一つの出会い 3
誤字報告ありがとうございます。
非常に助かります(^▽^)
図書館で友人とその婚約者の三人で試験対策として勉強をしてから時間はかなり経っていた。
幸いにも友人は、勉強をしたおかげか試験では問題のない点数を取ることが出来たようで、概ね試験結果は良好だったようだ。
それを聞いた他の友人達は、次から皆で勉強をしましょう! ということになり、どうやら次からは賑やかな試験対策になりそうな様子で、アントニアは苦笑気味に、でも嬉しさを感じていた。
そして、皆夏季休暇を直前に久しぶりの家族との再会に胸を膨らませながら、学院の残り授業を熟している、そんな時だった。トニーからまた接触があった。
アントニアがペンケースを取り出しペンを取ろうとしたところで、ケースの中に見覚えのない紙切れがあることに気付いた。
何かと思い取り出してみれば、そこには見知らぬ人の字でこう書かれていた。
『急で申し訳ありませんが、時間を作ってはいただけないでしょうか? T』
【T】という文字に、思い当たるのはトニーしかおらず、軽く眩暈を覚えながらも、その紙切れを小さく折り畳んでペンケースに仕舞いこんだ。
今この場で捨てるのは、婚約者の彼女に誤解を与えるかもしれないから、ただそれだけだ。
実際、以前にステファニーがアーヴィン宛に可愛らしいメモを使って伝言をし、アーヴィンが不用意に人の目に留まるような形で、その伝言を読んでしまったことで多くの人の目に留まり、二人の噂がさらに広がったなんてことがあった。
正直、アントニアにとっては下らない行為であって、ステファニーが婚約者のいる相手を奪うことでマウントを取ろうとしているとしか思えず、同じ土俵に立つことだけは絶対にしないと決めていた。
実際に強制力が同じ土俵に立て、とはしなかったこともあり、アントニアは完全に二人から距離を取ることが出来ていた為、最終的に殺されても「私は濡れ衣を着せられた不幸な婚約者。悪いのは二人」と、胸を張って死んだことが…一体どれくらいあったことか。数えきれないほどだ。
だから、友人の為に変な噂が立たないように気遣いつつも、トニーからの伝言をどうしようか、考えているところだった。
すると、トニーがこちらへ近付いてくることに気付いた。
「アントニア嬢、彼女がこの後約束をしていたと思うのですが、少し遅れるから、と伝言を頼まれました。すぐに行けるとは思うので、申し訳ないのだけれど、今しばらくお待ちください、と」
「まぁ、そうでしたの。ゆっくりしてくださっても大丈夫ですけれど…。分かりましたわ。お気遣いに感謝いたします。あ、それと試験の結果はいかがでしたか? 彼女は結果が良かったようで喜んでましたけど」
「あぁ、結果ですがとても良かったんですよ! ありがとうございます。本当助かりました。
それから例の件ですがいかがですか?」
トニーとの会話はあくまでの婚約者からの伝言を伝えるためのものであった。そして試験対策の為に一緒に勉強をした仲、というそれ。けれど、声を潜めて続けられた言葉には、全く違うものが混じった。そう、異質なものが。
アントニアは、トニーのほうに視線を合わせることはなく、小さく頷いてから言葉を継いだ。
「ええ、明日の放課後なら」
トニーと同様に誰に聞かれることのない小さな声で返した。
彼は彼で、婚約者がやってくるだろう方向に視線を移してから、小さく手を振って応えていた。
「図書館の最奥の書架前で。その後移動しましょう」
「分かりました」
アントニアもこちらへと急ぐ友人に手を振り、婚約者同様に待っていたことを表情で伝えた。
友人がやって来ると、トニーは友人の頬に手を触れてから離れていった。そんな二人を見てアントニアは、ただ良好な関係の婚約者というものが、とても穏やかな空気を纏っているのだということを改めて感じていた。
翌日の放課後、図書館に向かったアントニアは、途中婚約者のアーヴィンとすれ違った。アントニアにとってはアーヴィンという人物は、ただ自分を殺すだけの相手であって、好意なんてものは欠片もない。
ほんの少しだけ、穏やかな関係が築けた時には違う形で関係を終えられるかもしれない、そんな期待をした瞬間もあったが、最終的にステファニーと一緒に過ごす時間を増やしていく婚約者に信頼を置けるはずもなかった。
見限るとは違うが、結局は諦観の一言で、彼女自身はまた死を迎えるのだろうと思っているのだから、信頼以前の問題なのだ。
きっと視界の隅にも入れたくない、それが本音だろう。
そんなアーヴィンとすれ違う瞬間、アントニアは突然腕を掴まれ、そこで初めて婚約者がいることに気付いた。あまりの驚きようで、普段表情がくずれることのないアントニアが、恐怖にも似た表情を浮かべていることに気付いたアーヴィンは、慌てて腕を放していた。
「っ、済まない…。最近は、あまり…話が出来ていないから、君を見かけて、つい…。驚かせてしまったみたいだ。本当、済まない」
「あ、いえ…急いでいたので、周りをちゃんと見ていなくて…。こちらこそ、ごめんなさい。それで、何か用件があるのでしょう?」
「……あの、トニーから聞いたんだ。婚約のこと。それで、ちゃんと誤解を解かないと、と思って…」
「………誤解?」
アーヴィンの言葉に、アントニアは素朴な疑問を投げかけるような表情で問い直した。
(誤解も何も、この婚約者は夏季休暇中に、ステファニーと完全な恋人になるだけなのに。
確か二人は表向き清い関係だったはずだけど、本当はどうなっていたのか疑わしいわよね。夏季休暇中のあれを考えると…)
などと目の前の婚約者が考えていることなど、露とも知らぬアーヴィンは、どこか焦った様子を見せている。
「誤解なんて、あるのですか? 私はただアーヴィン様のお気持ちに従うだけですわ。ですから、いつでも婚約を解消したくなったら、仰ってくださいましね。アーヴィン様を応援いたしますから」
「‼ だから、どうして婚約解消っていう話になるの? 僕は君の婚約者だろう? 君以外に特別な人なんて、考えられないのに…」
「…おかしいですわね? 特別な良い方がいらっしゃるって皆さま仰ってますけど。それは嘘なのかしら?
それが誤解だと言うのなら、そうなのですね。勘違いをしてしまい、申し訳ございません」
アントニアがアーヴィンに向かい謝罪するため軽く頭を下げれば、動揺する気配がし、頭を上げて婚約者を見つめれば、戸惑う表情を浮かべるアーヴィンがいた。
基本的に無表情なのだけれど、動揺することもあるのか、とアントニアは思うだけだった。
「いや、だから! アントニア、聞いて欲しい。僕は、君だけしか考えていないから!」
「でも…あの方がお待ちではないのですか?」
「え?」
「ほら、こちらに向かってきてるようですけど。手を振ってらっしゃいますし、私も用がありますの。だから、失礼しますわね」
偶然なのか、それとも必然なのか、自由時間であるはずの今なのに、どうして婚約者と関わらなくてはいけないのか、しかもヒロインたるステファニーと何が嬉しくて関わらなくてはいけないのか、という怒りにも近い感情が湧いてきたアントニアは、この場から立ち去りたいという思いだけで言葉を紡いでいた。
が、それは簡単には叶う事はなかった。なぜなら、背中を見せた途端に婚約者がまたアントニアの腕を掴み、その場から逃げ出せないように捉まえてしまったからだ。
「待って! アン! お願いだから話を聞いてくれ。頼む…。僕はずっと君だけなんだ。だから、変に気を回したりしないでくれ。同じ教室にいるのに、君が僕を居ないものとしてるのも辛いんだ…」
「……でも、あの方はアーヴィン様の腕に腕を絡ませて歩いてらっしゃいましたわ。私はそんなことを一度もしたこともないですもの。親しい御友人よりも婚約者のほうが、距離が遠いのですわね。
誰の目にも、そういう関係の婚約者というものは、蔑ろにされていると言うのですのよ? 貴方の言葉をどう信じればいいのですか?」
「そ、れは…けど! 僕にとっては君だけというのは嘘じゃないんだ」
「お気持ち、分かりましたわ。でも、本当にこの後約束がありますの。ですから、もう失礼いたします。何かありましたら、後日でお願いいたします」
「アン!」
一方的に会話を断ち切る様にして、アントニアは婚約者が掴んでいた手を無理矢理引き剥がすようにし、その場を立ち去った。
その後、その場へとやって来たステファニーが二人の様子がおかしいことに気付き、アーヴィンを励ますように声を掛けた。
今にも泣きそうなほどに憔悴したアーヴィンに、付け入るなら今だと判断したステファニーがいたはずだが、アーヴィンは彼女を拒絶して、その場から去って行った。
そうしてこのループ世界のヒロインであるはずのステファニーは、改めて何か異変が起こっているということを感じるのだった。
(どういうこと? アーヴィン様がアントニアに縋っているように見えたわよ。どうして?
私との関係もかなり進んでるはずなのに、どうしてアントニアなんかに?
さっきも君だけって言ってたわよね。おかしくない?
この世界ではアーヴィン様は私と結ばれるって決まってるのに!)
この世界のヒロインがそんな疑問で頭をいっぱいにしていることなど、知るはずもないアントニアは、約束の図書館の最奥にある書架前に無事辿り着いたのだった。
「ごめんなさい、遅くなってしまって。途中でアーヴィン様に捕まってしまって、なかなか逃げられなくて、困ってしまいましたわ」
「あー…アーヴィンの奴、相当焦ってるみたいです。ステファニー嬢ではなくアントニア嬢に気持ちはあるのですね。全く…。だったら彼女を切り捨てればいいだけなのに。
結局、中途半端だから自分のした結果に最終的に後悔しかなくなるんだって気付けないんでしょうね…」
「とりあえず、ここでする話ではないですから、場所を変えましょう」
「そうですね。それじゃ…行きましょうか」
そうしてアントニアとトニーは図書館から場所を移したのだった。
お読みいただきありがとうございます。