可能性
王城での夜会の後、ステファニーは前世の記憶のことや、アントニアとの関係が変わったことで、完全に以前のループでのステファニーではなくなっていた。
もちろん、エクルストン公爵夫人から学ぶことも大きかったが、それよりも前世の記憶で、彼女が様々な趣味を持ち、様々なことに興味を持ち、実際に試し、行動するような人物だったことなど思い出していた。
そして、それはステファニーという令嬢に良い意味で影響を与えていて、ただ守られるだけのお淑やかな令嬢ではなくなったが、代わりに多くの物事を積極的に知ろう、学ぼうと努力するようになっていた。
おかげで、公爵夫人からの評価はどんどん良いものになっていった。
「ステファニーさん、随分努力なさっていますね。婚約したばかりの頃は色々心配もしましたが、この調子なら何も心配することもないと言えるでしょう」
「本当ですか? 公爵夫人、ありがとうございます。まだまだ学ぶことが多いので、これからもよろしくご指導願います」
「ええ、こちらこそよろしくね。…でも、少しペースを落としても大丈夫ですから、ゆっくりやっていきましょうね」
「はい!」
ステファニーとエクルストン公爵夫人との関係が改善されていく中、社交界でのステファニー自身の評価も徐々に良いものへと変化していくのだった。
§
ステファニー自身は前世の記憶を、自分自身のものとしている。前世の自分と今世の自分という区別をしていない。前世の自分が今世に転生しているということも、別人だという理解もしているが、前世の自分がそのまま今世のステファニーと同化しているような感覚らしい。
だからなのか、前世でこの小説の世界のことを当時どういう思いで読んでいたのか、作者(神)がどういう考えで作り出していたのか、実はラスト五話という手前で死んでしまったこととか、そういうことも思い出していた。
「そうよね、私ありがちな自動車事故で死んでしまったのよね。飛び出しもしてないし、信号無視もなかったのは覚えてるから、私は悪くなかったはずよね。多分運転手が余所見してたとか、そんな感じなんじゃないのかな…。スマホのチラ見運転反対! まぁ、そうとも限らないけど」
ステファニーとしての言葉ではない、前世の彼女の言葉だった。メイプル男爵邸の自室で一人ベッドの上で膝を抱えている彼女はアントニアのことを思い出してもいた。
「…私って推せる人なら誰でも推してたわよね。小説や漫画、ゲームだけじゃなく…あのバンドも大好きだったし。結局何でも有り…だわ」
前世で大好きだった女性ボーカルのバンドを思い出しては、頬を両手で押さえるステファニー。どうやら顔がしまりなくにやけるのを必死で抑えるための仕草らしい。
そんな彼らと同じだと感じてしまったアントニアのことを、今のステファニーにとっては神にも等しい崇める対象に近い存在になってしまったかもしれない。
ステファニーの認識では、『推しがステファニーのことを知っている』という事実があり、『推しがステファニーの恋を応援してくれた』という事実もある。
そして、夜会でのことが『推しがステファニーを心配してくれた』となり、もっと言えば『推しがステファニーを守ってくれた』ということになるらしい。
実際のところ、アントニアの認識では、ステファニーのことは知っているし、恋を応援したという部分は間違いではない。前者はただの事実で後者はただ元婚約者を押し付けたいだけだった。
ステファニーを心配し守ったという点について言えば、以前の繰り返す中でアントニアが行ってきた悪意ある行為を誰がしているのかを確かめる、そんな意味があったはずだ。
だから、ステファニーの思うようなものは正直に言えばない。
けれど、こういう認識がステファニーの中で並んでいけば、神対応とかそういう話に…なってしまうのかもしれない、が。勿論アントニアにそういう意図は一切ない。
夜会後はずっとアントニアのことを考えるステファニーだったが、アーヴィンよりも心を占める割合が少々大きくなっている可能性をステファニー自身が自覚しているため、アーヴィンにそれを悟らせないようにしていた。
それと同時に小説の展開と変わってきていることも、気になっていた。
アントニアが貴族学院の入学前にアーヴィンと婚約解消をしていること、アントニアがグリフィス侯爵家の養子になった義兄と婚約し、結婚したこと。そのために学院を退学したこと。
アントニアがアーヴィンと婚約解消をしたさいに、真実の愛という言葉はなかったけれど、間違いなく他の人を好きになったから婚約を解消してほしいと突き付けている。その話をアーヴィンから聞いているステファニーは、ふと感じたことがあった。
ライトノベルや漫画で読んだ悪役令嬢と呼ばれた令嬢達は、いつだって婚約者に真実の愛を見つけたと告げられ、その立場を奪われている。
でも、今回は悪役令嬢自身が婚約者にそれを告げている。本当の悪役令嬢らしいともステファニーは感じていた。事実アーヴィンはアントニアから捨てられた形だった。
そのおかげで、ステファニーは傷心のアーヴィンを慰める立場を得ることになり、転生前に読んだ小説よりもずっとヒロインらしくヒーローに寄り添うことが出来ていると感じている。
心に傷を負ったヒーローに寄り添い、彼を支え、いつしか二人が心を通わせ、婚約するに至った。
それを考えると、アントニアから婚約者を奪う形よりも、捨てられたアーヴィンを心から支えていく形である今のほうが、ステファニーという令嬢のひたむきさや、健気さが伝わる展開になっているとステファニー自身感じられた。
「アントニア様が自らアーヴィン様を切り捨てる選択をされたから、アーヴィン様の心の傷は深くなったのよね。学院に入学する前のことだから、アーヴィン様はアントニア様のことをとても大好きだったのだもの。
…確か、幼い頃にアントニア様がうたた寝してしまった時にキスしたっていう回想シーンが小説の中にあったものね。
はぁ、きっと可愛らしかったのよね……アントニア様の幼い頃って。しかも、かなり活発な御様子だったのでしょう? アーヴィン様はそんなアントニア様を間近で見てらっしゃったのよね。羨ましいわ…!
しかもキスしてる!? むしろ私がしたいわよ!!」
ステファニーはアントニアの動き方が変わったことで、アントニアの死がなくなったことに酷く安堵している。
以前の、奪われるくらいなら奪うほうがいいと考えていた、前回までの繰り返してきた世界とは違うステファニーが存在している。
本来のステファニーらしさ…つまりは転生前の彼女の人格らしさと言うべきかもしれないが、穏やかな性格の、でも積極的に色々なことをしていこうと思う前向きな性格もある、そして可愛らしく女の子らしい人物なのだろう。…多少は、暴走することがあるのかもしれないが。
「…あれ? そう言えば前世の私って、小説のラストをちゃんと読まないまま死んじゃってるけど、確かこの世界があの小説の意味を持った世界だとしたら、悪役令嬢って間違いなく悪役の立ち位置だけど、婚約破棄を言い出したアーヴィン様も婚約者のアントニア様に不誠実という意味での悪役的な意味を持たせていて、そんなアーヴィン様と気持ちを通わせ合ったステファニーも、婚約者がいる人の気持ちを奪うという意味での悪役的な意味を持たされて…た、はず」
ステファニーは、口にして初めて自らの立ち位置に気付く。
口元に両手を持っていく彼女は、微かに体が震えている。
「………この世界って、もし、もしもよ。あの小説の通りに物事が進んでいたら、アントニア様が死ぬだけで終わらなかったんじゃないの?」
アントニアの死後、トニーが見たという以前の繰り返してきたこの世界では、アーヴィンとステファニーは間違いなく結婚をしていた。
確実に二人の結婚を喜ぶ声は大きかったが、それと共にアントニアと親しかった者は批判的であったし、アントニアと親しくはしていなくても彼女を慕う者は少なからずいたこともあり、決して二人の結婚は前途洋々としたものにはならないと思わせるような側面があった。
勿論、物事がそれだけで終わるはずもない。エクルストン公爵家とグリフィス侯爵家の繋がりが以前とは違う形での繋がりに変わることで、国に何か問題が起こる可能性すらあるのだから。
きっと小説ではそんな様子がラストで描かれていたのだろうとステファニーは予想している。
「…ヒロインだから、ヒーローと結ばれてハッピーエンドになる話だって単純に考えてたけど。
でも、この小説を書いた作者にとっては、色んな立場を見方によっては変わるってことが伝えたかったのかな?
アントニア様の小説での在り方は間違いなく悪意のある令嬢だった。誰が見ても悪役に映る…かも。でも、別の見方をすれば、婚約者を奪われないように必死だったって分かる。
アーヴィン様は、ヒロインを守ろうとして行動してたけど、婚約者のアントニア様を裏切ってたわけだから、決してヒロインを守るための正義だけとは…言えない。
もしかしたら、婚約者を切り捨てて恋人になったステファニーを婚約者に据えるために画策したかもしれない。
ステファニーだって同じ。アントニア様からアーヴィン様を奪うために必死に動いてた可能性がある。
だいたい婚約者のいる令息に近付くのは、マナーのない令嬢の証拠だから。
……つまり、婚約者を奪ったヒロインが、婚約者を切り殺したヒーローと結ばれるオチは…決して明るい未来じゃない…可能性、、」
順序立てて考えて、ゆっくりと考えを口にする。
そして、それら一つ一つの先を考えて、出した答えは…望まないものに繋がっているとステファニーが理解した。
自身の体を自身の腕でぎゅっと抱き締めるようにしたステファニー。自分の考えが正解ではないことを願いながらも、可能性の一つとして頭に入れた。
「もし、私の考えた通りの未来があったのなら、私はそんな未来なんて要らない」
ステファニーはゆっくりと呼吸をして、自分を落ち着かせる。そして、言葉を紡ぐ。
「今のほうが、私はいい。アントニア様が生きていて、アーヴィン様も私も幸せになれるはずだから」
そして、肩の力を抜いて、自身の腕を解いて、考え事をしすぎて前のめりになり過ぎていた体をほぐす様に腕を伸ばす。
それからゆっくりと前を向く。小さく息を吐いて、これから先のことを考える。
「大丈夫よ。アントニア様が殺されるなんて未来はもうないわ。アーヴィン様がアントニア様を殺す理由もないし、アントニア様が他の人に狙われるような理由もない。
もし何かあるのなら、グリフィス侯爵様だって、トニー卿だっていらっしゃる。
なんだったら、私だってアントニア様を守る為に動くわ!」
次期公爵夫人となるはずのステファニーだったが、推し認定したアントニアのことはどうやら別枠のようだ。夫となるアーヴィンが今から少々不憫な気もしないではないが、きっと大丈夫だろう。
アントニアがweb小説と同じように命を絶たれることはなくなっている。その一助としてステファニーの思いも加味されているのは誰も気付けないことではあるけれど。
お読みいただきありがとうございます。
サブタイトルにちょっと悩みました。(文字数またもや多くて、ごめんなさい)
そしてステファニー回ですね。
今回ステファニーが色々考えたことは、ある意味この世界の真実に近いものになると思います。
この世界の神(web小説の作者)が、一番望んだ形の答えがループする世界のままなのか、それと
も違うところにあるのかは分からないままですけど。
新型コロナの予防接種後、副反応でちょっとグッタリしておりまして、投稿が遅れました…。
なんとか投稿出来て一安心です。
次回投稿は、水曜日の夕方以降、無理だったら木曜日のいつもの時間になると思います。
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どうぞよろしくお願いいたします。
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