第17話 陽葵の本音
今日は土曜日。学校は休日だが校外学習実行委員会の最終回があるため、俺は学校の教室にやって来た。朝8時集合というのは寝不足の俺にはかなりきつい。
「四朗! どうしたの? 体中包帯だらけじゃん」
「大丈夫だ。電気ショックを浴びせられた後、大木槌で後頭部を殴られ、日本刀で切りつけられただけだ」
俺は出来るだけ平静を保って言った。
「桂木さん達にやられたの? 私が敵討をしてあげる!」
まだ死んでないんだが。それにしても今『四朗』って呼んだ? 昨日言ってたのは本気だったのか?
「どうしてそんなことをするのかしら? 考えられないんだけど」
陽葵が大きな声で訴えているが、この教室には俺たち以外誰もいないから迷惑になることはない。
俺の脳裏に昨日の悪夢が蘇る。
『陽葵と二人っきりで何してたの?』
『特に何も』
『嘘つきなさい!』
『それに二人じゃなかったし』
『は~! 変な言い訳は止めなさいよ!』
『そうだよお兄ちゃん。こんな遅くに誰が来たって言うの?』
『陽葵のお母さんが急に来て』
『ちょっと四朗君! 陽葵のお母さんに会ったの? 遅い時間に二人でいるの見られたの? 絶対に誤解されてるじゃない!』
そしてこの状態になったわけだ。
「桂木さんに、林郷さんに、妹さんね! 絶対に許さないわ」
「そんなこと言うなって」
「どうしてよ!」
「お前のことを心配して言ってるのだが」
俺は教室の天井付近に浮かぶ大量の雲を指さしていった。気になるのは小さな雲に混じってどす黒い雲があることだ。時折、稲光を発している。万が一にも俺が陽葵に触れようものなら確実に強烈な落雷が俺達を襲ってくるパターンだ。
「ねえ四朗! 悪いことは言わないからあんな家を出て私のアパートに来なよ。一緒に暮らそ」
陽葵が俺の手を握ろうとしたので、俺はとっさに手を上に上げてこれを回避した。
「どうして逃げるのよ」
ピカ! どす黒い雲が少し光った気がする。
「心配してくれるのは嬉しいが高校生が同居するのは良くないだろう?」
「四朗だって桂木さんと同居してるじゃない」
「あれは親付きだ」
俺はそう言うとそっと黒い雲を見る。どうやらセーフのようだ。
「そっかー。親付きならいいんだ」
陽葵がさぞかし大発見したかのように手を叩いて言った。
「ちょっと待て。そういう問題じゃないぞ」
「じゃあ、どういう問題よ」
「お前はこのどす黒い雲が怖くないのか?」
「なるほど。桂木さんを気にしてるのね?」
陽葵は上を向いて言う。
「だったら桂木さんがいなかったら私のアパートに来てくれるの?」
非常にグレーな質問だ。下手をすれば告白と受け止められかねないぞ。ピカ! さっきより強く光った気がする。
「行かないぞ」
「私のことが嫌いなの?」
「そういうわけじゃないけど」
ピカ! ゴロゴロ! しまった。言ってはならないワードを発してしまったようだ。あのどす黒い雲が少し放電してたぞ。これは警告だな。言葉には気をつけよう。
「わかったわ。四朗には選択肢をあげる。家に帰った後電気ショックを受けるのがいい? それともここで病院送りになるのがいい?」
「なぜいきなりそうなる!」
まさか本気で言ってないよな? 俺は陽葵の顔を凝視した。どこまで本気で言ってるのかを確かめるためだ。
ジー。おかしいな? そろそろ『冗談よ』という頃なんだが。
「冗談だよな?」
しびれを切らして俺から聞いてみた。
「本気よ」
妙に低くゆっくりとした声が聞こえてきた。
「お前、俺のことが好きなのか?」
「好きよ」
ピカ! ゴロゴロゴロ! さっきより音が長く大きい。
「どうしてそうなるんだ?」
俺は訳が分からぬまま問いただした。
「初めは気の毒に思ったから助けていたの」
まあ、確かに分かる。
「そのうち気になり始めて」
「いつから?」
「実行委員を決める前の日」
「それで俺を無理やり実行委員にしたのか」
なんか深刻な話になってきたぞ。俺はそっと黒い雲に目をやった。
「私は彼なんていらないってずっと思ってた。でも、長い時間接する男性が出て来たらやっぱり彼が欲しいなって思うようになったの」
ピカ! ゴロゴロゴロゴロ! なんか爆発寸前になってないか?
「お願い! 私と正式に付き合って!」
言ってしまった。どうする? 何か雲が大きくなってるぞ。
「気持ちはよく分かった」
ピカ!
「いや、そういう意味じゃなくて」
何とかしないと落雷だぞ。どうすりゃいいんだ? おー! そうだ!
「よく聞いてくれ。俺の恋人は林郷小百合だ」
ドンガラガッシャーン! これもダメだったか! 俺の体めがけてもの凄い稲妻が落ちた。
「ちょっと四朗、大丈夫?」
陽葵が心配そうに俺に駆け寄る。
それにしても陽葵の言葉には驚かされたな。まさか本当に好きと言われるとは思っていなかった。陽葵をボディーガードとして便利に使ってたからな。男に免疫のない陽葵に誤解されても仕方ないのかもしれない。問題はこれからどうするかだ。
結局、今日の実行委員会は何も進まないまま終わるのであった。