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第52話 葛城家の団欒

 俺がキッチンを去って約1時間。階下からは怒鳴り声やら悲鳴やらが聞こえていた。一体何を食わされるんだ? はっきり言って怖いんだが。

「ご飯できたわよ!」

気合の入ったお母さんの声が響く。

「四朗、芽依、早く降りてきなさい!」

「は~い」

俺は大きな返事をした。


 あれ? 芽依の声がしないな? 俺は下へ行く前に芽依の部屋を覗いて行くことにした。さっきも返事がなかったし寝ているのかもしれない。俺は芽依の部屋の前に立った。ドアには「MAYの部屋」と可愛い文字で書かれたプレートがかかっている。こういうところ女の子だなって思う。しかし、『芽依』ははっきり言って日本語だ。なんで『MEI』と書かない?


 コンコン。俺はノックをして声をかける。

「芽依、寝てるのか?」

返事がない。

「具合でも悪いんじゃないよな?」

まったく返事がない。もしかしていないのかな?

「おい、入るぞ」

ガチャ! ん? 鍵がかかってる? 芽依が部屋に鍵をかけているとは珍しい。今までカギをかけているのを見たことがないぞ。てか、この部屋カギがかけられたんだ。家の構造に初めて気づいた。


 俺はダイニングに行くとみんなが座って俺が来るのを待っていた。

「来るのが遅いわよ!」

マリーはお腹を空かせていたのか機嫌が悪くなっている。

「悪い。ちょっと芽依の様子を見に行ってたんだ」


 俺の言葉に母親が真っ先に反応した。

「どうだった。今日はいくら呼んでも返事がないのよ」

「部屋に鍵がかかってた」

「あら? あの部屋ってカギがかけられるの?」

母親さえ知らない事実だったようだ。


「まあ、いいわ。早く食べましょう」

「心配じゃないのか?」

「お腹が空いたら降りてくるわよ」

何て親だ。仕方ない。ご飯を食べたらもう一度行ってみるか。俺たちは一斉に『いただきます』を言おうとしたとき、マリーがそれを制した。


「ちょっと待って! 日葵! 何同化して葛城家の食事に加わってるのよ! さっさと帰りなさい」

「いいじゃない。素人の手作りの料理を食べられる機会ってそうあるもんじゃなし」

「厚かましいわね。てか素人って何よ。失礼ね!」

『マリー、お前もよく似たもんだぞ』と言いたかったが、その言葉を必死でこらえる。下手なことを言って日葵が賛同でもしたらまたけんかになってしまう。


「それに私と四朗が結婚したら当たり前の光景になるわけだし」

「追い返しましょう! お義母さま!」

「食事も作ってもらったんだし、よかったら食べて行ってくださいな」

「嬉しいです!」

マリーは不満そうに日葵を睨んでいる。日葵は一人暮らしだから帰りが遅くなっても問題はないだろう。


「はいどうぞ、あ・な・た」

日葵が茶碗にご飯をよそってくれた。

「ちょっと何言いだすの!? 四朗は私と結婚することになってるのよ! わかってるの? 言っていいセリフと悪いセリフがあるわよ!」

「結婚するまでは私にもチャンスがあるってことよね?」

「どういう意味よ」

日葵が不敵な笑みを浮かべる。

「結婚はもう決定事項なの! チャンスなんかないんだから。ねえ、お義母さん?」

「でも1億円が‥‥」

「ちょっとー!」

ふう、俺は深いため息をついた。どうして本人の気持ちが無視されてるんだ? 一番重要なポイントじゃないのか? 言えないけど。


 何でもない話題で談笑しながら食事が進む。

「日葵ちゃんて、あの超有名な会社のお嬢さんなの? すごいわぁ」

お母さんはすっかり日葵に夢中のようだ。呼び方もいつの間にやら日葵ちゃんになってるし。

「今度、私の別荘に招待しますね」

「本当! ぜひお願いするわ」


「気に入らないわね」

マリーはむっすりとした顔をしている。

「何でこいつがお義母さんと意気投合してるわけ?」

マリーが俺を睨んでいる。どうやら俺に話しかけているようだ。

「きっと日葵が金持ちのお嬢さんだからだろう?」

俺は気のない返事をした。あまり関わりたくない話の内容だ。

「私だって金持ちよ。日葵はたかが一企業で私は一国のプリンセスなの。わかってる?」

俺に言われても困る。

「きっとプリンセスって言われても実感わかないんじゃないのか?」


 食事が終わっても日葵は俺の母親と話し続けていた。この二人気が合うのか?

「日葵はほっといて四朗の部屋に行きましょう」

「日葵とお母さんが何を話すのか聞かなくていいのか?」

「それはダメ。やっぱりここにいるわ」

「私の誕生パーティーには有名な芸能人も招待するのよ」

「へえ、すご~い!!!」

「それがどうしたのよ」

「海外からはハリウッドスターのメッセージも届くわ」

「ええ! 誰から来るの?」

「だからそれがどうしたっていうのよ」

「うっそー! その人って私でも知ってるわー!」

マリーは会話に入れないようだ。それにしても日葵って凄いな。すっかり俺の母親を味方に付けてしまった。


 時間が過ぎてもう11時になろうとしている。

「日葵、もう帰る時間じゃないの?」

確かに高校生が外出していい時間とは思えない。

「一人暮らしだから別にいいわよ」

「あんたね。葛城家に迷惑だって意識はないの?」

マリーにしては正論だな。


「あなたのお父さんに言うわよ」

「どうやって?」

「株式会社日向に電話して繋いでもらえばいいんじゃない?」

「誰かわからない人が電話してきて社長につなぐと思ってるの? それにもう会社は終わってる時間よ」

「だったらマスコミに言って『日向の社長令嬢が深夜遅く男の家にいるって』垂れ込むわ」

「それは名案ね。私と四朗の熱愛を報道してもらえるチャンスじゃない」

「チャンスかもしれないけど、お父さんに思いっきり怒られない?」

「うっ!」

日葵の態度が変わった。日葵といえどもお父さんは怖いのだろうか。俺は思わぬ日葵の弱点を見つけて喜びを感じたが、ここはマリーが勝ってはいけないところだろう。俺は大チャンスを逃した気持ちでとぼとぼ帰っていく日葵を見送るのだった。


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