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第60話 キスしようよ

結婚式まであと10日。さすがにもう逃れられないか? ああ、小百合や芽依に会いたい。このままお別れ何て嫌だ。

「ねえ、ダーリン」

「誰がダーリンだ?」

マリーの言葉に思わずツッコんでしまう。ここは俺の部屋。そしてここに居る人物は俺とマリーだけだ。ダーリンとは俺のことに決まっている。


「結婚式が終わったら新婚旅行に行く?」

「新婚旅行?」

「こっちの世界では結婚したら旅行に行く習慣があるんでしょ?」

追い詰められていたのでまったく考えてなかった。もしかして学校を休んで行くのか?


「どこがいい? 超恐山とかいいわよね?」

「恐山? 下北半島のか?」

「違うわよ。私の国にある山のことよ。超恐ろしい竜がいっぱいいるの」

「絶対に行かないぞ!」

「吊り橋効果って知ってる? 恐怖を共にすると絆が深まるってやつ」

「恐怖で済まない可能性の方が高いだろ!」

まったく、どこまで本気で言っているのやら。こいつ本当に学年3番の成績か?


「じゃあ、どこに行きたいのよ?」

「どこにも行かない」

「どうして~?」

「どうしても」

ただでさえこんな形で結婚などしたくないのに、これ以上余分なことを考えさせられてたまるか。


「なんか冷たくない? 私たちあと10日で結婚するのよ」

ちょっと怒らせてしまったか? 昨日も命の危険を感じることがあったし、どうせ結婚する羽目になるのなら怒らせない方がいいかも。

「私のことを愛してないの?」

「そんなことはない」

「だったら『愛してる』って言ってよ」


 なんと! ドラマやアニメで見る恐怖の一言が実在した。こんなの恥ずかしくて言えるわけがない。

「早く言いなさいよ」

マリーが詰め寄ってくる。


「恥ずかしいからヤダ」

「え? 何? 声が小さくて聞こえないわよ」

「恥ずかしいから嫌だ!」

「何で恥ずかしいのよ。私たちは結婚するの。ちゃんと自覚してる?」

「してるけど」


 俺はそっぽを向いて答えた。

「ちょっと」

マリーが回り込んで俺の顔を見る。

「私のこと愛してないの?」

返答によっては今日が命日になる。


 俺は暫く考え、

「そんなことはない」

と答えた。確かにマリーは嫌いではない。積極的に愛された初めての女性だし、命がけで俺を助けてくれたこともある。見た目も超かわいいのだ。でも、こんなやり方で無理やり言わせる言葉ではなかろう。

「だったら言ってよ」

「あい・し・て‥‥る」

「何で声が途切れるのよ!」

どうして俺がこんな目に合わねばならないのだ?


 マリーは俺の手を握り締めて顔を寄せてきた。

「何?」

「愛してるならキスしてよ」

「えええーーー!」

「早く」

マリーは目を閉じて唇を尖らせている。


「ちょっと待て! ここにはお父さんとお母さんもいるんだぞ。さすがにそんな恥ずかしいことはできねえだろ!」

「あら、パパとママならいないわよ」

「え? どして?」

俺は慌てて部屋中を見回す。確かに黒尻尾はどこにも見当たらない。


 マリーはニヤリと笑みを浮かべると嬉しそうに言った。

「私たちの国に帰ってるわ。結婚式の書類整理とかで今夜は帰れないそうよ」

な・ん・だ・と?

「だから今日は2人きり。誰にも邪魔されないわ。さあキスしなさいよ」

「だがちょっと待て! いきなり言われても心の準備が」

「何で妻になる人物とキスするのに心の準備がいるのよ」

それはそうなのだが。俺はイケメンで日ごろから彼女を何人も連れているわけじゃないんだぞ。こういう経験は慣れてないんだ。


「そんなに小百合に未練があるの?」

マリーの顔が暗くなっていくのが分かる。確かにその通りなのだが、素直な気持ちを率直に言うとおそらく死ぬ。

「そういうことじゃないから。俺が恋愛に疎いことは知ってるだろう」

「絶対に嘘! ママが帰ってきたら言いつけてやる!」


 ちょっと待てい。それだけは困る。2号もそろそろ怒りの限界だろう。マリーの言い方によっては、結婚式は即中止でその代わりに俺の葬式が国家レベルで行われることになるだろう。

「わかった。それだけは止めてくれ」

「だったらキスしよ」

これはしなくてはいけない展開だよな。ここまで言わせて断ったとなると真剣に疑われる状況だ。もう逃げられないんだしキスくらいいいか。


「わかった。するよ」

俺は小さな声で俯きながら言った。

「本当!」

「ああ」

「だったら、はい」

マリーが目をつぶって顔を近づけてくる。


 俺がマリーの肩をそっと掴んだその時だった。プープープー。

「何よ。この大切な時に」

マリーのスマホが鳴った。

「小百合からだわ。これは無視ね」

「ちょっと。小百合なのか?」

「そうよ。何の用かしらね? 本当にタイミングが悪い奴だわ」

マリーがスマホの電源を切った。


「じゃあ、改めて」

マリーが再び顔を近づけてくる。するとその時、

「お兄ちゃん! シャーペンの芯を頂戴!」

芽依が勢い良く部屋の扉を開けた。


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