいつはちょっと手強いぞ。それにしても小百合は何でそんなことを言い出したんだ?
俺たちは食後の談笑をしていると小百合の家から電話がかかってきた。
「そろそろ帰ってきなさい」
だそうだ。小百合は芽依に、
「後はお願いね」
と言って帰って行った。