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一つの出会い 1

誤字報告ありがとうございます。

 入学式を無事に終え、寮の自室へと戻ったアントニアは、侍女のドリーに怪我をした経緯を詰め寄られ、ほぼ白状させられる、なんてことになっていた。これも毎回のことだったが。


「アントニアお嬢様! どうされたのですか!? まぁ、こんな掌も膝まで!!」


 あまりの勢いに逃げることはすでに出来ない状況で、決して狭くはない寮の一室ではあったものの、退路が塞がれた、とアントニアは毎回感じるのだった。

仕方なく入学式でのことを話をした。

 件の…ステファニー嬢であろうピンクブロンドの女生徒の話をすれば、ドリーは眉間に皺をきつく寄せて、尚且つこめかみに血管が浮かんでいるのでは? とアントニアが気付くくらいには憤慨していた。

 さすがにアントニアは、件の女生徒がこの世界のヒロインだということも、名前を教えてもらってもいないのに、ステファニーだということも伝えられるわけもなく、ただ「困ったお人もいたものよね」とだけ、苦笑しながら言うだけに留めた。


 入学式からしばらくは、寮ではドリーに付き添われ、寮の外ではアーヴィンに付き添われる日々を過ごすことになってしまったわけだが、ヒロインやヒーローと言った主役級の立場ではないアントニアにとっては自由時間が一日の大半を占める為、特には気にも留めることはなかった。

実際、ヒロインとアントニアが出会い、話をするという場面はほぼないからだ。悪役令嬢のような立場でありながら、実はアントニアはほぼ端役と言っていい。…二人の恋の障害、当て馬、とにかくこの世界のヒロインとヒーローにとっての恋のスパイスと言っていい立場だろう。

 ただヒーローの婚約者という立場でしかなく、名前もちゃんと与えられている立場ではあったが、彼女はこの世界の、強制力の働く時間の中では、あまり目立たない役割だった。

実際物語の終盤で断罪劇が展開されるのだが、そこで語られるアントニアの数々の罪については、強制力のある時間では行われることはなく、ヒロインがヒーローに対し

「こんなことをされました」「あんなことをされました」

という伝聞形式でしか語られることがない。それもあってアントニアはヒロインのステファニーに何もしないという選択が出来たわけだが。

 これからはアーヴィンが今後ヒロインと多く関わることになり、徐々にヒロインと心を通わせていくことも重々承知しており、今のように婚約者がアントニアを気にかけることもなくなっていくことを理解していた。

 そんな風に日々を過ごしてきて、アーヴィンもアントニアが平穏に過ごせていると納得したようで、寮から学舎までの送り迎えを取りやめることとなった。


「アーヴィン様、いつも送ってくださってありがとうございます。もう入学式から一ヶ月ほど経ちました。

その間に特に問題もありませんでしたし、そろそろ送り迎えはなくてもいいと思います。ですから…」

「そうだね。…あの時の彼女のような人もいないし、アンにも友人が出来たし、もう良い…か。それじゃあ、送り迎えは今日で終わりにするよ。でも、寮へ戻るところまではちゃんとするからね」

「分かりましたわ。今日の帰りまではお世話になりますね。お気遣いありがとうございます」

「いいんだ、そんなこと。アンは僕の婚約者なんだから。君を守ってこその僕だしね」


 アントニアがアーヴィンの言葉に曖昧に笑みを浮かべながら、アントニアがそろそろアーヴィンとヒロインのステファニーの交流が本格的になってくる時期かな? とのん気に考えていた。

 すると、送り迎えを取りやめにしたばかりのアーヴィンから、一つの提案を受ける。


「…アン、一つお願いがあるんだ。その、僕達は入学するまでは…定期的にお茶会をしていただろう? 在学中も…出来れば、二人きりでお茶会を…続けたい、と思ってるんだけど…。いいかな?」

「…お茶会、ですか」

「その、お互いに都合もあるだろうから、今までのような定期的なものは無理だろうから、週末に都合が合えば、というような…形で…」

「…分かりました」


 曖昧な笑みを浮かべ続けていたアントニアだったが、現状戸惑いの笑みしか浮かべていなかった。しかもそれを彼女自身が自覚した状態で。

幸い婚約者がそれを悟ることはなく、彼女の了解を得られたと安堵しているのを前に、アントニアの戸惑いは深まるばかりだった。


(こんなこと今まで一度もなかったのに!)


内心叫びたいのを必死に笑顔で誤魔化しながら、やり過ごしたアントニアだった。



 §§§



 一日の授業を全て終え、やっと婚約者の送り迎えが終わると安堵しているアントニアを余所に、肝心なアーヴィンはアントニアの手をさり気なく取って、教室から連れ出していた。


「課外活動で馬術部に入ったんだけど。その…しばらくは教室以外では、アンと会えそうにもないんだ…」

「…そうですか、お忙しくなるのですね」

「だから、その…次の週末に、二人で…会えない、かな?」

「…あ、えっと…はい。わかり、ましたわ」

「よ、良かった。ありがとう。お茶会でもいいんだけど、一緒に出掛ける?」

「そうです、ね…」


 自由時間に婚約者から無茶振りをされた、と思ったアントニアではあったが、自身に害がないならどうでもいいか、と思い直して適当に返事をしていたのであった。

適当に返事をしてから、ふと思い出したことがあった。アントニアには全く関係のないことではあったのだが、以前に街へと出かけたアーヴィンが偶然ヒロインとバッタリ出会い、二人が揃ってデート紛いのことをするという出来事があった、という事実だ。

ちょうど時期的に入学して一ヶ月程経った頃だ。つまり、今回で言うなら今頃だ。


(あ、あらら? もしかして街に出かけると、ステファニー嬢とバッタリ出会って彼女が合流する恰好になるのでは? それで私が婚約者と彼女の仲を疑って、彼女を苛める切っ掛けみたいにされるのでは? そ、そんなの嫌に決まってるじゃないのー! 回避しなきゃ!!)


 なんてことを思い出したことで、頭を抱えてしまいたい状況に陥ったアントニアを救う者が現れたのだった。


「アーヴィン。次の週末は馬術部の先輩が絶対来るようにって言ってたぞ。他の奴にも一応伝えておいてくれ」

「え!? あ、分かった。トニーありがとう!」


 アントニアとアーヴィンが寮へと向かう途中、背後から声が掛かったアーヴィンが振り返れば、同じ一年生らしい男子学生が背中を軽く叩いて告げたのだった。

トニーという少年だった。アントニアは少しの違和感を感じたけれど、それが何かは分からなかった。でも、彼女はこう思うだけだった。


(今は自由時間。台詞は決まっていないし、行動も決められてない。強制力もない。だから、誰が何をしても、本当の自由な時間。だから…きっと気のせいだ)


「アン、週末の話だけど…ごめん!」

「構いませんわ。馬術部のことも大事ですもの。また別の日にすればいいのだし」

「うん、ありがとう。それじゃ、次の次の週末でいいかな?」

「ええ、そうしましょう」


 週末の約束が一方的になくなり、翌週末の約束へと変わった。そのことそのものにアントニアは感じることはなかったものの、ヒロインとアーヴィンとの週末デート紛いについては継続したような形で、更には自身がその場にいることになるのではないか? という疑念が湧いてきた事で多少の混乱はあったようだ。

が、だからと言って、自由時間での約束も行動も、強制力の前では案外あっさりなし崩し的に消え去るものなので、もしかしたらアーヴィンだけが街へ行くことになり、ヒロインと出会い一緒に行動するという流れがあるのかもしれない、と思わないでもなかった。

 そう。間違いなくヒロインとヒーローの二人きりで、街を一緒に散策する日というのは強制力のあるものであって、そこにはヒーローの婚約者は存在しないのだ。

二人きりだからこそ、誰の邪魔もなく二人が互いを意識するという流れなのだから。

何度目かのループの中で、偶然アントニアが二人が街で仲良く過ごしているのを見かけたことがあった為、知っていることだったが、本来ならアントニアが知るはずのない出来事だった。


(どうでもいいから、この茶番早く終わらないかしら…)


 ヒーローの婚約者であるアントニアは、十三歳の朝に目覚めてからもうすでにこのような言葉を何度繰り返してきただろうか。

そして、今後も繰り返していくのだろう。



 §§§



 週末にアーヴィンから誘われていたが、その約束は馬術部の先輩のおかげでなくなった。秘かにアントニアが馬術部の見知らぬ先輩に感謝していたことなど、誰も知らない。

 週が明け、今日からは婚約者の迎えもないのだと思うと、気が楽になるアントニアだった。が、どうしてなのか、女子寮を出てしばらく行くと、見知った人物が遠くから見えて、少しだけ眉間に皺が寄った。

 見知った人物がアントニアに気付けば、軽く手を挙げ、彼女を見つめてきた。


「アン、おはよう」

「…おはようございます、アーヴィン様。どうしたんですか?」


 彼女と並ぶように歩き始めた婚約者のアーヴィンだったが、少し息を吐いてから、こう告げた。


「いや…アンの顔を見たくて」

(わたし)のですか? 特に変わり映えはしませんが」

「そういうことじゃなくて…。うん、少し…安心した」

「? まぁいいですけど」


 少しだけ様子が違った気がして、アーヴィンを見てみるアントニアだったが、何が違うのかが分からず、結局はそのままスルーすることにした。


 二人でクラスに入り、それぞれの席に着き授業が始まるまでそれぞれの友人達と話をしていたが、ふとアントニアが以前感じた小さな違和感に気付いたのは、そんないつもの当たり前の風景の中にあった。

彼女の友人達の一人がこう言ったからだった。


「アントニア様の婚約者と言えばアーヴィン様ですけれど、私の婚約者はアーヴィン様といつも一緒におりますの。だから、彼から色々アーヴィン様のお話も聞くのですけれど…」

「まぁ、そうなのですね。婚約者はどなたですか?」

「はい、()()()()なのですが…あ、ちょうどアーヴィン様の右にいるグレイの髪の方ですわ」

「あの方ですのね」


 アントニアは違和感そのものに気付けたことに、正直言ってしまえば安堵していた。

このループする世界で、名前が与えられている人物がほぼいないということを知っている。

本来なら、両親だって、義弟だって名前があってもいいはずなのだ。もちろん、今目の前にいる友人達や、クラスメイトにだってだ。教師陣やその他の人々にもだ。

彼らにだって生活があるのだから、名前は必要なはずだ。それなのに、なぜか名前がない。いや、実質的にはあるはずなのだけれど、それが彼女には認識できない、と言うべきなのかもしれない。

 それなのに。トニーという名前の少年だけは、この世界の中心にいる人物にとって重要な立場の人物ではないのが想像出来る。彼でなくても、他の人間で代用できる立場だからだ。

そんな人物に名前がある。その事の違和感が理解出来て安堵していた。


 トニー…あんな人物が、アーヴィンの友人としていただろうか? ダークグレイの髪…。短髪、深い藍色の瞳で顔立ちはごく平凡、清潔感があるから誰からも嫌われる要素がなく、アントニアの学友の一人である令嬢の婚約者…。

そんな人物に記憶がない。もし、今までそういう人物がいたなら、アントニアが忘れるはずがないのだ。名前を認識できる人物というだけで、充分記憶に残るのだから。

 自由時間が多いモブにも近い立場ながら、ヒーローの婚約者という厄介な立場にいるアントニアだからこそ気付けたこととも言える。

強制力が働く時間が少ないからこそ、この世界を観察できるからだ。

 そんな中、彼女が一番興味を惹く相手となるのが彼だなんて、この時の彼女自身も気付くことなどなかった。

お読みいただきありがとうございます。


そろそろ1話の文字数は5,000字が通常ということにしようかな、と思い始めているところです。

本当は4,000字未満でとか思ってるんですけど。

どれくらいが読みやすい文字数なんでしょうか…。

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