第54話 芽依! 止めろ!
「ちょっと待て! 落ち着くだ芽依!」
藁人形の首を切られたら俺は死ぬ!
「お兄ちゃん、これからはずっと一緒だよ」
「おい、冗談だろ? 本当に切るなよ」
芽依が指に力を入れる。
「痛い! 止めてくれ!」
「最後にもう一度聞くね? 私よりマリーさんを選ぶんだね?」
「お前を選ぶ! だから止めてくれ!」
芽依が俺を見て微笑んでいる。あと一押しだ。
「本当だ。実はお前が来た時からかわいい子だなって気になってたんだ」
「本当? お兄ちゃん」
「嘘じゃない! 今でも一番好きなのはお前だ!」
俺は必死で訴えた。死んだら元も子もないではないか。ここで死ぬくらいなら異世界でマリーの顔色を伺いながら贅沢な暮らしをした方がいいに決まっている。
「ありがとうお兄ちゃん。芽依嬉しいよ」
「そうだろ。お兄ちゃんも今まで思ってたことが言えて嬉しいよ」
よし! 何とか切り抜けたか?
「でも、今さら言っても遅いんだよ」
「だったら聞くな!」
ついツッコミを入れてしまう。殺されかけているのにツッコミを入れる俺って根っからの関西人なのだろうか?
「今までありがとう。最後にお兄ちゃんの本当の気持ちが聞けて嬉しかったよ。さようなら芽依の大好きなお兄ちゃん」
芽依の目から一筋の涙がこぼれる。これってヤバすぎるだろ!
「お母さん! 助けて!」
シーン。
「マリー!! 助けてくれ!!!」
シーン。あれ?
「大きな声を出しても無駄だよ。この部屋は防音システムにしてあるから」
「いつの間にリフォームしてんだよ!」
「こんなの工事をしなくても白魔術でできるんだよ」
いつの間にやら白魔術の腕を上げているようだ。
「ん? と言うことはあの落とし穴もお前が白魔術で掘ったのか?」
「そうだよ」
いかん、本当に俺を殺そうとしている! 何とかしなくては。そうだ!
「ちょっと待て芽依! よく考えてみろ。俺の死体を横に置いておくんだよな?」
「そうだよ。もうずっと一緒だよ」
「今お前がその藁人形の首を切ったら俺の首も切れるわけだろ?」
「そういうことになるね」
「ずっと一緒にいるお兄ちゃんの首がなくてもいいのか?」
「‥‥‥‥‥‥それもそうだね」
芽依の手からハサミが落ちた。
何とかなったのか?
「お兄ちゃん」
「何だ? 何でも言ってくれ。お前のためだったら何でもするぞ」
「いいこと教えてくれてありがとう。芽依、間違ったことをするところだったよ」
「よくそれに気づいたな。立派だぞ。さすが俺の妹だ」
芽依は机の引き出しからナイフを取り出した。
「え?」
「今度はナイフで心臓を一突きするよ」
決心が硬かったー!!! 間違ったことっていうのは罪を犯すところだったという意味じゃなくて、選択肢を間違ったという意味だったか!
「お兄ちゃん、安らかに眠ってね」
「うわー! 止めてくれ」
プルルル。その時、芽依のスマホが鳴った。
「電話だぞ。出なくていいのか?」
俺の声は完全に震えている。
「この状況で悠長に電話に出る人間ていないよね?」
もう終わりだ! 芽依の声が低くなって目が座っている。
「もしかしたらマリーが結婚を辞めるって言ってきたのかもしれないぞ」
そんなわけないよな。それを言うとしたら電話じゃなくて直接来るだろう。何しろ隣の部屋にいるんだから。
芽依はちらっとスマホを見ると、
「ちょっと待ってて」
と言い残して部屋を出て行った。これはチャンス! 今のうちに脱出しなくては! だが足が動かない。芽依のやついつの間にこんなことができるようになってたんだ? もう白魔術師として立派に生きていけるんじゃないのか?
とにかく這ってでもここを出なくては。ダメだ! 足だけじゃなく体が動かん。そうだ。電話で誰かに助けを求めよう。俺は自分のスマホを根性で取り出した。そして動きにくい手を必死で動かし電話帳を開ける。最初に目に入って来た名前は小百合だ。小百合なら俺を助けてくれるに違いない。俺は必死で小百合の名前を押した。
『おかけになった電話番号への通話は、おつなぎできません』
そうだった。こうなったら日葵だ。
「お兄ちゃん、何してるの?」
「ギャー! もう戻ってきたのか!」
俺は慌ててスマホを隠した。
「お兄ちゃんを殺すの暫く延期するよ」
何て言った?
芽依が藁人形の足の紐をほどくと俺は動けるようになった。
「どうしたんだ急に?」
「何でもないよ。暫く様子を見ることにしただけだよ」
ここはあまり深く聞かない方がいいかもしれない。芽依の気持ちが変わったら大変だ。俺は逃げるようにして芽依の部屋を出た。




