第43話 スイートルーム
初老の男性と日葵が部屋に入ると日葵が俺に向かって言った。
「こちらは私専属の執事で八神さんて言うの」
「初めまして八神と申します」
何でいきなりこんな人が来るんだ? それにしても専属の執事って凄くないか?
「こちらこそ俺‥‥僕は日葵さんのクラスメイトの葛城四朗と言います」
思わず緊張してしまった。
「お話はお嬢様からお聞きしております」
何を話してるんだ? 変なこと言ってないよな?
「ところで日葵さん。どうして執事さんが来られたんだ?」
「お願いしたいことがあるんでしょ?」
ああ、なるほど。俺が泊まれる所を探してもらうのか。
「お嬢様から少しお聞きしましたが、お困りのようで。私が何とか致しますのでご安心ください」
「ありがとうございます」
なんという安心感。これで公園のベンチに寝なくて済むぞ。
「今夜お泊りの場所をお探しでよろしかったでしょうか?」
やったー。ここまで知っていてくれるのなら話は早いな。
「はい、どうしても家に帰れなくなってしまいましたので、どこでもいいですから泊めてもらえる所はありますか?」
「どんな所がよろしいですか?」
「どこでもいいです」
八神さんは少し考えてから言った。
「どこでもと申されましても、お嬢様のフィアンセ様を変な所にお泊めするわけにはいきません」
「今フィアンセと言いました?」
「はい、そうお伺いしておりますが」
日葵のやつ何を言っているのだ?
「この前泊まらせていただいた別荘はどうでしょうか?」
「準備ができておりませんので」
「寝るだけなので荷物があろうと散らかっていようといいですけど」
「滅相もない! 大切なお方を粗末には扱えません」
大袈裟だな。でも、こういう言い方をされると身分が上がったみたいで嬉しいかも。
「じゃあ、会社の一室とか」
「それこそ私が首になってしまいます。何せあなた様は次期社長ですので」
次期社長? 日葵と結婚することになってないか? ここは否定しておくべきだよな? でも何気に否定するのも怖いような。急に態度が変わったらどうしよう。
「じゃあ、ホテルはどうかしら?」
日葵が突然提案してきた。
「はい、かしこまりました。どちらのホテルをご用意いたしましょうか?」
「そうね。ラブウイングなんてどうかしら」
「日葵さん? それってラブホテルですよね?」
全く、八神さんの前で何を言い出すやら。
「お嬢様! ラブホテルなんてとんでもございません」
さすがベテランだな。常識はしっかりしているようだ。日葵の暴挙を正そうとしている。
「最低でも帝国ホテルにしませんと」
お~い。指摘するところずれてるぞ。
「あまり高価な所はちょっと‥‥」
話が大袈裟になってきたので、俺は慌てて訂正した。
「では日向グループが経営しておりますホテルを手配させていただきます」
それなら損はさせないか。空いてる部屋に泊めてもらえばいいだけだからな。
「お願いします」
「少しお時間をいただきますがよろしいでしょうか?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
これで一安心だな。俺はほっとして胸を撫でおろした。
「よかったわね」
「ありがとう助かったよ」
ん? 日葵がやたらと笑顔だな。もしかして俺のことを心から心配してくれていたのか? だとしたら思ってた以上にいいやつなのかも?
暫くすると部屋の外に行っていた八神さんが戻ってきた。
「東京になりますが部屋が確保できました」
「本当ですか。ありがとうございます」
「では早速まいりましょう。車を用意いたしますので少々お待ちください」
そういうと八神さんは電話をかけるために再び部屋から出て行った。別に目の前で電話をかければいいと思うのだが、この辺は徹底しているようだ。
俺を迎えに来てくれたのは例の黒塗りのロールスロイスだ。こんな町にこの車は不似合いすぎるぞ。別にホテルに泊まりにいかなくてもこの車で寝させてもらってもいいくらいだ。俺と日葵は後部座席に、そして八神さんは助手席に乗った。走ること1時間。俺たちは都心へと到着した。
高級車を降りた俺の目の前には凄い高層ビルがある。まさかここじゃないよな?
「最上階の特別スイーツルームを用意しております」
「え? そんな普通の部屋でいいです。布団部屋でも構いません」
「そんな失礼なことはできません」
貧乏暮らしの俺は思わず躊躇してしまった。それにしても日葵にこんな借りを作ってもいいのか?
部屋に入ると想像以上の光景が目に入ってきた。テレビでは見たことあったが、こんな広い部屋が実際に存在していたとは。階段まであるぞ。
「まあまあいい部屋ね」
「気に入られたようで嬉しく思います」
この部屋でまあまあだと? 普段どんな生活をしているんだ?
「それではごゆっくりおくつろぎください。明日朝、迎えに参ります。私はこれで失礼いたします」
そう言い残すと八神さんは出て行った。
「この部屋ピアノまであるわよ」
「ちょっと待て! お前は一緒に帰らなくてよかったのか?」
「大丈夫よ。私も泊まるから」
「ええーーー!」
俺は高級スイートルームには不似合いな大きな声を上げてしまうのだった。




