第15話 陽葵の手料理
俺が頭を抱えて落ち込んでいると、陽葵は心配そうに声を掛けてきた。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いや雲が」
「桂木さんに見られたってこと?」
「ああ」
陽葵は暫く考えて言った。
「やっぱり私のアパートへ来なよ。どうせすぐには帰れないでしょ?」
「急にお邪魔したら悪いからいいよ」
「お腹空いたでしょ? ご飯だけでも食べてってよ」
それはさすがに悪すぎる。第一急に男を連れて行ったら家の人も驚くだろう。
「さあ、行こう」
「遠慮しとく」
「どうしてよ? ここに居たって桂木さんに見つかって酷い目に遭うだけだよ」
うっ! 確かに。
「私、料理には自信があるんだ」
「陽葵さんが作るの?」
「当然じゃない。さあ、立った立った」
「でも」
グー。
「決まりだね」
俺が陽葵のアパートに着くと陽葵はドアの鍵を開けた。誰も居ないのか?
「入って。狭いけど」
確かに狭い。いわゆるワンルームマンションというものか? 勿論マンションというレベルではないが。
「家の人は出かけてるのか?」
「私だけだよ」
「え?」
「私は一人暮らし。だから当然私だけ」
「ええーーー!」
「どうしたのよ? 急に大声出して」
「もう暗くなりかけてるのに、男を一人暮らしの部屋に入れるなんて」
「考えすぎよ」
「でも、こんなの家の人に知られたら」
「言わなきゃわかんないわよ」
それはそうだが、そういうもんか?
「心配してくれてるんだ?」
「そういうわけじゃ・・・・」
陽葵はうっすらと笑みを浮かべて頷いている。
「それに何かあるとしたら四朗君次第だよね? 私が襲うことなんかないんだから」
なるほどそれはそうか。
「ちょいちょいと食事の支度するね」
そう言うと陽葵は服を脱ぎ始めた。
「何してんだ!」
俺は慌てて目を塞ぎながら叫んだ。
「着替えだけど」
「着替えって俺がいるんだぞ!」
「このアパートって部屋が一つしかないんだから仕方ないでしょ?」
そう言う問題じゃねえ!
「ところで何が食べたい?」
「何って何でもいい」
「何それ? 何か言ってよ」
面倒くさいな。
「食べたい物言ったって材料がないだろう?」
「大概の食材は揃ってるわ。それともフォアグラとか言うつもり?」
「そんなことは言わねえけど」
いきなり食べたい物って言われても困る。簡単に作れる物を言ったら怒られそうだし、難しい物を言ってもし作れなかったら悪いし。
「陽葵さんが作ってくれる物ならなんだっていい」
「うん! わかった。私の得意料理を作るわね」
もしかしてこいつ単純なのか?
陽葵と二人っきりの部屋で手作り料理を作って貰っている。これをマリーに見られたら完全に死刑だな。それにしても陽葵って本当に料理が得意そうだ。野菜を切る音が違う。実に意外だ。
「いま意外って思ったでしょ?」
「何でわかった!」
「やっぱり。私が料理できたら意外なの? ちょっとショックかも」
「そんな意味じゃないんだ」
俺は慌てて両手を振る。
「冗談よ」
本当に疲れる性格だ。
「できたわよ」
「早いな」
「慣れてるからね」
陽葵は手際よく料理を並べていく。結構、家庭的なのかも知れないな。
陽葵が作ってくれた料理は肉じゃがを初めとする和食だった。ちゃんと汁物まである。あの短い時間でこれだけの料理ができるなんて凄いぞ。
「さあ、食べて」
「ああ」
「できたら感想も聞かせてくれたら嬉しいな」
「いただきます」
ん? かなり旨いぞ! はっきり言って俺の母親なんか比べものにならん。芽依よりも旨いんじゃないか?
「かなり旨いぞ!」
「やったー!」
陽葵は素直に喜んでいる。見たこともない笑顔だ。
「私も食べるね。いただきまーす。うん、今日のはよくできてるわ。肉じゃがは少し煮込みが足りない気もするけど」
そんなことはないと思うぞ。
とても美味しくいただいた後は片付けを手伝った。一度は断られたがせめてもの感謝の気持ちだ。
「陽葵さんがこんな家庭的な人だとは知らなかったな」
「私も家族以外の人に食事作ったの始めて。緊張したなぁ」
最強女子高生の陽葵でも緊張するのか?
片付けが終わった後は2人でテレビを見て楽しんだ。何とも平和な時間だ。
「もうそろそろ帰らないと」
居心地の良さからつい長居をしてしまった。
「帰っても大丈夫なの?」
「わからねえがここに居るわけにも行くまい」
「私はいいよ」
いいって言ってる意味わかってるのか? 本当に何を考えているのかわからねえ奴だ。
「迷惑掛けても行けないから帰るわ」
「帰っちゃうの?」
何だ? 急に甘えた声出すなよ!
「もうちょっとだけ居てよ」
「何で・・・・だ?」
「うふふ」
意味深すぎるだろ! どういうつもりなんだ? からかってるのか? でもいつものからかいとは雰囲気が違うぞ。まさか本当に俺のことが好きだとか言わないよな? そんなわけねえか。もっと格好いい奴は山ほどいるからな。
俺は悩んだが、もう少し居ることにした。美味しい料理を作ってくれた手前、蔑ろにできないという意識が俺をそうさせたのだ。
「あと少しだけいるか」
「本当! 嬉しい」
これだけ喜んで貰えるとは。
その時、突然呼び鈴が鳴った。
「え? こんな時間に誰? ちょっと見てくるから待ってて」
陽葵が玄関の扉へ向かう。まさか陽葵の両親じゃないよな? 一抹の不安がよぎる。
「ちょっとお母さん。何でいきなり来るのよ! しかもこんな時間に」
予感的中だ。どうするこれ? 絶望的な状況に俺は頭を抱えるのであった。




