一つの出会い 2
誤字報告ありがとうございます。
非常に助かります(^▽^)
アントニアとアーヴィンの関係は、徐々に疎遠となっていった。
圧倒的な強制力の為で、アーヴィンとの間に築けていたささやかながらも穏やかな関係は、気付けばあっさりと夢の彼方のような感覚となり果てていた。
入学したばかりの頃は、二人が毎日のように一緒に教室へと入ってくる様に、クラスメイト達は仲の良い婚約者同士なのだという認識だった。
それが夏を迎え、夏季休暇が目前という今、その頃の仲睦まじく見えた婚約者同士の姿はなくなっていた。
アーヴィンがアントニアではなく、別の令嬢と一緒に過ごすことが増えたことが原因だった。
アーヴィンの心変わりを責める噂や、アントニアが婚約者として相手の心を掴めていないのだと詰る噂など、二人を擁護したいのか、責めたいのか、とにかく心ない噂が駆け巡っていた。
それでもアントニアの友人達は、彼女に寄り添っており、アントニアとの関係は良好であった。それはアーヴィンも同様のようではあったが、アントニアに対する態度については窘める者もいれば、噂の原因ともなった人物を擁護する者もいるようだった。
「アントニア様、大丈夫ですか? 私達心配しておりますのよ。面白おかしく噂する人達が多くて、とても辛いですわ」
「お気持ちありがとうございます。でも、いいのですわ。所詮祖父同士の口約束から始まったご縁ですもの。お互いに幼馴染という関係はありますけど、恋愛感情はありませんから。
残念ですけれど、他の方にお気持ちが向いているというのなら、私はアーヴィン様のお気持ちを尊重したいと思っておりますの。
ですから、婚約解消を望むというのなら、いつでも応じたいと考えておりますの」
「…アントニア様、そんな風に…。お気持ちお察しいたしますわ」
「皆様がこうして支えてくださるから、笑っていられますのよ。本当にありがとうございます」
アントニアが口にしたことは実際本心で、何度も繰り返し殺され続けて、過去には心が病んでしまったこともある。いや、現在でさえ心が病んでいるのかもしれない。ただ、そうであったとしても、強制力の前では心の病ですら意味を為さない。
友人達の励ましは本当にありがたいものであった。けれど、アントニアにとって自由時間が多くあるからこそ、婚約者のアーヴィンとの関係を清算する方法を散々試してきた結果、自身が殺される未来しか待っていないのだと知ってしまった。
婚約を解消する手段が欲しい、と何度となく探したけれど無理だった。
家族にアーヴィンが恋人を作ったことを伝えても、婚約者であるアントニアがいるのだから、今だけの関係だと言われてしまい婚約解消に至れない。
アーヴィンがアントニアに拒絶するような態度を取り始めるのは、十七歳になる直前からだった。つまり第二学年の後半になってからだ。まだ一年の今は家族に訴えても、アントニアの我儘としか受け取ってはもらえない。
しかも、この時点でエクルストン公爵家からも簡単なものではあったものの、アーヴィンのことで謝罪があり、これ以上大事にはできなくなったことも原因だった。
アントニアはアーヴィンとのことは、心底どうでも良かった。ただ死にたくないという気持ちだけはあったものの、どうせ繰り返す世界で生きているのだから、もう諦観のみだった。
終わりの日の痛みだけは避けたいが、きっとそれも叶わない。だったらもう、婚約者とも関わりたくないというのが本音だった。でも、避けようもなく、逃げようにも逃げられず、数えきれないほど繰り返してきたこの世界で、婚約者から婚約破棄を突き付けられ、殺され続けてきた。
きっと今回もそうなるのだろうと思う。もうすでに婚約者には親しい相手がいる。すでにアントニアではない別の女性の影があり、学内でも噂になっているくらいなのだから。
だから。過去にはこのような状況の中で自死を試みたことが幾度となくあった。
絶望しかないのだから、どうせ自分が早々に退場したところで問題もないだろう、そう考えての事だった。が、実際にはそれが叶ったことは一度としてなかった。
自分を傷付けるために出来たことと言えば、頑張っても腕の骨折を望んだものの骨には罅が入る程度だった。
日常の生活においては、やはり痛みは伴うし気を使う部分はあったが、完全なギプス生活というわけでもないためか、誰も気付きもしなかった。
他にも色々と試しているが、それらも同様に無駄だと思うだけのものだったようだ。
それ以来アントニアは自死は無駄な抵抗だと悟り、諦めてしまったのだ。自分として生きることも、楽しむことも、未来を描くことも何もかも。
§§§
どれくらい前まで婚約者のことを慕っていたのか、もう思い出せないでいた。
それでいいと思うアントニアにとって、この世界の中の異質なもの、違和感の原因に気付く事は案外容易なことだった。もう自身が異質そのものだという理解もしていたからだろう。
そうして、トニーという異質な存在に気付けた。友人の令嬢の婚約者、そういう人物は今までもたくさんいたけれど、名前を認識出来た人物など、ただの一人もいなかった。けれど、初めて名前を認識出来る人物と出会った。
そして、そんな人物から接触を持ってくるなんてことも初めてのことだった。
二日前のことだ。トニーという人物を婚約者に持つ友人から言われたことが切っ掛けだった。
「アントニア様、次の試験ですけれど、少々心配なのです。トニー様も私も苦手な教科なのですけど、二人一緒に教えていただけませんか?」
「いいですわよ。私も復習になりますし、試験対策も兼ねて一緒に勉強しましょう」
そうして、近々始まる定期試験のために三人で勉強をすることになった。場所は図書館。
全寮制で当然のように男子寮に女子が、女子寮に男子が出入りすることを禁じられている為、寮での規律を考えると一番集まり易いのが図書館だった。
婚約者二人は、とてもお似合いで可愛らしいカップルだとアントニアは思いながら、一緒の机で勉強を続けていた。一区切りついたところで、友人の令嬢が課外活動で参加している手芸部の先輩に声を掛けられ、図書館から外へと出ていった。
「アントニア嬢、私の婚約者から貴女の噂はお聞きしております。とても美しい方で、心の優しい素晴らしい御令嬢だと。婚約者と仲良くしてくださり、感謝しております」
「ありがとうございます。彼女からもトニー様のこと、素晴らしい方とお聞きしておりますの。お二人があまりに仲がよろしくて、皆様理想の御二人ね、なんて話しておりますのよ」
「あ、そ…れは。嬉しいですね、ありがとうございます」
どうしてトニーとアントニアが話しているのかは、彼女も分からなかった。ただ、トニーから声を掛けられたから、としか言い様がなかった。
ただ、婚約者が出ている間の、ただの間を繋ぐ為のお喋りなのだろうとアントニアは思うだけだった。
「少しだけ、お話ししたいことがあるのですが、いいでしょうか?」
「構いませんわ。お話しというのは…もしかして、アーヴィン様のことでしょうか?」
「…そうです。いえ、それだけではありませんが、先にアーヴィンのことをお伝えしようと思います。近頃アーヴィンとステファニー嬢の噂が広がっていますが、二人が親しいというような噂の出所はステファニー嬢自らが流しているものです」
「まぁ…そうでしたの。だったら、仰ってくださればいいのに…。婚約の解消は全く問題ありませんのに…」
「…そうですか。やはりアントニア嬢はそうお考えになられます、よね」
「? それでアーヴィン様はどうお考えか御存知でしょうか? もし婚約のことでアーヴィン様が解消を望まれるのなら、応じる用意はございますとお伝えしてただけると嬉しいのですけれど」
「そうですね、その辺りは伝えてみます。ただアーヴィン自身ステファニー嬢のことを恋人とは認識していないようなのですよ。親しい女性の友人の一人、ということは理解しているようですが」
トニーの話の内容に、今までのことを振り返り(そうそうこうだった、そういう流れだった)と、思うだけのアントニアに対し、彼はアントニアの様子に思うところがあったようだ。それと同時に確信も得られたということなのだろう。
「アントニア嬢、貴女の事をずっと見ていました。そして、ずっと感じていたことがありました。それが今ハッキリとした気がします」
少し距離を詰めてアントニアに近付いたトニーは、図書館の中にいるというだけでも声を潜めているのに、更に声を低く小さくして、彼女に話しかけた。
「貴女には、今までの繰り返してきている分の記憶があるのではないですか? そして、これから起こる出来事を全て把握されているのではないですか?」
彼の言葉にさすがにアントニアもすぐには口を開けなかった。
表情を消して、目の前の人物を見つめるアントニアだったが、一度目を閉じ、小さく息を吐くと、改めてトニーと対峙するように表情を引き締めて、口を開いた。
「貴方も同じ、ということですわね?」
彼女がそう問い掛ければ、トニーはにっと笑って頷いていた。
「良かった、やっと同士を見つけられた」
「…同士?」
「ええ、私はずっとこの繰り返され続ける世界の中で毎回様々な人間になっていて、あらゆる場面を見てきていました。アーヴィンとステファニー嬢の結婚で全ては終わるんですが、ただ…二人の結婚は後に破綻することを思わせるような終わり方ばかりでした」
「え!?」
「だから、なぜそうなってしまうのかをずっと探っていたんですよ」
額に手を置き、まるで頭痛がし始めたと言わんばかりのアントニアに対し、トニーは肩を竦めた。
「とりあえず貴方の言葉で、たくさんの情報が入ってきましたけど、正直受け止めきれませんの。時間のある時にゆっくりとお話しをお聞きする形でもよろしいでしょうか? 混乱しそう…いえ、もう混乱しているもので…」
「大丈夫ですよ。それにまだ時間にゆとりはありますしね」
「……本当に、この世界のことを御存知ですのね。それが分かっただけでも、問題ありませんわ…。とにかく、今日はもう帰ってもよろしいかしら?」
「ええ。一番知りたいところをお聞き出来ましたから。では、また次の機会にでも」
「ありがとうございます。あ、彼女にもよろしくお伝えくださいましね。それでは失礼いたします」
トニーという人物は、やはり異分子だった。そうアントニアは思った。自身と同じなのだと。それから、彼自身がどういう立ち位置なのかを知ってから動けばいいと考える。彼が味方なのか、それとも敵なのか、全く関係のない立場でアントニアの死を楽しもうとしているだけなのか、同情しているだけなのか、それすらも分からないうちは、トニーという人物を信頼出来ないと思ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
さて。タイトルの「悪役令嬢」は最初から動いてましたが、「モブ男子」がもぞもぞと動き出しました。
唐突に婚約者との関係がよろしくない状況ですが、強制力が頑張ってるのでアントニアは傍観するだけです。
ところで、婚約者とモブ男子の共通項は全くなかったな、と書いていて気付きました。
アントニアにとってモブ男子は、今のところ相手の立場とかまるで分かってないから警戒対象ってところでしょうか。
モブ男子は婚約している令嬢を大事にするという役割を担ってますが、これ結構重要かもです。
別に伏線じゃないですけど。
今週も投稿がんばります。引き続き楽しんでいただけたらと思います。
朝から指先を怪我して、色々萎えてます。豆腐メンタル恐ろしいな、と思いました。
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