第59話 本音
ため息しか出ない日々。しかし時間は着実に進んでいく。あと2週間。時間が過ぎるのってこんなに早かったんだ。あれから小百合とは何も話していない。話したくても露骨に避けられるのだから話せるはずもない。小百合だけじゃない。あれだけ直球勝負を仕掛けてきた日葵も俺を避けているようだ。もちろん、同じ家に住んでいる芽依も口をきいてくれない始末だ。もう諦めるしかないのかなあ。
俺は何もする気になれず椅子に深くもたれる。最近はマリーも忙しいらしく、よく異世界に出かけている。結婚式の準備だろうか? 俺は異世界の王様になるのか。いいじゃないか。働かなくても毎日おいしいものが食べられるんだぞ。理想の生活じゃないか。そう理想なんだよ。俺は自分に言い聞かせた。でも誰かに今の気持ちを相談したい。芽依でもいいから。
俺は無意識のうちに本棚の奥にある昔のアルバムを手に取った。懐かしいなぁ。芽依ってこんなに小さかったんだ。こうやって見ると芽依ってかわいいな。学校でモテるはずだ。妹じゃなかったら好きになってたかも。ダメだ。落ち込んだ気持ちだと碌なことを考えないな。
それにしてもこのアルバム芽依の写真が多くないか? 気のせいかな? あれ? アルバムに小百合の写真が挟まってるぞ。こんなの入れたかな? 今頃、小百合は何してるのかなぁ。俺は大きくため息をついた。やっぱりおかしい! 俺の人生は俺が決めるべきだ。一生を共にする人は脅されて決めるもんじゃない。よし決めた! マリーに言おう「俺はお前と結婚はできない」と!
俺は颯爽と立ち上がると窓の外を見つめた。新たな未来を見つめるように。ふわり。ん? この感触は?
「今、何か考えました?」
げ!、2号!
「相変わらず突然流暢な日本語を話し出すんですね?」
落ち着け俺。心の中で考えただけだ。口に出して言ったわけじゃない。
「別に何も考えてませんけど」
俺は自分の気持ちを隠すように平静を保った声で言った。
「そう? てっきり無理やり結婚させられると思ってるのかと思いましたわ」
「ははは、そんなことはありませんから」
まさか俺の心が読めるなんてことはないよな?
「マリーに言おう『俺はお前と結婚はできない』と」
「申し訳ありませんでした!」
俺は慌てて土下座した。
「娘を裏切りましたね?」
「違うんです。そんなつもりは微塵もなく」
「人というものは好きになった相手をいつまでも一途に愛するものです」
「では少しお伺いしますが、女王様も旦那様を愛し続けていると」
「キュピーキュピピ」
「急に日本語が話せなくなるのはおかしいだろ!」
「とりあえず娘を悲しませる者は許しません」
「また日本語を話せるようになるのですか?」
「今までお世話になりました。この部屋での生活は楽しかったですよ。ではさようなら」
「おーーー! 苦しい! 息ができない!」
俺は喉を抑えてのた打ち回った。もうダメかもしれない。ダメなんだろうな。短い人生だった。
「ただいま。ええ! 四朗どうしたの?」
マリーが帰ってきた。
「た、助けて」
「ママ、パパ。これはどういうこと?」
「キュピピピキュピー」
「ええ!」
「お願いだ。先に助けて!」
マリーの説得で俺はようやく息ができるようになった。
「それで四朗? 詳しく話を聞かせてくれるかしら?」
「違うんだ。悪い意味で思ったことじゃないんだ。信じてくれ」
『結婚できない』と言う勇気はすっかり消え失せていた。たった今死にかけたんだから仕方ないよな?
「何がどう違うのよ」
困った。どう言い訳すればいいんだ?
「それはだな」
「何? 早く言って」
「ええっと」
「まだ振られた小百合に未練があるわけ?」
「決してそのようなことは」
「本当ね?」
2号がマリーの近くに行って何か話している。
「やっぱり未練があるんじゃない! 信じられないわ。やっぱりこの場で死んでもらうしかないわね。ママお願い」
「ちょっと待って! これには深いわけがあって」
「問答無用!」
「少しだけ! 少しだけ聞いてくれ。偶然アルバムを見てしまってそこに小百合の写真があって。思わず昔の思い出に慕ってしまっただけなんだ」
「ふうん」
「昔は昔。今は今。現在の俺はお前だけを愛している!」
「本当!」
マリーの顔が明るくなっていく。意外とちょろいな。
「キュピーキュピー」
「嘘です! お義母様」
俺は慌てて2号に抱き着いた。
「ママに抱き着いて何してるのよ。まあいいわ。今度変なことを考えたら即刻死刑だからね」
俺の運命が決定してしまった。完全に選択肢がなくなったわけだ。もう2号の前では変なことも考えられないし。今度はさっきとは全く違った心境で窓の外を眺めるのだった。




