第1話 新たな生活
桜もすっかり散ってしまった4月上旬。俺はとある高校の入学式を無事に迎えることができた。思えば激しい受験戦争を勝ち抜いて有名進学校に入学できたのも自分の実力があってのことだろう。
というのは真っ赤な嘘である。俺が入学できたのは中の下という評価の大学進学とは全く無縁な公立高校だ。俺の成績と受験前の勉強量を考えたら妥当な選択と言える。
「今日から男子高生か~」
『今日から女子高生ね♪』に比べると随分値打ちが下がる気もするが、同じ高校生であることに変わりはない。
「四郎君、これからもよろしくね」
明るい笑顔で話しかけてきたのは恋人の小百合だ。付き合って3年以上になる。勿論、両思いと言いたいところだが、ちょっとばかり問題があってそうとも言い切れない。
「どうしたんだよ。改まって」
俺は小百合の意表を突く言葉に少し戸惑いながら返答した。
「最近、私の存在が薄れてきている気がして、自分の意思表示も兼ねて言ってみたの」
横目で俺を見ながら小百合が呟く。
「他人行儀な挨拶はいいから。俺たち付き合ってるんだぜ。まあ、こちらこそよろしくな」
一応挨拶は返したが小百合の言うことも何気にわかる。
「何二人で仲良く話してるのよ!」
突然、俺たちの会話に乱入してきたのはマリーだ。こいつが小百合の存在を薄くした一番の元凶と言える。
「今日はもう終わりでしょ? さっさと帰るわよ」
マリーは俺の腕を思いっきり引っ張った。
「そんな急ぐこともなかろう。もう少し高校生活を満喫していこうぜ」
「これから毎日満喫できるでしょう? お義母さんも待ってるから」
この一言に小百合が激しく反応する。
「ちょっとお義母さんて何よ!」
恋人の小百合からすると他の女に『お義母さん』発言されたのであるから当然の反応と言える。
「四郎の母親なら私のお義母さんじゃない。何か間違ったこと言ったかしら?」
「いつあんたのお義母さんになったっての?」
小百合が疑いの眼差しで俺を睨み付ける。この眼差しは非常に危険な時のものだ。
「言っとくが俺は知らんぞ」
俺は慌てて否定したが、マリーがここぞとばかりに俺の腕にしがみついてくる。
「こんな女はほっといて早く私たちのスイートホームに帰りましょう」
「四郎君!」
鬼のような形相になった小百合に俺は慌てて両手を振った。
「俺は潔白だからな!」
小百合が過剰反応する理由は単純明快だ。小百合を挑発するマリーは俺の家に居候している。そんな状況の女に過激な発言をされたら恋人を名乗る者としては過剰反応せざるを得ないだろう。
そのマリーだが実は日本人ではない。カタカナで『マリー』という名前が付いているのでも想像が付くと思う。では海外からの留学生かと言うとそういうわけでもない。非常に複雑な身の上の奴だ。そのマリーの正体は信じられないことに異世界人なのである。本人曰く『裏の世界』から来たらしい。この単語だけ聞くと怖い職業の方だと勘違いされそうだが決してそうではない。今、俺が住んでいるのが『表の世界』でマリーがいたのが『裏の世界』になるようだ。
「今日も一緒にお風呂に入ろうね。あ・な・た」
小百合に追い打ちをかけるべくマリーが更に挑発を続ける。
「こら! 誤解されるようなこと言うな!」
マリーの悪ふざけに俺は必死の弁を述べる。このマリーの一言は下手をすれば命取りになりかねない。
「四郎くーん」
ついに小百合の表情が怒りを通り越して殺人鬼と化した。これはもう最終形態と言える。
「こいつが嘘を言ってるだけだってわかるよな?」
最後のあがきをしてみる。
小百合は昔ながらの純日本人女性といった感じの控え目な性格である。どちらかというと良妻賢母になりそうなタイプだ。ただいったん激怒すると周りが見えなくなってしまう。特に浮気に関してはとても厳しい。すらっとした細身の体型なのだが力はかなり強い。しかも剣道三段の腕前ときている。『なんだ三段か』と思う人もいるかもしれないが、中学生は三段までしか取得できないという規定があるため三段なだけで本当の実力はもっと上らしい。
無言で近付いてくる小百合。なぜか手には日本刀を握っている。
「なんで入学式にそんな物騒な物を持参してるんだ! はっきり校則違反だよな?」
「あなたを殺して私も死ぬわ」
声のトーンは非常に低い。
「マリーの挑発だってことは入学生代表の挨拶をした小百合ならわかるだろ?」
小百合が一足一刀の間合いに入ったら真剣に終わってしまう。今日、高校生活を送り出したばかりなのに、わずか1日でその栄光を終わらせるわけにはいかない。
「私もそうだとは思うわ」
「だったらそんな物騒な物しまえって」
「万が一ってこともあるじゃない? 同じ家に住んでるんだから」
「万が一で殺人事件を起こすな!」
始まったばかりで主人公が死んだら洒落にもならねえだろ!
その時、天の声が聞こえた。
「お兄ちゃんの言う通りだよ」
妹の芽依だ!
「芽依ちゃん」
小百合が芽依の方を向く。
「マリーさんはお兄ちゃんに何もしてないよ」
助かったー。やはり頼りになるのは身内か。
芽依はこの春で中学1年になった。俺とは血が繋がっていないそうだが正真正銘の妹だ。
「マリーさんがお兄ちゃんに手を出さないよう、芽依がしっかり見張ってるから大丈夫だよ」
「ありがとう芽依ちゃん」
小百合の表情が和らいでゆく。何とか無事に第2話に突入できそうだ。