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嘘告してきた女の子を全力で落としてみることにした

作者: 墨江夢

 人生で初めて、ラブレターを貰った。

 手に取ったラブレターを眺めながら、僕・望月優(もちづきゆう)は歓喜に震える。


 小さい頃から根暗と呼ばれ、友達と呼べる人間なんて累計でも数える程しかいない。

 現在に至っては絶賛ぼっちを貫いており、氷河期真っ只中の高校生活を送っている僕に、まさか春が来るなんて。ラブレターという物証がある現状でも、正直信じられない。


 最初は入れる下駄箱を間違えたのかと思ったさ。僕の下駄箱は悲しいことに野球部エースと生徒会副会長の下駄箱に挟まれているし、彼らはめちゃくちゃモテるので、その可能性も大いにあり得る。


 しかし「もしかして」ということも考えられる。淡い期待を込めて便箋を開けると……中に入っていた手紙には、はっきりと「望月優くんへ」と書かれていた。

 まごうことなき、僕宛のラブレターだ。


 放課後、ラブレターの文面に従い屋上に向かうと……そこには一人の女子生徒がいた。


 話したことはないが、僕は彼女を知っている。確か……同じクラスの木場愛莉(きばあいり)さん。学年でもかなりの影響力を持っている女子生徒だ。

 つまりはカースト最上位に君臨する生徒であって。……どうしてそんな子が、僕なんかに好意を寄せてくれているのだろう?


 実は昔会ったことがある? ……そもそも昔も今と変わらず大して人と交流していない。

 ナンパされていたところを助けたことがある? ……情けないことに、僕にそんな度胸はない。

 じゃあ単純に顔が好みとか? ……だとしたら、木場さんは大層趣味が悪いことになる。自分で言うと悲しくなるけど。


 僕があれこれ思考を巡らせていると、木場さんの方から「ねぇ」と話しかけてくる。


「私からの手紙、受け取ってくれた?」

「うっ、うん」

「読んでみて、どう思った?」

「それは、その……嬉しかった、です」


 どうしよう。これから告白されるのだと思うと、緊張してしまう。

 挙動不審になってないかな? 口調がおかしくなってないかな?

 多分今の俺は、これから告白しようとしている木場さんよりドキドキしていると思う。


 非リア充感丸出しの俺を見て、木場さんは「フフッ」と笑みを漏らす。


「嬉しいと思ってくれて、ありがとう。それでね、私からも伝えたいことがあるの」

「うん」

「実はね――」


 木場さんはそこで一度セリフを区切り、大きく息を吸う。そして、


「――ドッキリ大成功!」


 木場さんが言うと同時に、『イェーイ!』と数人の生徒が姿を現す。

 彼らは木場さんと同じグループの生徒だ。恐らく一部始終を見る為に、屋上に潜んでいたのだろう。

 彼らの手には、さながらバラエティー番組のように「ドッキリ大成功」と書かれたプラカード握られていた。


「……は?」


 俺は木場さんの言ったセリフと、数人の生徒が出てきたというこの状況をすぐには理解出来なかった。


 大爆笑を続ける木場さんたち。そしてドッキリ大成功という彼女の言葉。以上から導き出される答えは、一つ。

 約10秒のクールダウンの後、俺はようやく状況を把握する。


「つまりは……嘘の告白をしたってこと?」


 なんてことはない。俺は木場さんたちに揶揄われたのだ。


「人を嘘つき呼ばわりしないでくれるかな? 嘘は何一つ書いていないよ」


 手紙を指差しながら、木場さんは言う。


 確かにこの手紙には『放課後屋上に来て下さい』と書かれているだけで、俺への好意を匂わせる文は一つもない。

 だけど放課後の屋上を指定したり、ハート柄の便箋を使ったりしたら、普通勘違いしちゃうだろ? 特に僕みたいに女の子慣れしていないぼっちは。


「もしかして、マジで告白だと思ったの? いやいや、あり得ないって。あんたみたいな地味な奴、好きになる要素ないでしょ? えーと……持田くんだったっけ?」

「……望月だよ」

「そうそう、それ」


 信じられないことに、名前すら覚えられていなかった。


「私たちの暇潰しに付き合ってくれて、ありがとうね。面白かったよ」


「あー、傑作傑作」と言いながら、木場さんたちは屋上を去っていく。

 僕は暫くその場から動けなかった。





 嘘の告白、か。

 噂では聞いたことがあったけど、実際にされるとかなりショックが大きいものだな。


 自分に好意を抱いてくれていると思ったら実はそうでなかったという、天国から地獄へ突き落とされたようなショックも勿論ある。

 しかしそれと同じくらい、この一件が明日にはクラス中に広まっているだろうという不安も大きかった。


 僕への揶揄いは、嘘の告白で終わりじゃない。その後に、もっと大勢からずっと長い時間揶揄われることになる。

 そう思うと、明日なんて来て欲しくなかった。


「……ハァ」


 俺は屋上のフェンスを掴みながら、校庭を見下ろした。

 あっ、木場さんたちが歩いている。きっとさっきの俺の醜態を会話のネタにしているんだろうなぁ。

 思わずクシャッと、フェンスの金網を握り締めてしまった。その時、


「おいおい、嘘告されたくらいで死のうとするんじゃねーよ」


 いきなり背後から声をかけられる。

 慌てて振り返ると、それはもう大層目付き悪い(視線だけで人を殺せてしまいそうだ)女子生徒がいた。


「いや、別に自殺しようとなんてしていませんけど」

「そうか? 勘違いして、すまなかったな」


 謝りながら、彼女は僕に近づいてくる。


「……どうして屋上に?」

「大した理由じゃねーよ。2時間くらい前から昼寝してただけだ」


 2時間前って、まだ授業中の筈だけど? それに服装の着崩し具合を見るに……間違いない。彼女は不良というやつだ。


 不良=ぼっちの敵という等式が脳内で成り立っているので、僕は反射的に萎縮してしまった。


八田咲耶(はったさくや)、3年だ」

「僕は望月優です。2年です」

「ほう。2年ということは、後輩か」

「八田先輩は3年なんだから、生徒の3分の2は後輩でしょうに」

「そういう論理的な奴、嫌いじゃねーぜ。お前は私のお気に入りランキングで、「マッシュルーム」を抜いた」


 それは一体、どのくらいの順位なのだろうか? 少なくとも、トップ10入りはしてないと思う。


 簡単な自己紹介を済ませると、八田先輩は先程の僕のように校庭に視線を向ける。


「しかし、酷いことをする奴らもいるものだな」

「僕が揶揄われている様子を、ずっと見てたんですか?」

「いいや、笑ってた」


 あんたも十分酷い奴だよ。


「面白かったのは認める。認めるが……見てて気持ちの良いもんじゃなかった」

「面白かったのにですか?」

「あぁ。動画とかでたまに、つい笑っちゃうけど胸糞悪いやつあるだろ? あんな感じだ」

「あー、なんかわかる気がします」


 だけど今日の一件で木場さんたちが裁きを受けることはないだろう。

 正しいか間違っているかを決めるのは、何をしたのかではない。誰がしたのかだ。

 僕と木場さんたちとでは、人徳に差がありすぎる。


「あんなことされたら、そりゃあ辛いし悲しいですよ。でも……仕方ないんです。僕みたいな人間は、笑われるか無視されるかのどちらかなんですから」


 これまでだって、そうやって割り切って生きてきた。これからだって、きっと――


「おい、後輩。それって悔しくないか?」


 僕の生き方を真っ向から否定するように、八田先輩は言う。


「笑われて無視されるだけの人生なんて、楽しいか? お前はそんな人生で良いのかよ?」

「良くはないですけど……」

「だったらその悔しさをバネに、幸せを掴み取ろう。――嘘の告白を、真実にするんだ」


 嘘の告白を、真実にする。それはつまり……もう一度木場さんに、今度はドッキリではなく本当に告白させるということだった。


「かつて嘘の告白した男に惚れるとか、こんな屈辱はないだろ?」

「確かに。でも……僕なんかが木場さんに告白して貰えるんでしょうか?」

「今のお前じゃ無理だろうな。あの女も言ってただろ? 「あり得ない」って。だけど明日のお前が今のお前と同じとは限らない。変わるんだよ。いや、私が変えてやるよ」


 人間そう簡単に変わるものじゃないと思っているけど、何でだろう? 不思議と八田先輩ならば、僕を変えてくれそうな気がする。


 木場さんを僕の恋人にする。それが当面の目標だ。

 僕が満たされて彼女が屈辱を味わうなんて、この上ない復讐じゃないか。


 悪魔の囁きに唆された僕は、八田先輩の手を取る。

 こうして嘘告してきた女の子を全力で落とす為の、猛特訓が始まるのだった。





 一週間後の昼休み。僕は八田先輩に呼び出されて、屋上に来ていた。

 あの日以降屋上では、連日のように八田先輩による『ぼっちの為のモテる男養成講座』が催されている。


「人に好かれる要因の一つが、見た目だ。容姿が優れているのも重要だが、それ以上にオシャレかどうかで第一印象は大きく変わる。お前の見た目は、その……」

「気を遣わなくて良いですよ。はっきり言って下さい」

「わかった。用事がないと話しかけたいと思わねぇ。そのレベルだ」


 はっきり言えと言ったのは僕だけど、容赦がないな。


「全体的に暗いイメージを払拭しないとな。まずは、そうだなぁ……その髪からなんとかしようか」

「髪、ですか?」


 染めていないし、ワックスを付けているわけでもない。あくまで自然体の髪型だ。

 敢えて特筆するとしたら、前髪が目にかかるくらい長いということくらいだろう。

 

「目が見えると見えないとでは、抱く印象も全然違う。あと端的に言って長すぎてウゼェ」

「えー……」


 善は急げということで、八田先輩はこの場で僕の前髪を切り始めた。

 日頃から弟の散髪をしているらしく、彼女の腕はなかなかのものだった。

 前髪を切ってもらって、出来上がった僕はというとーー


「まぁ、悪くないんじゃないか。ちゃんと男に見えるぞ」

「まぁ、男ですからね」

「馬鹿野郎、そういう意味じゃねぇよ。今の見た目なら、異性として認識されるって言ってんだ」


 それは多分、八田先輩なりの褒め言葉なのだろう。きっと彼女は、素直な人じゃないのだ。


「あとは喋り方だな。「僕」ってのは弱っちい感じがするから、「俺」に変えろ」

「「俺」、ですか?」

「嫌か? だったら「吾輩」でも良いぞ」


 いや、どこの名前のまだない猫だよ。

 望月優という名前があるので、取り敢えず「俺」を選択した。


 見た目を変えて、喋り方も矯正して。女の子を落とすのにもう一つ大切な要素は、「シチュエーション」だと八田先輩は言った。


「例えばゴミ屋敷の中で告白されて、ときめく女がいると思うか?」

「まずいないですね」

「そういうことだ。女を惚れさせるには、それに足る状況を作り出す必要がある。……ということで、スペシャルゲストの不良くんたちでーす」


 パチパチパチパチ。八田先輩が拍手をすると、2、3人の不良がどことなく現れた。


「八田先輩、その人たちは?」

「ん? ただの舎弟だよ」


『おっす、姉御!』と、不良たちは挨拶をする。……本当、八田先輩って何者なんだよ?


「作戦は実にシンプルだ。私の舎弟共が、あの女にナンパをする。しつこく言い寄っていたところで、カッコ良くなったお前が颯爽と助けに入るんだ」

「……そんなんでコロッと落ちますかね?」

「異性として意識して貰うきっかけにはなるだろう。もし通用しなかったら、その時は別の作戦を考えるまでだ」

 

 今出来ることを、やれるだけやってみろ。八田先輩はそう言いたいのだろう。

 一先ず放課後、作戦を実行することになった。





 放課後になった。

 僕……じゃなくて俺と八田先輩は物陰から、駅に向かう生徒たちを観察する。


「なんていうか、俺たち変質者みたいですね」

「心配するな。もしお巡りさんに声をかけられたら、こいつらを囮にして全力で逃げる」


 不良たちを指して、八田先輩は言う。


「そういう性格、素敵だと思いますよ。……っと、先輩! あれ!」


 張り込みを始めて十数分。早くも木場さんを発見する。

 友達はみんな部活なのか、木場さんは現在一人。絶好の機会だと言えよう。


「それじゃあ、作戦を始めるか。お前たち、頼んだぞ」

『わかりやした!』


 八田先輩の指示を受け、不良たちは木場さんに近づいていく。


「ねぇ君、可愛いね」

「ちょっと俺らとお茶しない?」


 昭和感丸出しのナンパだった。

 しかしまぁ、木場さんをお茶に連れて行くことが目的なわけじゃないから、別に良いんだけど。


 チラッチラッ。

 さあ頃合だと言わんばかりに、不良たちが頻りに視線を送ってくる。


「行ってこい、ヒーロー」


 思いっきり背中を叩かれるという叱咤激励を受けて、俺は不良に絡まれている木場さんの助けに入った。


「お前たち、何してるんだ? 彼女が嫌がっているじゃないか」

 

 不良の一人が、俺に詰め寄る。


「あぁん? てめぇ、どこのどいつだよ?」


 睨み付けてくるその様は、演技だとわかっていても怖かった。ちびりそう。

 しかし恐怖を押し殺しながら、俺は八田先輩に教えて貰った魔法の一言を口にする。


「警察、呼ぶけど良いかな?」


 他力本願かもしれないけれど、結局この言葉が一番効果的なのだ。

「警察」というワードを聞いて、不良たちの顔が引きつる。

 面倒事は避けたいからという大義名分で、不良たちは木場さんを口説くのをやめて立ち去った。


「大丈夫か?」


 男らしい口調を意識しながら木場さんの無事を確認すると、彼女は口を少し開いたまま俺を凝視していた。


「本当に、大丈夫?」

「え? あっ、はい。……助けてくれて、ありがとうございます。初対面の私なんかを助けてくれて、その、凄く感謝しています」


 嘘告白をした時とは打って変わって、とても潮らしい態度だった。

 それに木場さん、俺のことを初対面だと思っているみたいだ。まぁ雰囲気は全然違うし、この作戦の為に髪を切った以降の授業をサボったから、彼女が気付く筈もないんだけど。


「良かったら……お茶しませんか?」


 この作戦の目標は、木場さんに俺を意識させることだった。

 しかし実際の成果はそれを大きく上回り、どうやら彼女に好意を持たれるという最終目標まで達成出来たらしい。


 一緒にお茶をして、帰り際にネタバラシするのも悪くないだろう。或いは一度付き合ってみて、幸せの絶頂にいるところで地獄の淵まで叩き落とすのも悪くない。


 どちらにせよ、ここでの選択肢は決まっている。俺は木場さんの誘いに乗るべく、口を開いた。

 その時……ふと八田先輩のことが視界に入る。そして――


「ごめんなさい。先約があるんです」


 俺は無意識のうちに、木場さんの誘いを断ってしまっていた。





 八田先輩のところへ戻った俺は、彼女に詰められていた。


「おい、どうしてあの女の誘いを断ったんだよ? あの女に告白させるチャンスだったんじゃないのか?」

「それは、そうなんですけど……」


 煮え切らない俺の返事が、八田先輩を更に逆撫でする。


「あん? 言い訳があるなら、はっきり言えっての!」

「ひっ! ……言い訳っていうか、その……好きでもない人に好きになって貰っても、困るだけじゃないですか」

「フることを前提にしているんだから、別に大して困らないだろ? 良いか、これは復讐なんだ。なんならあの女に好きって言わせること、それを一番に考えるべきなんだ」

「そんなこと出来ませんよ。だって、俺が一番惚れて欲しいのは……八田先輩だけなんですから」


 八田先輩は、こんな俺にも真正面から向き合ってくれた。俺の為に色々してくれた。

 今までそんな人なんていなかったから、そのことが心底嬉しくて。

 嘘告白されたことへの恨みや復讐心なんて、いつのまにかなくなっていた。それでも八田先輩と会い続けていたのは、ひとえに彼女に会いたかったからだ。


「なっ!」


 俺に告白同然のことを言われて、八田先輩は顔を真っ赤にする。

 乱暴でいつもの男勝りな八田さんからは想像つかないくらい、乙女の顔だった。


「復讐なんて、もうどうだって良いんです。木場さんにどう思われていようが、そんなの知ったこっちゃない。俺は八田先輩に好きになって貰いたくて、良い男になろうと努力していたんです」


 八田先輩は頭をかきながら、「マジかよ……」と呟く。

 目線を合わせないのは、彼女の照れ隠しだ。


「私はな、自分より強い男が好みなんだよ」

「だったら、変わらないといけないですね。いえ、また先輩が変えて下さい」


 ひ弱な今の俺では、絶対に八田先輩には勝てない。これから強くならないと。

 だから八田先輩、これからも俺に色々教えてくれませんか?

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