第47話 わかってくれ
次の朝、俺は普段より早く家を出た。真面目な小百合のことだ。誰よりも早く登校しているだろう。マリーに結婚のことを言われる前に話をしたい。俺は学校に着くと教室を見た。まだ誰も来ていない。待つこと5分。案の定小百合が一番で教室に入ってきた。
「おはよう」
俺はできる限りの明るい声で挨拶を試みた。
「‥‥‥」
小百合からの返事がない。
そうか! 小百合は俺が一晩家に帰らなかったと思い込んで怒ってるんだ。ここは誤解を解くのが先決だな。
「小百合、話があるんだ」
「あら、誰かと思ったら葛城さん。どうしたの?」
なかなか嫌味な奴だな。これは『今は恋人ではないぞ』という意味か?
「俺はあの日、帰りが遅くなったがきちんと家に帰ったぞ」
「ふ~ん。私は12時まであなたの帰りを待ってたんですけど」
「本当だ。嘘だと思うならマリーに聞いてくれ。いやマリーはダメだ。芽依に聞いてくれ」
「仮に帰ったとして遅くまでどこに行ってたわけ?」
「それは‥‥」
まさかここで日葵と居たとは言えない。
「その話は後日する。それより大変なことになったんだ」
「言えないことなのね」
「そうじゃなくて、それより大変な事態になってしまったんだ」
もちろん小百合の言う通り言えないことなのだが。日葵と高級ホテルのスイートルームに居たなんて言えるわけがなかろう。
「うまく誤魔化そうとして無駄よ」
「だから話を聞いてくれ。お願いだ」
俺は両手を合わせて頼んでみた。マリーが来る前に俺の意思に反して結婚させられそうになっていることを伝えたいのだ。
「仕方ないわね。一応聞いてあげるわ。でも夜遅く不純なことをしてたらわかってるわね?」
「ああ、決してそんなことはしていない。誓うよ」
嘘は言ってないぞ。させられそうになっただけだからな。
「実は2号に脅されてマリーと結婚させられそうになってるんだ」
「どういうこと?」
「1か月後に式を挙げるということだ」
「ちょっと! どういうことよ!」
小百合は机を両手で勢いよく叩いて立ち上がった。
「そんな重要なことどうして私に相談してくれないのよ!」
「急に言われたんだ。相談する時間なんてなかった」
「で? ここが肝心なところだけど、結婚したいの?」
「そんなわけあるか!」
俺も勢い良く立ち上がった。
「あら? 四朗君の首元になんか黒い毛のようなものがあるわよ」
俺は慌てて首に手をやる。ふわり。この気持ちの良い感触は2号? ガタン! 俺は周りの机を押しのけて仰け反った。
「いえいえ」
2号が低い声で言った。
「お義母さま。なぜここに?」
俺は震えながら聞いた。さっきの『いえいえ』は『死刑ね』ということだろう。
「ううえあいあいあぅあおえ?」
「あのう、わかりません」
俺は思いっきり頭を下げて言った。
「娘が嫌いだったのね?」
「相変わらず突然、流暢な日本語になるのですね」
俺は頭を掻きながら言った。頭を掻いている場合ではないのだが。
小百合が俺と2号の会話を真剣な眼差しで聞いている。どうしたらいいんだ? ええい、こうなったら!
「俺はまだ小百合のことが好きなんです。だから‥‥」
突然、俺は息ができなくなった。
「うううう! 最後まで言わせて!」
少しではあるが息ができるようなる。
「だから最後のお別れを言わせてください」
いきなり呼吸が戻った。
これはまずいぞ。完全に小百合が怒る言葉を言ってしまった。小百合は深く頷いて俺を見ている。これは完全に終わったかも。だが、この状況で『死にたくないから』などと言えるわけがない。理屈はよくわからないが、2号はこちらの言葉を話すのはあやふやだが、聞く分にはわかるらしい。2号がいる間は何も言えない。
ガラ。他の生徒も登校してきたようだ。
「ん? 葛城、お前の首にある黒い毛の塊って空中に浮いてないか?」
「え? いや。そんなバカな」
俺は慌てて2号を持つ。
「キュピ」
2号が思わず声を出した。
「鳴いたぞ。そのシッポ鳴いたよな?」
「ははは。シッポアクセサリーがなく分けないよ。嫌だなあ」
俺は2号を持って振り回す。ギロリ。2号の鋭い視線が俺を睨みつけた。それはそうだよな。一国の女王のシッポを掴んで振り回したのだから、マリーに関係なく死刑になってもおかしくないかも?
『すみません。これ以上この生徒に探りを入れられると異世界人であることがばれてしまいます。ここはいったん家に帰っていただけますか。罰は家で受けますから』
『キュピ』
2号は小さな声で鳴くとすっと消えていった。
「おい! 今シッポが消えたぞ! 葛城、何をしたんだ?」
やばい! しっかり見られてた。
「手品よ」
「え?」
「四朗君は手品が得意なの。シッポを浮かせたり消したりするのはお手の物よ」
「なあんだ手品か」
ふう。何とか誤魔化せたのか? それにしても小百合のとっさの判断はいつも感心させられる。
「すごい特技を持ってるんだな」
「まあな」
「文化祭のときはぜひみんなの前でやってくれ。お前文化祭実行委員だし丁度いいじゃねえか」
「ははは」
またまずいことになってきた。でも、その頃には俺はこちらの世界にはいないかもな。異世界にいるか或は死後の世界にいるか。
「事情は分かったわ」
小百合の次に真面目な男子生徒が俺のもとから去ったあと小百合が小さな声で言った。
「わかってくれたか!」
「文化祭までに手品ができるようにならなきゃね」
「そっちの事情が分かったんかーい!」
「冗談よ」
とりあえず小百合は俺の状況を理解してくれたようだ。




