第11話 私に任せて
俺と陽葵の実行委員会は毎日続いている。最近では始める前に妙なルーティーンができた。まずは小さな雲が浮いてないか、次に机の隅などに小型カメラが付けられてないか、普段は見かけない不審物はないかをチェックするのだ。
「大丈夫ね」
「ああ、そうだな」
「あなたの許嫁には困ったものね」
「悪い」
「四朗君が謝ることないわ」
俺は頭を掻きながら礼をする。
「じゃあ、この有名パテシエによる創作ケーキ作りでいいかしら?」
「いいと思うぞ」
ケーキ作りの基本を学んだ上でオリジナルのケーキに挑戦しようという体験だ。マリーがどんなケーキを作り出すか実に楽しみだ。
「ところでダーリン。私の愛情たっぷりの手作りケーキも食べてくれるわよね?」
陽葵が甘えた仕草で俺を見つめている。
「お願いだからその手の冗談はよしてくれ」
「何だ。つまんない」
陽葵という人間はどこまでが本気でどこからが冗談か判別しにくい。普段ボディーガードとして世話になっている手前、蔑ろにもできないので、今みたいな冗談を言われると非常に困ってしまう。
「あ! そうだ。もう一つ提案があるんだ」
陽葵が何かの資料を封筒から取り出した。
「この日は帰りが遅くなりそうなの」
「そうだな。予定では学校着が7時30分になってるもんな」
「だから帰る途中で駅やバス停でも下りられるようにしてはどうか先生お願いしたの。そしたらOKもらえて」
「なるほど自分の家の近くでバスから降りられるわけか」
本当に陽葵はよく頭が回る。そして手際がいい。はっきり言って俺などいなくても進められるんじゃねえか?
「それでー」
陽葵が更に俺を見つめる。何かを企んでいる顔つきだ。
「誰がどこで降りればいいか調べるためにみんなの住所を調べたの」
何だと!
「そしたらね」
ゴクリ!
「四朗君と桂木さんの住所が一緒だって気付いちゃったの」
俺は犯罪者のように視線をそらせた。実に不味いぞこれは。
「ここってマンションやアパートってことないわよね」
「いやアパート・・・・」
「グーグルマップで調べたの」
「アパートじゃありません」
俺は下を向き小さな声で答えた。
「ということは同棲してるのかな?」
「そういうわけでは」
俺はどう言おうかと必死で頭を巡らせた。だが何も思う浮かばねえ。俺って本当に低脳なんだな。
陽葵がいいおもちゃを見つけたような目つきで下を向いている俺を覗き込んでくる。
「私たちまだ高校生だよね?」
このままでは変な誤解をされるのは必至だ。仕方ない本当のことを言うしかあるまい。ただマリーが異世界人であることは言わないでおこう。国家的な大騒ぎになる可能性もあるからな。
「ふうん。四朗君は林郷さんと付き合ってて、そこに桂木さんが猛アタックしてきたってことね」
「ああ」
「それで林郷さんを差し置いて桂木さんと同棲を始めたと」
「それはちょっと違うような・・・・」
俺は慌てて否定しようとしたがどう言っていいか迷ってしまう。表現力が乏しいとこんなときに困るのか。
「林郷さんもよく別れるって言わないわよね?」
「あのう同棲してるわけじゃないから」
「同じ家に住んでるんでしょ?」
「それはそうだが・・・・」
ああ、。ダメだ。このままでは誤解された上に俺がとんでもない人物だと思われてしまう。いっそのこと異世界のことも言ってしまうか? ダメだダメだ。陽葵が他の人に言ったらおしまいだ。いくら陽葵がいい人でもこんなビッグニュースを知って黙ってられる保証は全くない。
「いいじゃない。全部言っちゃいなさいよ」
陽葵が優しい顔で近付いてくる。
「言っちゃえって何を?」
「桂木さんの正体」
「え? え? どうして普通の人じゃないと知ってるんだ?」
俺は慌てた声で言った。
「でも驚きよねえ。桂木さんがまさかねえ」
「どうして? どうしてマリーが異世界人だと知ってるんだ!」
「ふふふ。異世界人なんだ」
「何? どういうこと?」
「鎌を掛けたのよ。私は桂木さんがどんな人だか全く知らないわ」
「騙したのか」
「真実を聞き出すための常套手段と言って。でもまさか異世界人だとは思わなかったわ。てっきり宇宙人じゃないかと予想してたんだけど」
やってしまった。こんな簡単に口を割ってしまうとは。俺って将来は詐欺に遭うタイプだよな。
「お願いだ。マリーが異世界人だと言うことは誰にも言わないでくれ」
「こんな美味しいニュースなのに?」
「異世界人が存在するって知れたら恐らく大ニュースになってしまう」
「どうしよっかなぁ」
これだ。本気で言ってるのか冗談なのかさっぱりわからん。
すると陽葵は突然俺の手を握っていった。
「私が四朗君を救ってあげる」
「え? 何言ってるの?」
「私がアブノーマルな世界から脱出させてあげるって言ってるのよ」
「無理だ。止めた方がいい」
マリーは黒魔術が使える。怒らせると窒息することになるぞ。もしマリーの魔力がショボくて失敗しても2号や3号もいる。この二人は一流の黒魔術師だ。更にマリーが自分の国の兵士を連れてきたらそれこそ大事だ。
俺は必死で忠告したのだが、表現力の無さから陽葵にははっきりと伝わらなかったようで、更にやる気を見せる陽葵であった。