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卒業 3

 王立貴族学院の卒業パーティ会場では、誰もがこの場を最後に今いる皆が揃うことはないのだと確かめ合いながら、学生でいられる最後の時間を楽しんでいた。


 アントニアと親しくしていた友人達が集まっていた。婚約者と共に親しくしていた者達もいるためか、この世界を繰り返していると気付いてからのアントニアの親しくしてきた令嬢達は、気付く前とは間違いなく違っていた。

 気付く前のアントニアが側に置いた令嬢達は、現時点でステファニーに対し直接的な悪意を見せている辺境伯令嬢の傍にいる取り巻き達。けれど、気付いた後は家格に関わりなく、穏やかな気質の誰もが親しみ易く感じるような、そんな令嬢達ばかりだった。彼女達の婚約者も同じように穏やかな令息達だった。そんな彼女達とアントニアは、学院では短い期間ではあったが、親しく付き合うことができ、アントニアが退学した後も手紙でやり取りを続けている。それぞれがアントニアに寄せる信頼は強いもので、この場でのアントニアの噂を彼女達は冷静に見ていたが、だからこそ憤慨してもいた。


「アントニア様の噂、酷すぎますね。すでに退学されているのを良い事に、アントニア様のことを知らない方達は言いたい放題ですもの」

「…それに、噂を鵜呑みされている方もいらっしゃって、正直噂の出所を教えていただこうかと思ってしまいましたわ」

「私ったらつい感情のままに、アントニア様とトニー様がずーっと仲睦まじく寄り添ってらっしゃることや、お子様を大事にされていることを聞き耳をたてている方達に向けて語ってしまったことがありましたわ」

「分かります! 私も同じようなことを…してしまったことが…」


 クスクスと笑い合いながら、彼女達は大切な友人を思う。

 アントニアの噂で憤慨するだけでなく、その噂の上書きをするべくアントニアとトニー夫妻が誰が見ても羨ましい程の関係を築いていて、多くの令嬢達にとってお手本にしたい夫婦だと彼女達も話をしていた。

これはトニーが頼んだことはなく、アントニアの友人である令嬢達の考えでなされたことだ。

実際にトニーが噂を流すよう頼んだ相手は複数いたにはいたが、それ以上にアントニアの友人達の言葉の影響力はそれなりに大きかったようだ。

 この会場内でアントニアの悪い噂を口にするのは、ただの好奇心、興味本位、悪意が単純に好きなだけの者達で、大多数は思うところがあったとしても口にすることはなかった。

ただ、ステファニーの負傷があったことで、その数が多少増えたようだったが。


「そう言えば、アントニア様ここのところ体調が良くないというお話なのですけど、詳しく知ってる方はいらっしゃいます?」

「あ。先日トニー卿に偶然お会いしました。あちらからお声を掛けてくださって、アントニア様のことを教えて頂きましたの」

「まぁ、それじゃあお元気なのかしら?」

「今、お二人目のお子様がいらっしゃるそうなんですけど、早産になるかもしれないと…。だから、ずっとベッドの上らしいですわ。

お話をお聞きする限りでは、ベッドの上にいなければ、体調が良くないなんて思えないくらいに元気そうだと仰ってましたわ」


 彼女達はアントニアが早産になるかもしれないということがどういうことなのか、正直に言えば理解出来ていないはずだ。まだ結婚もしていないのだから、それは当然だった。けれど、それでもアントニアを友人として心配するのは当然のことと考えているのだから、アントニアと彼女達の関係がどれほど親密で深いものなのかが分かる。

 それと同時に彼女達はトニーからの信頼も得ていた。アントニアに友人として寄り添っていてくれる優しい令嬢達だ、と。そして、聞いた話を不必要に広げることがないことも。

今、間違いなくアントニアのことを話しているけれど、彼女達の周囲には卒業生はいない。誰の耳にもアントニアの状況が伝わることはない。そういうことを考えて、話題を選ぶような令嬢達だった。

そんな彼女達はアントニアからはステファニーをそれとなく見守っていてほしいと伝えられていて、トニーからも秘かに頼まれていることがあり、彼女達の間では情報交換してはいたけれど、他の卒業生や在校生には知られることなかった。


「ところで、今日のパーティに皆様素敵なドレスをお召しですわね。この会場の中で特に印象に残るような方がいらっしゃいます?」

「私はいつもと違って地味な印象を受けたからかしら、辺境伯家のあの御令嬢ですけれど…ご覧になられました?」

「ええ、実は少し驚いたことがありますの。あの方の身に着けてらっしゃるダブルブローチなんですけど、赤が印象的ですわよね」

「ええ、ルビーがとても印象的なものですわね」


 話題を変えたいと思った誰かが、パーティ会場内のドレスを話題に出していた。そして、それに乗るように辺境伯令嬢を引き合いに出した令嬢がいた。


「あのブローチなんですけど、以前遠目から見た程度なのですけれど、とても素敵だわって思っていましたの」

「まぁ! とても印象に残るブローチでしたのね?」

「ええ、そうなのですわ」

「どこで手に入れたのかしら? 私も是非知りたいですわ。素敵ですものね」


 ブローチを以前見たと口にした令嬢は、ステファニーが階段から落ちた時にダブルブローチのことを口にした令嬢だった。

 声を潜めて話をしていたはずの彼女達は、気付けば声を少し大きく話をしていた。彼女達らしくもないことだ。けれど、彼女達の話に割って入ってきた人物がいたことから、その理由が知れるだろう。


「ごきげんよう、皆様。少し耳に入りましたけれど、このブローチのことがそれほど気になりまして?」

「ま! 辺境伯家の! 是非お教えいただきたいですわ。とても品があって、でもそれだけではなくて、清楚さも感じられて可愛らしくもあり、ルビーを引き立てる素敵な意匠ですもの。そちらを購入された先を教えて頂けたら嬉しいですわ!」

「私もお願いしますわ!」

「是非!」


 アントニアの友人達は、辺境伯令嬢を褒めそやし、ブローチを何処で手に入れたのかを気にする様子を見せた。それに気を良くした令嬢は、エクルストン家が出資している商会の名をあげると、自尊心を満足させるためにアントニアの友人達へとダブルブローチを見せつけながら、話をしていた。

その間、友人達は彼女を満足させるために色々と質問を投げかけて、その場へと引き留めていた。辺境伯令嬢は令嬢達の中で、彼女から少し離れた位置にいた一人がその場を離れたことに気付きもせずに。


 §


「先生! 今お時間大丈夫でしょうか?」


 アントニアの友人の令嬢が、辺境伯令嬢の自慢話の途中で抜け出し、会場内にいた教員へと近付いて行った。

ステファニーが階段から滑り落ちた現場に居合わせ、そのさいステファニーの背後にいた人物が身に着けていたドレスやブローチのことを見ていた令嬢から、そのことを聞いていた令嬢だった。

会場の入り口近くにいた教員に声を掛け、ステファニーを階段の途中で背を押したかもしれない人物を見つけたことを伝えていた。

 急ぎ現場で話を聞いた教員と共に令嬢と辺境伯令嬢がまだいるであろう場所へと急いだ。

彼女の自慢話は留まるところがないかのように、続いていたようだ。

背後から教員と共に戻ってきた令嬢に気付いた一人が、小さく頷いて、次にはアーヴィンとステファニーを呼びに行った。それがどういう意味なのか、彼女達が行動する意味は酷く個人的であったし、何より彼女達にとって大切な親友がずっと貶められてきた状況を、この場で一気に解消したいと思ってのことのようだ。

 そうして、アントニアの友人の令嬢達、また彼女達の婚約者も含めた形でのステファニーを階段で背を押したかもしれない相手を教員に捕獲させるため、そっと動いたのだった。

彼女達は大事にすることを求めてはいない。ただ目的の人物がいたから、その為に動いただけ。そうして、教員が彼の令嬢に声を掛けた。


「それで、このブローチはわたくしが幼い頃に描いた絵を宝飾職人と一緒に考えて、作った物ですの」

「そうなのですね、ではそれは…あら」

「辺境伯家の…君、少しいいかな?」

「わたくしのことですの? 何かしら?」


 声を掛けられ、自慢話の途中だったためか少し不機嫌気味に答えながら振り返った彼の令嬢は、そこにいた教員の姿に挙動不審に目を忙しくあちこちと動かし始めた。もしこの場にトニーがいたなら、彼女の様子に『そんな姿を見たら、何かあるとすぐに気付かれるのに』と内心突っ込んだだろう。

それは教員も同じだったようだ。


「メイプル嬢が階段から落ちるという事故が起こった。その現場にいたとされた人物が、一人いなくなっていてね。そのことで話があるから来てもらえると助かるんだが、いいね?」


 その言葉は拒否出来ないというものだった。令嬢は一瞬、眉間に皺を寄せ不愉快さを示したものの、逃げられない状況だと気付いて、慌て出した。アントニアの友人達がたまたま彼女を囲うように立っている。彼女の背後を突く形で教員と教員を呼びに行った令嬢が戻ってきて、完全に彼女は逃げ道を塞がれた格好になったのだと今更ながら気付いたのだった。

 逃げられない状況にあると気付いたことで、教員に同意しようとしたところ、アーヴィンとステファニーを呼びに行っていた令嬢が戻ってきたことで、状況は一変した。

その場にいた者は誰も彼女が階段でステファニーが落ちたことについて、詰問をしたわけではない。勿論、この場ではなく別の場でなら、可能性はあるかもしれない。でも、この場で問い質す理由はない。だから、誰も彼女を追い詰める意味は持ち得ない。けれど、アーヴィン達を彼女が視界に入れた瞬間に、自身が今この場にいる意味を把握したようだった。


「わたくし、何も知りませんわよ。メイプル様が階段から落ちたなんて、初めて聞きましたもの!」

「それはそうでしょう。だから、全員に聞いているところだからね」

「何も知りませんもの、これ以上お話することは何もありませんわ!」

「それは、こちらが判断することなのでね。ここで話していても良くないだろうから、会場から出よう」

「! わたくしはここを動きませんわ! 何も疚しい事はありませんから!!」

「けれど、君の声が少々大きいせいか注目を集めているが、それでも大丈夫かな?」

「え…」


 彼女はそこで初めて自身の置かれている状況に気付いたようだ。慌てて、声を潜めて教員に訴え出した。


「わ、わたくしは身に覚えのないことで、こんな謂れのないことで、まるで私に非があるような空気になっているのは、非常に不愉快ですわ」


 教員に対し、会場から出て話をすることを拒否するばかりだった。けれど、その様子をアーヴィン達が見ている。それも彼女にとっては頑なになる原因でもあるようだった。

彼女がステファニーに対し、睨み付けるようにしたのを見たのは、アーヴィンだけだった。そして、その視線の意味にアーヴィンは気付いたはずだ。そして彼女がその瞳に宿した熱量の意味も。

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