穏やかな日々 1
朝からよく晴れ渡った空には、小さく雲が浮かぶばかりで、気持ちの良い風も吹き渡っているおかげか、誰もが穏やかな気持ちで今日という一日を過ごせそうだ。
グリフィス侯爵邸でもそれは同様で、久しぶりにグリフィス侯爵家の皆が揃ったことで、使用人達も心弾むものを感じながら、侯爵一家に仕えている。
「おはようございます、お父様、お母様」
「おはよう」
「おはよう、アン」
グリフィス侯爵夫妻と娘のアントニアの三人だけが、リビングにいる。
アントニアとトニーの子供は絶賛パパ見知り中…基本的に大半の時間を仕事で身近にいられない父親に対し、人見知りしている状況…で、それに負けないようにとトニーが子供に泣かれながらも必死で相手をしている。その時間に母親であるアントニアが側にいると子供は父親のトニーと向き合わずひたすら逃げ続け、アントニアに向かって行ってしまうため、トニーからは二人きりにしてほしいと言われている。
おかげで、アントニアは久しぶりに両親と三人でゆっくりと過ごす時間が出来ている。
「相変わらず私達の可愛い孫は、父親のトニーに泣いているんだなぁ」
「仕方ありませんわ。あなただってアンに泣かれたじゃないですか」
「…そう、だったな」
「それも仕方ないのですよ。それこそ家族の為、領民の為と必死にがんばってくださってる証でもあるのですもの。多少は家族から泣かれるという切ない側面もありますけど、父親として立派に仕事をしている証ですからね?」
「…そうなんだよな。うぅん、こればかりは父親という立場は辛いな」
「ええ、そうですわ。でも、今さえ乗り越えれば、親子関係は決して悪くなるものではないのですから、大丈夫ですよ」
「そうだな! アンもこんな立派に育って、子供まで産んでいるしな」
「ええそうよ」
娘を前に夫婦は楽し気に会話をしている。
そんな両親を少し困ったな、と思いながら黙って見守っているアントニア。
暫くすると、トニーが子供を連れてリビングへと現れた。抱っこされた子供は、ぐずっていたのが分かるくらいには涙を浮かべているが、それでもトニーに対して今はもう泣いてはいなかった。
トニーがアントニアの座るソファに近付けば、子供はニコニコと機嫌良く笑い始めた。トニーはアントニアに子供を渡してアントニアの隣に座る。
「はぁ、やっと泣き止んでくれたよ」
「お疲れ様。この子もトニーのことを受け入れられたのかしら?」
「…そうでないと、辛いよ。自分の子供に拒絶されてるのと同じだろう?」
「ふふ、そうね。でも大丈夫そうね。あなたの顔を見て笑ってるもの」
「そうか。それは何より」
アントニアとトニーは夫婦の会話をしている。でも、互いに向ける視線の先には子供がいる。
子供はそんな両親の気持ちなど当然知るはずもなく、ただただ母親の膝の上で祖父母の侯爵夫妻にご機嫌で笑顔を向けている。
そんな家族水入らずの時間を持てている今、アントニアの心はとても凪いでいた。勿論、まだ自身の死がいつ訪れるかもしれない、そう考えないではないけれど。
「義父上、義母上、今回の夜会も無事終えましたし、私達は領地へ戻ろうと思っています」
「分かっているよ。互いに寂しくはなるが、こればかりは仕方ない。トニーは領地運営を引き続き任せる。アンはくれぐれも無理をしないように」
「分かっています。領地はお任せください。アンも無理はさせません」
「お父様、大丈夫ですわ。私だってもう母親ですもの」
「二人を信頼しているからこそ、親として心配させておくれ」
「ありがとうございます、義父上」
アントニアとトニーが領地から王都へやって来たのは、あくまでも王家主催の夜会のため。用が済んでしまえば、また領地へと戻るだけ。
アントニアが十八歳を無事迎えることができて、王立貴族学院の卒業式が終われば、もうアントニアがあの繰り返し続ける世界に縛られることはなくなるだろうとアントニアもトニーも考えている。
ただ、アーヴィンとステファニーの結婚は、繰り返し続けた世界では、アントニアが退場して一年後のことだというのはトニーの記憶から間違いがないと分かっている。
そして現在、二人の結婚は繰り返し続けてきた世界と同じで、卒業してから一年後だと聞いている。
まずはアントニアが学院の卒業式の日まで、王都から離れていることで、命の危険に晒される可能性を少しでも減らす。それで目的は達成できるだろうと二人は考えている。
卒業パーティでアントニアは婚約破棄後に殺され続けている。それがアントニアの持つ短剣からステファニーを守る為にアーヴィンが剣を揮った結果だとしても。
卒業式、そして卒業パーティの時間を無事生き抜くことが出来れば、確実にアントニアにはこの世界から求められる死はないだろう、とトニーは思う。そしてそれが正解なのだろうとも。
§
アントニアとトニー、それに二人の間の子供は、家族揃ってグリフィス侯爵領へと戻ってきていた。
穏やかに流れる時間に、アントニアが今まで感じたことのない不安がまるでない生活は、時折アントニアを不安にさせることもあった。
それは大抵が、トニーと二人きりの時だった。
「……っ、…はぁ」
「アン、どうしたの?」
「…トニー。少し、落ち着かなくて」
「そう。大丈夫…じゃない?」
「ううん、大丈夫なんだけど…」
今はもう真夜中だった。侯爵領の屋敷も静まり返っていた。アントニアとトニー夫婦のための寝室で二人揃ってベッドの中だったけれど、アントニアは寝付けずにいたようだ。
そのことにトニーも気付いていたらしい。
アントニアへと体を向けたトニーは、アントニアの頭を優しく撫でる。少し緊張していたのかアントニアから力が抜けたようにトニーは感じた。
「少しは落ち着いた?」
「ええ」
「良かった」
「ありがとう」
頭を撫でていた手をそのままアントニアの頬へと移動させ、そのままアントニアの顔を包んでいる。
その手のぬくもりに安心したのか、アントニアが頬を摺り寄せている。
「トニーの手、あたたかいわ」
「そう? いつでも貸すよ?」
「ふふ、ありがとう」
そのままトニーがアントニアを抱き込むように体を寄せ合う。アントニア自身は、少し驚いたふうではあったけれど、でもトニーの体温にやはり安心しているようだった。
ただただ抱き締めるトニーの腕に、守られているのだと感じているのだろう。
「トニーがいてくれて良かった…」
「アンが離れたいって言っても放してあげないから、安心して」
「…それは、安心? でも、そうね。安心だわ」
「アンが安心だと思ってくれるなら、嬉しいよ」
「トニーがずっと一緒にいてくれるということだもの。私が死ななくてもいいって…証明してくれてる。そうでしょう?」
アントニアの問いに答えることなく、ただトニーはアントニアの頭へとキスの雨を降らせた。
繰り返されるリップ音に照れるよりも羞恥心を煽られたアントニアは、トニーの胸を手で押したものの、当然のようにビクともしない。しかも、止めようともしてくれないトニーに徐々に機嫌を損ねていく。
それに気付いたのか気付いてないのか、トニーが唐突にキスを止めればアントニアは小さく息を吐いてホッとしていた。
トニーはアントニアの最後に漏らした本音に、少し考えがいってしまったようだ。
(死ななくてもいいって…。それを証明して、か。決して証明してるわけじゃない。でも、絶対に守るよ。僕が初めて望んだのがアントニアなんだから)
自身の中で改めて結論が出れば、改めてトニーはアントニアの頤に手をやり上を向かせていた。それがどういう意味なのかを知らなかった頃のアントニアではなかった。そのため、必死に逃げようとし始めたアントニアをトニーが逃がすはずもなく。
その後は逃げられなくなったアントニアがトニーに押さえ込まれて、そのまま唇を塞がれてしまうのに時間はかからなかった。
獲物を狙い定めた猛獣のようなトニーに捕まったアントニアがどうなったかなど、考えるまでもないだろう。気の毒な獲物がどれだけ乱されたのか、知らなくていい話だった。
お読みいただきありがとうございます。
昨日は投稿出来ませんでした。色々ありました…。
一番は体力のなさが原因なので、もう諦めてます。
次回は金曜日に投稿予定です。ちょっと時間がないので、見直しとか色々がんばってきます!
ブックマーク登録、評価の☆を★にしていただけるととても嬉しいです。
モチベーションも上がります!
どうぞよろしくお願いいたします。
いいね!に感想、ありがとうございます(*^▽^*)




