予兆 2
今回は短めです。
グリフィス侯爵から届いた手紙の内容は、簡単に纏めてしまえば、以下のようなものだ。
・王家主催の夜会でアントニアがステファニーを助けたことへの改めての礼
・その結果、アーヴィンとアントニアの間に蟠りがあるわけではないと対面的に示せたことへの感謝
・エクルストン公爵家とグリフィス侯爵家の関係悪化を狙う他家の策を妨害出来た事
・今後もグリフィス侯爵家との協力関係を継続したい
・エクルストン公爵邸での夜会でも重ねて関係が良好であることを示したい
実際問題、両家の祖父世代からの交流は両家で公共事業を主導したこともあれば、周辺諸国との輸出入品でのことも協力し合い、国内に新たな流行を生み出すことも多々あった。
そんな両家の関係を強力に推し進めるものとして、アーヴィンとアントニアの婚約があるのだと多くの貴族家は考えて、それが真実だと思っているらしい。
事実、前回の生においてトニーも子爵家ではエクルストン公爵家とグリフィス侯爵家は婚姻で更に強い結び付きとなるから、アーヴィンと絶対に繋がりを持つように、と両親から言われていた。
本当の所は、そういうことに関係なく祖父達は孫達が嫌がれば、婚約の解消も当然と思っていたわけだが、それは両家内の話であって、他の貴族達が知るはずもない。
それはともかく。
エクルストン公爵家からの熱望とも言える今回の夜会への招待は、グリフィス侯爵家としても歓迎すべきことでもあり、参加を断ることが出来ないものだった。
トニーは軽く頭を横に振ると、手紙を封筒へと仕舞う。小さく息を吐くともうベッドで横になっているだろうアントニアを案じた。
「…現状エクルストン公爵家で何かがあるわけではないだろうけど。元婚約者殿もさすがにアンに未練はないのは分かる。引っ掛ることがあるとすれば、メイプル嬢…か。
だけど、今の彼女がアンを害する理由は今はもうないから…」
また小さく息を吐く。それから、緩めていた首元をさらに緩めるためにシャツのボタンを一つ外していた。
背凭れに預けた背中をそのままに顔を天井へと向けて、呟く。
「元婚約者殿とメイプル嬢の二人そのものは問題がない。でも、その周辺は…」
王家主催の夜会を思い出して眉間に皺を寄せてしまったトニーは、繰り返していると気付く前のアントニアの代理のようにステファニーに色々と害をなそうとしていた令嬢達を思い出していた。
あの後トニーは間違いなく、遠回しな表現ではあるものの、彼女達がアントニアに対し悪意ある言葉を吐いていたことを彼女達の家へ伝えている。
それによって、多少は彼女達に不利益があったかもしれない。だから、彼女達が各家で何かしら反省する切っ掛けになればそれで終わりにするつもりでいる。
「…あの御令嬢達の家にも、少し不利益な状況を作ったし」
ボソリと溢した言葉とは裏腹に、トニーは思う。王都から離れてしまっている現時点で、終わりに出来たと考えてもいい状態に持って行けてもいた。ただ、アントニアが王都に戻れば、どうなるのかは分からない。
きっとエクルストン公爵主催の夜会だから、彼女達は来ないだろう。来るとするなら、親だけのはず。
そう考えれば、アントニアが彼女達に害される可能性はかなり低いはず…。
そこまで考えてから、トニーは「少し違うな」と呟いた。
「この世界の強制力は壊れたと思う。でも、以前のような筋書きが分からなくなった今だからこそ、常に備えているべきだ。大丈夫だろうなんて思っていては、アンを守れない」
背凭れから体を起こし、天井に向けていた顔をレースのカーテンだけが引かれた窓へと向ける。
「最悪のことがあると考えていたほうがいい。そうでなければ、アンを失うかもしれない。お腹に子もいるのだから、アンは自身よりも子供を優先するだろうし。そんなことをさせない為にも、絶対に守らなくては…」
誰に宣言しているわけでもない、零れ落ちていく言葉は、トニーにとっての決意表明だった。けれど、とても重い意味を持つものでもあった。




