第5話 陽葵
マリーのおかげですっかり有名人になってしまった。休み時間は男子から睨まれ、女子からは『何でこの人が?』という不信な目で見られる。確かに俺はイケメンではないが、そんなに不思議がらなくても良かろう。
「四朗、今日は誰にも絡まれてない?」
嬉しそうな顔でマリーが話しかけてきた。
「誰のせいでこうなってると思ってんだ」
「ふふふ。大丈夫、私があなたを守ってあげるから」
マリーがさりげなく腕を組もうとしてくる。
「くっつくなよ。みんなの視線が怖い」
俺は慌ててマリーから一歩離れる。
「何よ! 嫌がったらあることないこと言いふらすわよ」
マリーなら本気でやりかねない。かといって腕を組もうものなら。
『おい、葛城のやろう調子に乗りやがって』
『あんな可愛い子にくっついて貰えるなんて羨ましい。いつか殺ってやるからな。覚えてろ!』
聞こえるはずのない距離から男子の声が聞こえてくる! 俺は超能力者か?
最近のマリーはやりたい放題だ。と言うのも小百合が生徒会にスカウトされたり、学校の期待の星と囃し立てられ先生に呼び出されたりすることが多くなっている。つまり休み時間は殆ど教室にはいない状態なのだ。当然、ここは高校であるから芽依もいない。まさにマリーにとっては好都合な環境と言える。
その時、俺の頭部に何かが当たった。
「痛ー!」
思わず俺は頭を抱えて座り込んでしまった。足下にはスリッパが落ちている。
「わりー。手が滑っちまった」
1人の男子生徒が頭を掻きながらやってくる。どう手が滑ったらスリッパが俺の頭部に命中するんだ? 絶対にわざとだな。これは思った以上に嫌われてるかも知れないぞ。
「ちょっと、私の四朗に何するのよ」
そんな煽るような言い方はよせって。
「やだなあ桂木さん。僕たちがそんなことするわけないじゃないですか?」
「今のは絶対にわざとよ!」
「どこに証拠が?」
「いい? 四朗に変なマネをしたらただでは済まないわよ」
「やだなあ。可愛い女の子がそんなこと言って。変なことしたらどうなるんだろう。ああ楽しみだ」
「何ですって!」
マリーが右指を高く上げたのを見て、俺はその指を掴んだ。
「何で止めるのよ。悔しくないの?」
「ここは高校だぞ」
俺は小さな声でマリーに告げた。
「おい、やらねえんだったらこっちから行くぞ」
さっきの男子が急にきつい口調になった。
俺は思わずマリーの前に両手を広げて立った。これは男としての条件反射のようなものだ。勿論もやった後で後悔しているのだが。そして『こんな時に小百合がいてくれたら』と考えてから、男としてのプライドが俺を自己嫌悪に導く。
「丁度いい。俺たちはお前に腹を立ててるんだ。そのレベルの面でモテやがって。覚悟しな」
これは真剣にやばいパターンだな。だが、これくらいで怯む俺ではない。なにしろ中学校時代はカツアゲの常習犯だったからな。当然される方だが。
俺は後ろのマリーを見ると嬉しそうな顔で指を組んで見つめている。俺の心配をしていると言うよりは自分の立場に満足している感じだ。
そして男が俺の襟を掴んだ瞬間、
「やめなさい!」
と女性の声がした。この前のボクシングチャンピオンだ。
「女は黙ってろ!」
ドス! 男は一瞬で倒れ込んだ。これってどう考えても暴力事件だよな。だが深くは考えないことにしよう。
「私の前でそんなことを言ったら命がないと思いなさい」
周りにいた男子生徒が一斉に離れていく。
「どうやらこの学校の男子は血の気が多いみたいね」
「また助けていただいてありがとうございます」
「いいのよ。それよりあなたの許嫁さんには困ったものね」
「何ですってー!」
「あなたの我が儘な行動で葛城君が苦労しているってわかってるの?」
俺の名字を知ってる?
「何が我が儘なのよ!」
「じゃあ、四朗君が楽しい学園生活を送っているように見える?」
名前まで知ってる。
「余計なお世話よ!」
「こんな生活してたら四朗君は暗い高校生活を送ることになるわ。あなたも嫌われるでしょうね」
「な・な・な・・・・」
マリーは怒りの表情で顔を真っ赤にしたが、思い当たる節があるのかそれ以上は何も言わなかった。
「俺の名前を知っていたんですね」
「これだけ有名になったら誰だって覚えるわよ」
そんなに有名になってるのか? できればもっと違う方面で有名になりたかった。
「そう言えばあなたの名前を聞いていませんでした。教えてくれませんか?」
「私は陽葵よ。よくある名前だけど、割と気に入ってるんだ」
「いい名前だと思います」
「ありがとう」
俺達はありきたりの会話を済ませると、
「いつまで倒れてるのよ!」
と陽葵が倒れている男子生徒を蹴り起こした。
「ひえー! ごめんなさい」
プライドを完全になくした男子生徒がこけそうになりながら走って行く。陽葵か。何とも頼りがいのある人だな。
「ちょっと四朗。まさか強い女性が好きなんじゃないでしょうね」
「それはない」
『お前も十分強いだろ!』とツッコみたかったが言わずにおいた。それにしても俺って本当に情けない。