ただ優しい時間を
もう何度目の十三歳の目覚めの朝だろうか。
少女は貴族学院の卒業パーティで婚約者に剣で切られ、事切れた。そして次に目覚める時は、必ず十三歳のとある朝で、ベッドの上だった。
翌日には新たな家族がグリフィス侯爵家にやってくるという日。特別に何かあるわけでもない、そんな日に目覚める。
「また今日がやってきたのね。でも…私、孫やその家族の顔も見てから死んだのよね…」
随分と幼くて小さな手になってしまったな、と思うアントニアだったが、少し寂し気に、でもどこか期待に満ちた瞳でベッドの上に体を起こし座っていた。
(体も軽いのね…。最期はベッドで寝たきりになっていたものね)
しばらくすると侍女のドリーが扉をノックし、部屋へやって来たことを伝えた。
「入って」
扉が開かれ、ずっとアントニアの侍女として傍にいてくれたドリーがすっかり若返った姿で明るく元気な様子で顔を出した。
「おはようございます、アントニアお嬢様」
「おはよう、ドリー」
「今日はいつもより遅いお目覚めですね。体調はまだ優れませんか?」
「いいえ、大丈夫よ。眠り過ぎただけだと思うわ」
「それなら安心ですね。それでは、御仕度いたしましょう」
「ええ、お願いするわね」
アントニアと呼ばれた少女は侍女のドリーに手伝ってもらいながら、身支度を全て終える。
そしてこの頃の習慣の寝起きの紅茶を用意してもらい口に含んだ。
この後は朝食を摂る為に食堂へ向かう。そこで両親と一緒に食事をし、明日には養子が来るという話を聞いた。話を聞きながら、いつも通りね、と思う。
(十三歳の朝のままなのね。もしかして…またあの時間を繰り返すのかしら?)
そんなことを思いながら、翌日を楽しみに待つことにしたアントニアだった。
そして、翌日はいつものように父親である侯爵が養子を連れて戻ってくる。その養子が義弟ではなく、トニーであることを祈りながら、アントニアはただ父を待っていた。
侯爵が養子を連れて帰ってきたことを執事が告げる。アントニアと母親が二人を向かえるために玄関へと出向く。侯爵の隣に立つのは、濃いグレーの短髪で深い藍色の瞳をしている眼鏡をかけたアントニアよりも年上の美青年だった。
見覚えのある顔だった。アントニアは眦に涙が浮かびそうになり必死に誤魔化し続けた。
家族としての紹介をし合い、二人だけで話をすることになった。そこで初めてアントニアは涙を溢した。
「アン、やっと会えた。僕の事…覚えていてくれた?」
「トニー! 会えて嬉しいわ。嬉しすぎて…涙がこぼれるの…」
「また一緒に生きていこう。君だけしか要らない。だから…」
「ええ、トニー。一緒に生きていきましょう。私もあなただけしか要らないの」
二人は微笑み合う。涙がこぼれてしまうアントニアの涙をトニーがそっと指で拭う。二人は暫く一緒に寄り添い合い、互いの気持ちを確かめ合った。
この後は以前同様に、二人で屋敷内を見て回る。義弟やトニーが初めて来た時のように、屋敷をアントニアが案内していたからだ。
そうして庭園のガゼボへと行き、二人並んでまた話をしていた。
「アーヴィン卿とはまだ婚約中だったっけ」
「ええ、そうね」
「それなら、さっさと婚約解消するために動こう。もうアンがあんな嫌な思いをするの黙ってみてられないからね」
「ふふふ、そうね。そうしましょう」
アントニアは今回も婚約解消をすることになる。そして、トニーと婚約し、結婚し、家族となる。
以前と同じ出来事をまた繰り返していく。でも、それら一つ一つが二人にとって幸せを強くするものだと分かっているから、苦痛でもなんでもない。
そして、大きな変化が起こる。それはアントニアが一人目の子供を出産した直後のことだ。
「アン、この子の名前決めなくちゃいけないね」
「そうね」
「どんな名前がいいんだろう。そう言えばグリフィス侯爵家の御当主の名前って何人知ってる?」
「お祖父様よりも前の御当主よね…。確か、エドワード、ハロルド、マーティン、スペンサー…はすぐに思い出せるけど…あ、でもよく使われる名前があったわ。ウィルフレッド、お祖父様もそうなの」
「なるほどね…それじゃおじい様のお名前から少し考えてみようか、フレッドもウィルも悪くないし」
「そう…ね……、ぁ」
「どうした?」
アントニアは愕然とするしかなかった。今までどうして一部の人間しか名前を認識出来なかったのか、理由が分からないまま今もいる。でも、今初めて他の人々の名前をアントニアが口にしていたことに気付いて、ただただ驚くしかなかった。
トニーがアントニアの様子に気付いて、声を掛ける。
「アン? 大丈夫?」
「あ、あのね。私…ずっと誰の名前も呼べないままきていたの」
「ん?」
「私ね、トニーとドリー、アーヴィン卿とメイプル様以外のファーストネームを…呼んだことが、なかったの」
「…あ!」
「でも、今お祖父様や先々代以上の御当主様のお名前を…呼べたの」
「また、この世界の強制力が消えたね」
「ええ、ええ! やっと子供の名前を呼んであげられるの。嬉しい、嬉しい…っ」
アントニアをただ抱き寄せトニーは背中を優しく撫でる。声を出さずただ涙を流すアントニアをトニーは愛しいと思う。
もうずっと大切な家族だと思っていながらも、一度として子供達の名前を呼べないまま前回は生きていた。そのことは切ないことの一つだった。でも、家族として生きて、子供達も孫達も可愛くて大事だという思いに嘘はない。
でも、名前が呼べない寂しさはどれ程のものだろうか。
やっとアントニアは限られた者以外の名前を認知出来るようになったのだろう。
この繰り返す世界が変わった証の一つだと、トニーは感じていた。
二人は長男の名前をたくさん考えて、フレドリックと決めた。その後は、二人目の妊娠で再び切迫早産のために安静の日々を過ごすことにはなったものの、アントニアが早産のために命の危険がないようにとトニーがアントニアの傍に常に寄り添うようになり、使用人達もアントニアが無理をしないように見守りながら過ごしたことが良かったのか、前回のような危険な状況になることはなく、無事に臨月を迎え出産をすることが出来た。おかげで、アントニアは二人目…長女の時は、安産ですぐに産まれてきた為、アントニア自身も出産後はすぐに長女を抱くことが出来たし、ただ幸せに浸ることが出来た。長女の名前はシンシアとなった。
小さな手で大人の指をぎゅっと握るシンシアに誰もが甘やかな気持ちにさせられていた。
そうやって徐々に前回とは違う日々を過ごしながらも、トニーと子供達と一緒に過ごす時間に幸せを感じるのだった。
それから後に双子にも恵まれ、子供達四人と一緒に王都のグリフィス侯爵邸で賑やかに暮らすアントニアとトニーが日々を重ねていった。
「トニー、何度だって言うわ。私、何度繰り返したとしてもあなただけを待ってる」
「アン、それは僕も同じだ。何度だって君を探すし、絶対に見つけるよ。それに…守り続けるから」
「ええ、あなたが私を探してくれなくっても、私が探しに行くから覚悟していてね」
「それは嬉しい。僕が探せない時は、君が見つけてくれるのを待ってるよ」
世界が繰り返し続けていることに気付いた悪役令嬢という役割を背負わされた少女と、モブとして存在した青年が出会うことで全てが変わっていく。
この世界が繰り返し続けていくのか、それとももう繰り返すことがないのか、それは誰も分からない。
けれど、二人は何も変わらない。世界が変わっても変わらなくても、ただ二人は互いに求め合うだけだから。
きっと誰も気付かない
二人だけが分かっているこの世界のお約束
そんな世界の片隅で
二人はただ幸せに暮らしていく
ただ優しい時間を
重ねていく
end.
無事完結できました! 最後までお読みいただいたこと、ありがとうございます。
ブックマーク登録してくださった方、評価してくださった方、いいね!や感想もありがとうございます。
全てが投稿を続けていく糧になってました。本当に嬉しい日々でした。
もし評価してやってもいいぞ、と思われましたら☆を★にしていただけると嬉しいです<(_ _)>
改めて、今作に興味を持ってくださって読んでくださった皆様、ありがとうございますヽ(=´▽`=)ノ
ご縁がありましたら、次の作品も読んでいただけると嬉しいです。
実は冬の童話祭にひっそり混じりたいな、と思っているので期間が間に合えば投稿するかもしれません。
…間に合う自信がないですけども(^▽^;)
//*// 追記 //*//
活動報告内で、この作品の世界となった所謂『web小説』を書いた“作者”について書いています。
アントニア達がどうして同じ時間を繰り返してるのか?が、少し垣間見れるかもしれません。
内容的なことやこの作品の雰囲気と乖離し過ぎていて番外編にもならないので、活動報告でひっそりと。
気になった方は眺めてみてください。
“作者”がバカだなーって感じに仕上がってます(笑)
さらに追記です。
辺境伯令嬢が修道院に入ってからの話を書き始めました。
「モブですらない未登場キャラの辺境伯令嬢に転生した私、どうやら悪役令嬢になり断罪された後でした」
https://ncode.syosetu.com/n7920hz/
辺境伯令嬢が主人公なので、「なぜその人物が?」と思われそうですけど(^-^;
悪役令嬢とモブ男子の番外編として書いてます。
よろしくお願いします<(_ _)>




