第16話 俺の未来
陽葵が母親を連れて部屋に入ってきた。母親が俺を見るなり一瞬驚いた顔をする。予想通りの反応だろう。俺は挨拶をしようと思うが言葉が出ない。
「この男の人は誰?」
少し低い声で聞かれてしまった。いかにも怒っている声のトーンだ。これは絶対に誤解されるぞ。陽葵も慌てて・・・・ない? なぜか陽葵は落ち着いた態度で母親を見ているのだ。
「クラスメイトの葛城君よ」
「どうしてあなたのアパートにいるの?」
「公園で泣いてたから拾ってきたの」
俺は捨て猫か!
「へえ」
と言いながら母親は俺を隅々まで見渡している。
「すみません。こんな時間までお邪魔するつもりはなかったんですが」
取り敢えずこれだけは言えた。それにしても緊張する。別に付き合いたいと告白するわけじゃないんだから、こんなに緊張しなくてもよかろうに。
暫く続く沈黙。もう耐えられない。
「本当にごめんなさい。決してやましいことはしておりませんので」
俺は早口で一気に言った。額からは汗がこぼれ落ちてくる。
「陽葵。この方とはどういう関係なの?」
「そうね。簡単に言うと彼かな?」
おい! 何言ってんだ!?
「本当ですか?」
「いえ、あの、その」
「本当よね。四朗君」
これは同意しろってことだよな。一体何を考えてるんだ?
「あ、はい」
言ってしまった。自分から誤解されることを言うなんて俺ってバカだ。
「そうなの」
陽葵の母親の顔が少し緩む。
「陽葵が彼氏を作るなんてね」
「私もう高校生だよ」
どういうつもりだ? この場を何とか乗り切ろうってことか? 確かに見ず知らずの男を部屋に入れてたって言うより彼が遊びに来てたと言った方がスムーズに話は進みそうだが。
「彼氏ができたのならお母さんにも教えてよ」
「ごめん、最近付き合いだしたばかりだから」
「それでこんな時間まで一緒にいるの?」
「まあね」
何だこの会話は?
「ここで食事をしたの?」
「私の手料理を食べて貰ったのよ」
「まあ、そんな仲だったのね? これは彼氏と言うより恋人よね」
彼と恋人ではランクが違うのか? それにしてもこんなこと言って後で困らなのか陽葵?
「陽葵は男の人をすぐ病院送りにするから、てっきり一生恋人なんてできないと思ってたわ」
何気に怖い会話をしているのだが。
「今まで病院送りにしてきた男は私に逆らったからよ」
本当にしてきたんだ!
やがて陽葵の母親は俺に近寄ってきて言った。
「陽葵のことをよろしくお願いしますね。見た目はこんなんですが根はいい子なんですよ」
「はい」
どうすんだよこれ! 完全に誤解してるじゃねえか! 俺は目で陽葵にSOSを送る。
「四朗君。仲良くしようね。そうだ。もうお母さんに紹介しちゃったから、今からは四朗って呼ぼうかな? いいでしょ? 四朗」
ええーーー! 本気で言ってるのか? こういう場合、俺はどう返事をしたらいいんだ?
「いえ俺たちは・・・・・・・・」
陽葵が母親の後ろで指をボキボキ鳴らしている。
「是非仲良くさせてください!」
「ありがとうね。結婚式は盛大にさせていただくわ」
どこまで話が進んでいくんだ?
結局この後、結婚式の衣装や新婚旅行の行き先まで話が進み、俺が陽葵のアパートを出たのは午前0時を過ぎていた。それにしても陽葵の考えていることが理解不能だ。俺のことが好きなのか? それとも誰でもいいから彼が欲しいのか? わからん。
俺はゆっくり時間を掛けて自分の家の玄関に辿り着いた。こんな時間に帰ったらさぞかし怒られそうだ。マリーや芽依からは質問攻めに遭う可能性が強い。しっかり言い訳できるだろうか?
ガチャ! 玄関の鍵がかかってないぞ。これはラッキーだ。俺は喜んでドアを引いた。ガシャーン! 上から檻が降ってきて俺は捕らわれの身となる。
「捕獲したわ!」
マリーの声だ。俺は振ってきた檻を揺すったがビクともしない。
「これでもうどこにも行けないよ」
芽依! まだ起きていたのか?
「暫くはここに入っていて貰いましょうか」
小百合もいるのか? 何時だと思ってるんだ?
「おい、出してくれ」
ダメ元で聞いてみた。
「こんな時間まで何をしてたか教えてくれたらね」
「ええっと、町をぶらぶらしてた」
「誰と?」
「1人・・・・・・・・」
そうだった。マリーには陽葵と居たところを見られてたんだ。
「陽葵・・・・と」
「へえ、日向さんと居たんだ?」
小百合の声が妙に怖い。
「で? 2人で何してたの?」
マリーが余裕の笑みで聞いてくる。こいつどこまで知ってるんだ?
「食事を」
「どこで?」
「駅前のファミレス」
「本当にそこで食べてたか調べればすぐわかるわよ」
小百合が刑事口調で喋っている。そんなの分かるわけねえとは思うが、これだけ自信たっぷりに言ってこられると嘘をつき通す勇気がない。
「で? 何を食べたの?」
「肉じゃがと・・・・」
「それって絶対手料理だよ」
芽依が鋭くツッコんでくる。
「陽葵の手料理を食べたって言うの?」
マリーが強い口調で叫んだ。
「いや」
俺は否定をするつもりであったが、3人に睨み付けられると思わず、
「はい」
と言ってしまった。
「と言うことはこんな時間まで陽葵の家に居たってこと?」
やばい!
「確か日向さんはアパートで一人暮らしのはずよ」
小百合、さすが生徒会だ。そんなデータまで把握していたのか。
「お兄ちゃん、これは何を言っても信じて貰えないパターンだよね?」
俺もそういう気がする。どうすりゃいいんだー!