一つ試してみましょうか 4
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王立貴族学院の入学当日となった春の穏やかな日。
王都の郊外にある学院は、全寮制である。遠方の領地に住む貴族だけでなく王都にタウンハウスを持つ貴族であっても、例外なく寮生活を送ることになっている。
貴族の令息令嬢ということもあり、侍従や侍女を二人まで付けていいという規定がある。その為、余程の事がない限りは侍従もしくは侍女を連れて寮生活が始まる。
そして、侯爵令嬢であるアントニアも例外なく侍女のドリーを連れてきている。
「アントニアお嬢様、準備は終えられましたか?」
「ええ、持ち物は大丈夫だし、制服も髪もドリーのおかげで完璧だもの! それじゃ、行ってくるわね」
「はい。私は学舎へは御一緒出来ませんので、こちらでお帰りをお待ちしております」
寮の部屋と廊下を隔てる扉を開け、頭を下げ見送ってくれるドリーに手を軽く振って、入学式へと向かうアントニアがそこにいた。
女子寮を出て、入学式の行われる会場でもあるホールへと向かう。
王立貴族学院は、正門を入ると一番手前に見えてくる建物が、学生達が学ぶ本学舎となっている。
その学舎の左翼には騎士志望の学生達が学ぶ学舎があり、右翼は専門課程を学ぶ学舎と、図書館や研究用の教室等のある小さな学舎が並んでいる。各学舎の奥のほうへと進んでいくと鍛錬場や馬場のような屋外での活動が可能な場所がある。
それから、学生にとって必須な食堂や日用品、文具と言った消耗品を扱う売店等は本学舎内にある。
寮に関して言えば、学舎とは別方向にあり、騎士科にとっては鍛錬の一助となるはずだ、という理由なのかは分からないが、本学舎の右翼から更に右手にある。その為、騎士科学生達は騎士団に入る前から、時間厳守の訓練も出来る上に、体力も底上げが微妙に期待出来るという噂がある。
そんなことを考えながら、アントニアは会場へと急ぐ。因みに会場は本学舎と騎士科の学舎との間にある為、本学舎と右翼側の学舎よりも左翼側となる騎士科の学舎は遠い道のりとなる。
が、基本的に体力バカが在学するから問題ないよね、と騎士科以外の学生達は考えている。騎士科の学生達は多分おそらく、寮から遠いことに苦情を申し立てたいに違いない。が、言ったところでどうしようもないので、諦めているというのが現実なのだろう。
無事アントニアが会場へ辿り着こうというタイミングで、婚約者のアーヴィンの姿を見かけた。
そう、今日から物語が大きく動いていくことを思い出したのは、目の前でアーヴィンが一人の女生徒とすれ違い、その女生徒が何かに躓き、倒れそうになるところだったからだろうか。
「うん、いつもと変わりのない入学式の朝だわ。私は二人に関わることなく終わるはずだから、ちょっと様子を見ていましょう」
小さく呟きつつ、二人を見守るアントニアだった。
倒れ込んだ女生徒を難なく腰を抱き止めるように受け止め、二人の学院での出会いイベントは無事終了。
女生徒はピンクブロンドのゆるくウェーブした髪を肩まで伸ばし、ハーフアップに纏めている。
この位置からでは瞳の色は分からないが、ほぼ確実にアメジストのような綺麗な色だ。少し背が低くて、でも体型は出るところは出て、引っ込んでるところは引っ込んでる印象。
「きっとステファニー様で間違いないわよね。もう面倒だからさくっと二人が婚約してくれたらいいのにな。私婚約解消に抵抗ないのよね。死ぬよりましだわ」
また小さく呟くアントニアに応じる者なんて誰もおらず、彼女は二人がその場から会場まで一緒に並んで歩いていくのをかなり遠くから眺めつつ歩むのだった。
会場はアーヴィンと一緒に並んで座るというようなことがないので、特にそれも気にすることなく適当に後方の座席に座っていると、今まで一度もなかったアーヴィンがアントニアを探し出し、彼女の隣に座ったのだった。
「…おはようございます。わざわざ探してくださったのですか?」
「おはよう。ああ、アンと一緒に座りたかったから」
「そうですか。そう言えばクラスは確認されましたか?」
「ああ、僕はAクラスだったよ。アンも、だよね」
「はい、同じクラスでしたね」
「楽しみだよ」
「よろしくお願いしますね」
そんな会話を交わしながら、入学式の始まりを告げる教師らしい人物の司会進行で、その場は静まり返った。
(こんな会話初めてよね。しかもアーヴィン様が私と一緒に並んで座ってることも、初めてだわ。…自由時間だから、ということなんでしょうけど、それにしても…)
隣に座るアーヴィンを盗み見たアントニアだが、ため息を吐きたいのをぐっと我慢したのだった。
式が終わると、二人並んで教室へと向かうことになった。騎士科以外の学生達は本学舎への移動となる。その為、多くが同じ方向へと動いているのだが、その流れの中、無理矢理逆方向へと進んでくる人物がいるようで、時折人とぶつかっている人物が謝る声が聞こえてくる。
アントニアはため息を迷いなく吐き出していた。アーヴィンがどうしたのかと彼女を見たけれど、それを判っていながら無視したアントニア。
そして、謝ってばかりいた人物がアントニアにぶつかってきた。毎回派手に押し倒されて、アントニアが件の人物に激しく罵る場面だった。
今回も間違いなくそうなる場面で、やはり派手に押し倒され、アントニアは膝と掌に擦り傷が出来てしまう。
痛みを堪えるように手を庇いながら立ち上がると、隣にいたアーヴィンが急いでアントニアの制服の汚れや手の怪我を確認する。
アーヴィンはいつもアントニアといることがなかったから、今回初めてのこととなる。アーヴィンにとっては自由時間だから、アントニアや彼女とは違い自由に動けているのだろう。
アントニアに慌てて謝るピンクブロンドの女生徒は、自分が悪いにも関わらず涙目でまるで倒れたアントニアが悪いと言わんばかりの態度にも見えた。
きっと分かる令嬢達なら、女生徒があざといことを理解出来ただろう。
アントニアは、いつも罵ることしか出来ない場面だから、そして強制力が働く場面だから、言葉を変えることが出来ない。
だからこその、表情と声音を変えての今だった。
「…気を付けて、くださいましね。わたくしだから……これだけ、で済みましたの。他の御令嬢方だったら、もっと酷い怪我をなさっていたかも、しれませんわ…」
アーヴィンの影に隠れるように小さくか弱く見えるように演出して、女生徒が圧倒的に悪いのだと弱々しく訴える。アーヴィンもアントニアの手を優しく包み込むようにしながら、女生徒に声を掛けた。
「…そう言えば何かに躓いていたね。君は足元が弱いんだろうから、急ぐこともないのだし…人の迷惑にならないようにゆっくり歩くことをお勧めするよ」
そしてアントニアに膝も怪我していることを確認すると、婚約者を横抱きにしてその場からすぐに移動していったのだった。
その場に取り残された女生徒は、呆気に取られていた。
(え? どういうこと⁉ アーヴィン様がアントニアとなんで一緒なの? おかしくない⁉ それより、何でアントニアがあんな儚げ美少女になってるの? 悪役令嬢ってもっとキツイ化粧して性格もキツかったはずよね⁉)
そんなことを考えている間に、その場にいる新入生はだいたいが各教室へと入ってしまっており、一人取り残されるという手前で、慌ててクラスへと女生徒は潜り込むことになった。
女生徒の所属クラスはBクラスで、アーヴィンとは違うクラスだ。ただ、物語の強制力というものが強く働くこれからの時間に、女生徒とアーヴィンは幾度となく接触する機会があり、親しくなっていくわけだが…アントニアは実は女生徒と接触する機会というのは、あまりない。
つまり、アントニアにとって強制力が働くのは婚約者と親しくしている女生徒の二人を遠目に見る、ということだけ。
けれど、アーヴィンがそれを知ることはない上に、女生徒との関係を深くしていくことで婚約者のことを信じられなくなっていく。
だから物語の終盤で、婚約者のアントニアと婚約を破棄することを告げ、女生徒と婚約をすることを宣言することになる。その後、アントニアが女生徒を害そうとし、アーヴィンがアントニアを殺してしまう、という流れなのだが…。
入学式でのヒロインである女生徒とヒーローである婚約者のアーヴィンが出会う場面、それからヒロインと対立するアントニアとの出会う場面が強制力の働く時間であり、それさえ終わればアントニアには自由時間が待っている。
が。現在、その自由時間にありながら、本来であれば教室にいるはずなのに、アーヴィンもアントニアも揃って医務室に来ていた。
医務室に常駐している医師によってアントニアの怪我は手早く消毒されて、傷薬を塗られた。
少しだけ他の箇所より酷く傷の出来た左膝には包帯が巻かれているが、見た目ほど酷い傷ではないためアントニアは今回も負傷した箇所を眺めて、大丈夫と思うのだった。
手当を終えると医師に礼を言い、医務室を後にした。
後は教室へと向かい、教師に遅れたことを説明しなくては、と考えているアントニアだったが、アーヴィンは別のことを考えているようだった。
「アン、今日みたいにアンが誰かに怪我をさせられるなんてことがあると僕が嫌なんだけど…寮の送り迎えをしてもいいかな?」
「……え?」
今回のループで一番の爆弾をぶつけられた気持ちになったアントニアは、それ以上答えることが出来ずに固まってしまったのだった。
(え? どう…して? 何があって…そんなことを言い出したの?)
何も言わずにただ婚約者の顔を見つめているアントニアに、さすがにアーヴィンも彼女が戸惑っていることに悟ったようだ。
「あ…ごめん、突然こんなこと。ただ心配なだけ、だから…。アンが嫌じゃないなら、僕達婚約者同士だし送り迎えなら問題ないかなって思って」
「ありがとうございます。でも…いつも誰かに押されるわけでもないですし、大丈夫だと思いますから」
「…でも、心配なんだ」
婚約者がアントニアのことを思いやるだなんて、彼女自身が狼狽えるほどに驚いていたわけだが、実際にはそれが表情に表れるわけではなかった為、アーヴィンに伝わってはいなかった。が、固辞されることには戸惑いがあるようだ。
「…えっと、それでは…アーヴィン様が大丈夫だと思えたら、それで終わりとしていただけますか?
婚約者に甘え過ぎだとか、送り迎えを強要していると、他の方達に勘違いされるのも…ちょっと…」
「分かったよ。…それにしてもアンはもっと甘えてくれてもいいんだけど。まぁ仕方ないね。君が他の人達に悪い方向で勘違いされるのは、僕も嫌だから」
「ありがとうございます」
なんとか落としどころが見つかった所で、二人は随分時間が経っていることに気付き、教室へと急いだのだった。
お読みいただきありがとうございます。
今回も長くなりました…。短く纏めるというスキルが欲しい今日この頃です。
今回はヒロイン初登場で、婚約者も予想外な動きをしたので、主人公はちょっと「面倒臭い」とか思ってるかもです。
昨日は、投稿できませんでした。というか、必要最低限でしかPCに触れませんでした。
今日からまた投稿を頑張ります。ただ土日はお休みします。
単純にPCに触る時間があまりとれないだけなんですけど…。
7月で1章を終える予定です。それまでは土日以外は毎日投稿出来るよう頑張ります!