希望と夢と未来と 2
今は花の盛りの春も半ば。グリフィス侯爵邸でも庭は庭師達がよく手入れをしているおかげで、花々が咲き乱れ、夏への期待が膨らみ始めているようだった。
そんな暖かな日差しの中、子供達の声が響いていた。小さな子供達が元気に走り回っているようだ。
そんな様子を見守る大人達の声も聞こえてくる。
「あまり激しくしないでね、転んでしまうわよ」
「大丈夫!」
「だいじょぶー!」
「「ぶー!」」
子供達の返事に困ったように眉を下げながら、けれど笑っているのはアントニアだった。隣に立つトニーが元気にはしゃいで動き回る四人の子供達にやれやれ、というように笑っていた。
「大丈夫だよ、あの子達なら」
「そうだけど…。でも、少なくとも女の子があんなに走り回るのは…」
二人目の子供は四人生まれたうちのたった一人の女の子だ。けれど、生来お転婆なようで、長男よりも元気に動くことが多い。それが自身の幼い頃を見るようでアントニアは少し複雑なよう。
「仕方ないでしょ、小さな頃の君にそっくりだって…義父上も義母上もおっしゃっていたしね」
「…だから心配なんじゃない」
そう言ったそばから長女だけが派手に芝生の上で転んでいた。すぐに起き上がって、ワンピースについた芝生を手で払っている。その様子が慣れていることを物語っていた。
「ああいうところ、君の小さな頃と同じなのかな?」
「……言わないで。嫌なところが似るのね、子供って」
「うーん、仕方ないよ。僕達の子供なんだから。嫌だろうと好きだろうと関係なく、僕達に似てしまうんだろうしね」
「…そうね、そういうものなのね」
二人は子供達が遊ぶ芝生がよく見渡せる場所にあるガゼボへと移動し、今は二人並んで子供達を見ている。
「それにしても、私今もちゃんと生きてるわ。本当に卒業式の後を生きていられるのよね…」
「そうだよ。もう大丈夫だ。アーヴィン卿も無事結婚されたし、今は三人目のお子様がもうすぐ産まれる頃だし、もう問題ないね」
「本当…良かったわ。私も安心して長生き出来るもの。やっとよ! 嬉しいわ」
「僕もだよ。君を途中で失うなんてことにならなくて良かった。でも…二人目の出産の時はアントニアが死んでしまうんじゃないかって、取り乱してしまいそうだった。ずっと義父上が側にいてくれて助かったよ…」
「あの時はね…本当意識失くしてた時間があったみたいだし、心配かけちゃったわよね。ごめんなさい」
「いいよ。その後また子供が出来たって思ったら、双子だって言うし、その双子の出産の方が本当は難しいはずなのに、少し小さく生まれてきたけど、安産だったよね」
「そうね、あの子達は本当面白いわね。陣痛が来る前のうたた寝をしていた時にね、二人がにこにこ笑って『もうすぐ会えるよ』『待っててね』って言う夢を見たの。それで、暫くしたら陣痛が始まったでしょ。正直驚いたわ。でも、子供達が教えてくれたのね。私もあの子達に会えるのが楽しみで、がんばれたわ」
「そうだった、夢を見たって言ってた。でも…そうだね、予告してくれると助かるね」
「こちらの心構えが違うものね」
夫婦はクスクスと笑い合う。以前ならトニーもアントニアも互いのことを想い合うような感情を見せるばかりだったけれど、今は子供達のことが話題の中心になっている。
すっかり家族としての会話ばかりになったな、とトニーは思うのだった。けれど、それも幸せな形なのだと感じている。そしてそれはアントニアも同じだった。
二人が寄り添う様は以前から何も変わらない。ただ、変わっていくのは家族としての形。小さな子供達もやがて大きく成長し、それぞれの家族を築くだろう。その頃には二人も髪に白いものが混じり始めるだろう。それぞれの家族の形が変わってはいくけれど、そこにある変わらないものは一つだけ。
互いに想い合い、支え合う絆。
「私、トニーと結婚出来て本当に良かったって思うの」
「それは…嬉しいな。僕もだよ」
「ふふ、いつもありがとう。これからもよろしくね」
「こちらこそ、ありがとう。そして、これからもよろしく頼むね」
「ええ」
仲睦まじく寄り添う二人は、ずっと変わらずにいる。ただ月日が二人に穏やかで優しく暖かな気持ちを添えていく。
子供達がガゼボに座る二人に気付き、走ってくる。皆元気な声で二人を呼ぶ。それに応えるように手を振るアントニア。そして笑いかけるトニー。はしゃぐ子供達がガゼボに来れば、二人に抱き着くようにすることが分かっている。
いつだって子供達は二人に親としての愛情を求め、そして二人が応えることを知っているから。笑いの途切れることのない優しい時間が続いていく。
そうして、アントニアもトニーも自分達がやっと繰り返し続ける世界の中で、初めて、今までとは違う終わり方が出来るのだろうと期待しながら、日々を過ごしている。
§§§
あれからどれ程の年月が過ぎただろうか。真冬の寒さが厳しい時期だった。
ただこの日は穏やかに晴れ渡り、日差しが春を思わせるように暖かさを感じさせていた。
このリリェストレーム王国の王都から離れた領地に暮らすとある貴族の老夫人が、窓際に置かれたベッドに体を横たえている。
「もしね、また…同じ時間を繰り返すことになったら…次も、私を探してくれる?」
暖かな部屋には、窓から柔らかな日差しが注がれていて、たくさんの花々が置かれている。この部屋主のように落ち着いた雰囲気の家具が並び、それらに派手さは一切ないがどれも高級なものだと見ればわかる物ばかりだった。
それとは打って変わり、壁一面にはドライフラワーの花束が掛けられており、どの花束も彼女の最愛から贈られたものらしい。まるで少女のような愛らしさを窺わせる部屋で、一つ一つが大切なのだと彼女は言うのだった。
それらを前にいつだって彼女を優しく甘やかすのは、彼女の夫だった。
「私もあなたを探すわ。あなたでないとダメだから…」
ベッド脇に座り彼女の手を握る夫は、ただ静かに彼女の言葉に頷いている。そして、彼女の耳元に顔を寄せて、ゆっくりと彼女に答えていく。
「当たり前だよ。君じゃなくては僕も耐えられない。何度だって君を探そう。何度だって、君を愛そう。そして、それはいつだって君だけだと誓うよ」
「ありがとう。私もあなただけだと誓うわ。…少しだけ、心残りがあるの」
「何が?」
「子供達の…名前を呼んであげられないままだったことよ」
「…そう、か」
「でも、いいの。皆のこと…大切なことは嘘じゃないもの」
「君がそれでいいと言うならいいけれど」
「ええ。大丈夫よ」
穏やかに微笑み合う二人は、長く連れ添ってきたせいなのか、二人だけにしか分からない空気を作り出していた。
彼女が少し疲れたからとウトウトし始めると、彼は繋いでいない手で彼女の髪を優しく撫でた。
その日の夜、老夫人は最愛の夫と子供達やその家族らに見守れるように、天に召された。
幸せそうに微笑む彼女は、とても美しく嫋やかな女性だった。誰もが彼女の死を悼み、心から惜しんだ。
彼女の最愛は、ただただ静かに彼女の頬に手を添えて、彼女と同じように微笑んでいた。そして静かに涙した。
その姿に誰もが息を呑み、悲しみを深くしたのだった。
「アン、必ず…会いに行くよ」
誰にも聞こえない小さな呟きを老人が溢したことを、もし彼の最愛が生きていたなら、きっと漏らさず聞いていたに違いない。
そして、きっとこう言うのだ。
「私も待ってる」
と。
お読みいただきありがとうございます。
明日で完結となります。最後まで読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします(*^_^*)
 




