第61話 芽依が目の前に居る!
俺の目の前に芽依がいる。どれだけぶりだろうか? と言っても何年も会っていないわけじゃない。
たかだか2週間くらいだろう。だが俺にはとてつもなく長い時間に感じられたんだ。
芽依に出会ってからほぼ毎日顔を見ていた。修学旅行の時には顔を見なかったがせいぜい3日くらいだ。
「め~い~」
「何、実の妹を見て泣いてるのよ」
だって仕方ないだろう?
こいつ食事はわざと時間をずらしてたんだぜ。学校への登校もかなり早く出て行ったから俺は顔を見ることもできなかったんだ。
てっきり嫌われたんだと思っていた。こんなきつい日々は初めてだった。芽依に嫌われることがこんなショックだとは思わなかった。
「お兄ちゃん‥‥」
芽依は俺を見つめながら小さな声で言った。
「芽依、俺が悪いことをしたのなら謝るから。直してほしいことがあったら言ってくれ」
芽依は俯きながら俺から視線を逸らした。
「お兄ちゃんは何も悪くないよ」
「え? 何て言った?」
「何でもない!」
芽依は服の袖で目を抑えた。
「泣いてるのか?」
「泣いてないよ」
芽依は俺に背を向けるとマリーに話しかけた。
「マリーさん、キスは結婚してからにしてください」
「どうして? 愛し合ってるんだからいいじゃない。一体いつの時代の話よ?」
「これは葛城家の家訓ですから」
「家訓?」
「家の決まりよ。絶対に守っていただきます」
芽依の口調はいつものそれではなかった。芽依には似合わない厳しい口調だ。
「どうしてあなたにそんなことを言われなくてはいけないの?」
マリーは不服そうに聞いた。
「お兄ちゃんがマリーさんと結婚するなら、私は小姑になります」
「こじゅうと?」
「正式には『こじゅうとめ』です」
そうなんだ。
「さっぱりわからないわ」
「結婚相手の姉妹のことよ」
マリーは『?』を浮かべながら考えた後、居直ったように言った。
「だから何なのよ」
「葛城家に入っていただくのでしたら家訓を守るのが常識ではありませんか?」
「何言ってるのよ。四朗はピピプル家に入るのよ」
「お兄ちゃんは長男です。そういうわけにはまいりません」
なんかリアルな会話になって来たな。異世界人にこの常識って通じるのか?
「もうなんだっていいわよ! 四朗は私の国で暮らすの。早くシャーペンの芯を貰って出てって!」
ついにマリーがキレた。わからないことを並べられて理解が追い付かなったんだろう?
でもこれで俺がマリーの世界に行くことが決定したな。
「お兄ちゃんを連れていかれたら誰が葛城家を継ぐんですか?」
「そんなのあなたが継げばいいじゃない」
「そういうわけにはいきません」
「何でよ?」
「う‥‥」
芽依が黙ってしまった。
芽依の様子を見てマリーがにやりと笑う。
「後10日もすれば結婚式よ。いまさら何を言われようと関係ないわ」
「‥‥‥‥」
「あ、それと今晩は私この部屋で四朗と寝るから。今まで部屋に泊めてもらってありがとう」
「ダメ! 絶対にダメ!」
「さあ、とっとと出てって頂戴」
マリーが芽依の背中を押して部屋の外に出そうとした。
「お兄ちゃん助けて」
その言葉を聞くと俺の体が条件反射のように動いた。
「マリー止めろ!」
無理やりマリーの腕を掴むと芽依が部屋の中へと逃げ込んだ。
「お兄ちゃん!」
芽依は俺に抱き着いて泣いている。
プルルル。その時、芽依のスマホが鳴った。
芽依は俺から離れるとスマホの通話ボタンを押す。
「芽依ちゃん。ダメよ。もう少しの辛抱だから」
「小百合さん、芽依には無理だよ」
その言葉に俺は激しく反応した。
「小百合なのか!?」
「違うよ」
「いいから貸せ!」
芽依からスマホを取り上げると電話口に向かって叫んだ。
「小百合! 小百合なんだな?」
返事がない。
「どうして俺と話してくれないんだ?」
「‥‥‥‥‥‥」
「俺が悪いんなら謝るから。お願いだ。なんか言ってくれ」
プチ。プープープー。
何でここまで嫌われたんだ? いやマリーと結婚することになったからに決まってるか。
「話はついたようね」
くそ! 俺は下を向いて握り拳を力いっぱいに握った。
「マリーさん。どうしてもこの部屋で寝るというのなら芽依もここで寝ます」
「そんなの許さないわ」
「ここは葛城家です。ここに居る間はマリーさんの思い通りにはさせませんから」
「だったら今すぐ私の国に行こう。ねえ四朗いいでしょう?」
マリーが俺の腕を掴んだ。
マリーが呪文を唱えると壁に大きな渦巻きが現れた。
「止めて!」
芽依がマリーに抱き着いて俺を異世界に連れて行こうとするのを阻止している。必死で必死で。
「もう鬱陶しいわね」
「キャー!」
芽依が悲鳴を上げた。おそらく何らかの黒魔術を使ったのだろう。
でも芽依はマリーから離れなかった。
「しぶといわね」
「キャー!」
「これでも離れないつもり?」
「絶対にはなれない。お兄ちゃんは渡さない」
俺は何をしてるんだろう? 芽依がこんなに一生懸命に俺を守ろうとしているのに、何もできないで見ている。芽依は絶対に苦しいはずだ。なのにマリーにしがみついて。これでいいのか?
「マリー離してくれ。俺はお前の世界には行かない」
「何言ってるの?」
マリーの力が緩んだ。
暫く俺を呆然と見ていたマリーは突然大きな声を上げた。
「ママに言うからね! いいの?」
「ああ言ってくれ。俺が間違ってた。俺はお前が嫌いじゃない。でも芽依や小百合と離れたくないのも本心だ」
立ち尽くすマリー。
「私のことを愛してなかったの?」
「お前のことは好きだ。だが今回のことで分かったんだ。もっと好きな人がいたんだって」
「誰よ? それって小百合のこと?」
「それは答えられない。でもこの状態で結婚するのは違うと言うことだけはわかる」
マリーの目からは大粒の涙がこぼれていた。
「ママに言って死刑にしてもらうんだから!」
それだけ言い残すとマリーは異世界へと消えていった。




