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公爵邸 2

 エクルストン公爵邸での夜会は、会場となっている大広間に多くの有力貴族達が集まっていた。

グリフィス侯爵家にとって今後の付き合いにも関わる貴族達が多く、以前から顔繫ぎをしてきたトニーは、馴染みのある面々も多かった。

そんな人々とも挨拶をし、その傍らにはアントニアも一緒に立ち、二人で彼らと会話を交わしていった。

時折、アントニアに向けてアーヴィンのことやステファニーのことを、迂遠な問いをするような人間もいたのは事実だったが、敢えて口にすることもないだろう程に、アントニアはアーヴィンとステファニーに対し、欠片も蟠りを感じさせることない笑顔で対応し続けていた。

 アーヴィンはステファニーと一緒に動いており、アントニア達が彼らと一緒に過ごす時間は然程長くはなかったものの、四人が歓談する様子は誰もが目にしており、元の婚約者同士はそれぞれのパートナーの話を聞いたり、アントニア達は子供のことを話しながらアーヴィン達に結婚はいいものだと伝える様が見られた。

今回の夜会での最大の目的である『エクルストン公爵家とグリフィス侯爵家の間には決して問題はない』という姿勢を見せるという目論見は達成されたことになる。

 その意味をトニーもアントニアも理解した上での夜会への参加だったし、アーヴィンもそれを理解していた。が、ステファニーはどこまで理解出来ていたかは分からない。ただ、アントニアとの関係が完全に切れてしまわないということは把握していた。


(アントニア様、やっぱり綺麗! 可愛い! 素敵! 人妻になったのに可愛いとか犯罪!! しかも子持ちなのに可愛いとかまじ意味不明! 私がアントニア様の子供になりたかった…!!)


かなり煩悩塗れな…残念ヒロインと化していたが、そこは問題ではない。アーヴィンとの婚約を切っ掛けに、遠からずグリフィス侯爵家との縁をステファニー自身も繋ぐことになるわけだから、彼女にとってはまた別の考えが巡るのだった。


(推しの迷惑になることはダメ! 絶対ダメ! 公爵家の嫁になるのだから、まずキッチリカッチリ勉強がんばって相応しく振舞えるようになる! そうすれば、私なんかに良くしてくださったアントニア様に迷惑をかける確率減る…はず! 変な噂でこれ以上迷惑かけられない!

それに公爵家にも良いことのはずだし、アーヴィン様にも恥ずかしくない妻と思ってもらえるはずだし、とにかく良いはずだわ!)


 ステファニーの行動理念は…以前ならアーヴィンの為だっただろうが、今はアントニアの為。男性の推しがアーヴィンは変わらないものの、女性の推しがアントニアという事実がある限り、ステファニーの姿勢は今後も変わらない。

彼女自身の思考回路に関しては、きっとアントニア達には理解出来ないものだろうが、結果的には最良の方向へと回っていくものにはなるだろう。

 前世で間違いなくオタクだったという記憶もあり、自覚もあるであろうステファニーは、自分という存在の為に推しであるアーヴィンとアントニアの関係が壊れるのを見るはずだったのに、今回蓋を開けてみればすでに壊れていて、アントニアに対して良心の呵責を感じなくて良い状況が出来上がっていた。その上でアントニアから、アーヴィンへの後押しをしてもらった。それが、ステファニーに転生した人物の、前世でのどこか気弱で、でも可愛らしさを持つごくごく普通の女子だった頃の素直な気質を持った少女へと変えていた。

アントニアが繰り返してきたアーヴィンに裏切られ続けていた時にいた、どこか狡猾なステファニーではなくなっていた。


 §


 夜会に参加する目的は既に果たしていたし、それなりに時間も過ごしたからトニーはアントニアの体調を考え、そろそろ帰る頃だろうと考え始めた時だった。

いつだったかの夜会を思い起こすような状況がまた起こっていた。しかも、あの時と同じ顔が見えた。トニーは溜息を吐いて、隣にいるアントニアの腰を抱いた。すぐに彼女が動けないようにするためだ。


「まさかまたこんな状況を見るなんてね…」

「そうね、彼女達がこの場にいるなんて思わなかったわ」

「…これは元婚約者殿を呼んだ方がいいかな」

「そうね。だけど、近くにはいないようだけど、いいのかしら…」


 トニーとアントニアがいる場所は、バルコニーの出入り口となっている掃き出し窓の近くだ。

その掃き出し窓の外から声が聞こえてきた事に気付いたトニーが窓の外を見れば、ステファニーに対し令嬢三名が取り囲むという状況が見えた。

彼女達がバルコニーへと出た後に、アントニアとトニーがその場所へと来たようだ。ステファニーを含む令嬢達は二人に気付いてないらしい。

窓も閉められている為に話し声も具体的な言葉は聞こえてはいない。


「アーヴィン卿を呼んでくる。ここでじっとしていて。動いちゃダメだよ。当然声も出さないで。君に飛び火しても困る。大事な僕達の子供を守る為にもね」

「分かってる。早く行って。彼女達、危険なことしそうで怖いわ」

「じゃあ、急いで行ってくる」

「お願いね」


 アントニアはただ見守ることしか出来ない状況の中、思い起こしていた。繰り返す世界だと気付いていなかった頃、自身がしていたことを。

今日のような夜会で、アーヴィンがステファニーをパートナーとして伴い参加していた。アントニアは、二人が参加することを偶然二人が学院で会話しているのを聞き、急遽参加することにし、一人になったステファニーをバルコニーに連れ出して、取り巻きの令嬢達と共に激しい口調で罵っていたことを。

その出来事とそっくり同じような出来事が今起こっている。ステファニーは困惑した様子で、けれどしっかりと相手を見据えながら、なんとか対応しようとしているのも見えた。


(…彼女、本当にがんばってるのね。以前ならすぐに涙ぐんで、俯いてしまっていたもの。

もう少し踏ん張って! きっと助けが来るから)


 そんなことを思いながら、ステファニーを嘲るように罵り続ける令嬢達の声と、時折見える横顔に複雑な気持ちを抱くアントニア。

やがてアーヴィンがこちらに気付く事もなく、バルコニーへと真っ直ぐに向かっていくのを見て、小さく安堵の息を吐いた。トニーも彼同様に真っ直ぐアントニアの許へ戻ってきた。


「アン、ただいま」

「お帰りなさい。良かった…間に合ったみたいで。彼女がんばってたのよ。今までなら泣いて俯いて、彼に守ってもらうことしかしなかったのに。見て。しっかり彼女達に何か伝えてるわ」

「そうだね。もう大丈夫そうだし、帰ろうか」

「そうね。私も疲れたわ」

「じゃあ、公爵閣下に挨拶してから帰ろう」

「ええ」


 その後アントニア達は問題に巻き込まれることもなく、無事に夜会を辞した。その帰りの馬車の中で、アントニアがふと言葉を漏らした。


「やっぱり強制力はあるのね。私には()()ないのに…。彼女には()()あるのよ」

「そうなんだね」

「ええ。私…ずっとこの世界は、あの二人の為の世界だと思ってきたわ。私はその二人と関わることがない立場になれば、殺されずに済むと思ってた。

ただ、どうすれば関わることがないようになるのかが、分からなくてずっと殺され続けてきたんだけど…」

「…そう」

「でも、トニーのおかげで今回初めて、関わることのない立場になれたと思うの」

「僕が役に立てたようで良かった」

「ふふ、ありがとう」


 会話を区切る様にアントニアは、隣に座るトニーの肩に頭を預ける。そんなアントニアの肩をトニーも包むように抱く。


「あの二人の為の舞台がこの世界だというのなら、強制力は…二人にはこの後も色々なことを強いる気がしてるの」

「それは…」

「実際にどうなのかは、さすがに分からないのよ? でも、彼女には災難がずっと降りかかってるでしょう? 王家主催の夜会もそうだし、今日もそう。

学院では大丈夫なのか、少し気掛かりではあるのだけど…私じゃ分からないし、どうすることも出来ないから…」

「…アンは、彼女を助けたいの?」

「放っておいても…彼が守るはずだから、それほど心配はしてないけど…」

「そうなんだね。学院じゃ…僕も手が出せないな」

「彼女には気を付けるように伝えてあるし、彼も分かっているとは思うし…大丈夫だと思ってるの。以前の私がしていたことを他の令嬢達がしてるんだろうって思うし、実際に卒業式までは大きな怪我はなかったはずなのよ」

「……卒業式、か」

「問題はね、その後よ。私は殺されてしまっていた。何もしなくてもね。あの時の強制力は一番強いの。でも、私はトニーと結婚してから強制力を一度も感じたことがないの。今日だってそうよ。だから私は大丈夫って思ってる。でも、彼女は…違うと思う」


 トニーの肩に寄り掛かるアントニアが少し頭を動かす。それから、トニーに甘えるように体も摺り寄せた。それに応えるようにトニーもアントニアの肩に腕を回し優しく撫でた。


「僕は、アンとは少し違う意見かな」

「え?」

「僕にとってはアンが一番大事だから、アンを害するものを排除することしか考えてない。だから、この世界そのものがアンに悪意を持ってる気がして仕方ない。

前回だってアンは、本当なら死ななくても良かったのに死んでしまってる」

「あれは! 私が…私の手で、自分を…終わらせただけ…だわ」

「それでも、僕にはこの世界がアントニアを害そうとしてるとしか思えなかった」

「だけど…」

「だからね、今だってこの世界がアントニアに何かしてくるかもしれないと考えてる。その為に対策を考える。いつだってアンを守る為にね」

「トニー?」


 トニーがアントニアに気持ちを伝えたのは…アントニアの口から強制力という言葉が出たせいだろうか。

アントニアにとっては、自分自身からは完全に強制力が消えてしまったと、グリフィス領で穏やかな日々を過ごしてきたからなのか、気付けばそう思っていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

トニーはそうは考えていなかったこと、この先にもしかしたらアントニアにとって不慮の事故、病気、何か分からないものが命を奪うかもしれない、と考えているのだと思うと、何を言えばいいのか分からなくなってしまっても仕方がないだろう。


「ごめん。そんなこと言われたら戸惑うだけだって分かってるんだけどね。アンにも油断はあまり…してほしくなくて。本当なら、一日中ずっと一緒にアンの側にいたいくらいだ。ずっとアンに貼り付いて、誰からも害されないように、僕が見守っていたいって思ってる」

「トニー、それは…」

「うん。分かってる。ずっと一緒にいるなんて無理だってことくらい、ちゃんと分かってる。でも、それくらいアンのことを心配してるんだ。それだけは…分かってくれるかな?」

「…ええ。ありがとう、そんなに気遣ってくれていて」


 トニーが自分の肩に凭れているアントニアの頭に、自身の頭をコツンと寄せた。そして、アントニアの頭にリップ音を響かせた。


「絶対に守るから。僕を選んでくれたアンを、守るから」

「ええ、信じてる」


 二人を乗せた馬車は、グリフィス侯爵邸へと帰路を進めていく。


 貴族学院の卒業式までの残り時間を考えれば、トニーが異様に神経を使い、警戒をしてしまっても仕方ない状況なのかもしれない。もしくは、不要な警戒なのかも。

けれど、シナリオが変わってしまっている今、何が起こってもおかしくはなく、だからアントニアを守る為に最善を探し続けるトニーがそこにいるだけだった。

お読みいただきありがとうございます。


前回の投稿後にタイプミスした箇所があって修正しました。

自分で気付けたのは良かったけど、どうして投稿前に気付けなかったのか、と。

誤字とか抜け字とか、何かしらミスがありましたら是非お教えくださいませ。


色々残念ヒロインと化しているステファニーですが、「色んなこと」を考えてたら…さらに残念度が上がった気がしたので、彼女の尊厳を守る為に「色んなこと」を秘密にしようと思いました。

…残念ヒロインのステファニーさんで何かやらかした感じの話を書くと、面白いんだろうなと思い始めています。でもネタもないので無理ですけども。


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どうぞよろしくお願いいたします。

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