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一つ試してみましょうか 3

誤字報告ありがとうございます。

非常に助かります(^▽^)

 アントニアはその日の朝からずっと考え込んでいた。

先日来訪した婚約者のアーヴィンの行動のことで、だった。

今まで何度も何度も、避けようとして避けることが出来ないまま婚約者に切り捨てられ、殺され続けてきたけれど、自由時間であれば、本当に行動も言葉も何もかも自由に出来ることを確認出来た。

そして、相手の態度ですら変化を起こせることも確認出来た。


「…もしかしたら、アーヴィン様と仲の良い関係を築いていける、のかしら?」


 そんなことを思ってしまったのは、やはり何度繰り返し、剣で切られた痛みを心が感じないようにしてしまっているとは言っても、肉体は圧倒的な感覚を持って拒絶しているからだろうか。

避けることが可能であるのなら、彼女だって本当は避けたいのだろう。

だから、今現在の最悪な結果、つまり物語の終盤とも言えるであろう自身が殺されるという場面を避ける方法を考えても、何らおかしいことは何もないのだった。


「だったら、今度は別のことを試してみればいいのよ。…例えば…、今までなら高圧的に、相手を非難するように言う場面があったわよね。

あれを…違うように、でも言葉を変えることはきっと出来ないのだから…。

そうね、悲しそうに言ってみたり、苦しそうに言ってみたり、そんな風に変えてしまうというのはどうかしら?」


 そんな風に思い付いてしまえば、試してみなくては! と思うのは彼女だけではないだろう。

そうしてアントニアは、自由時間以外の強制力が働く場面でも、自身の考えが有効なのかを検証し始めた。



 §§§



 アントニアが十五歳を迎え、リリェストレーム貴族学院の入学準備を始めようか、という頃。

それまでのループ世界と違い、婚約者のアーヴィンとの関係は多少親しみのあるものになっていた。元々口数の少ないアーヴィンが、アントニアに対し何も語ることがなかったしアントニアもそれ以上を求めることはなかった。

けれど、アーヴィンの中でアントニアへの気持ちが今までのものとは違い、少しは婚約者として、幼い頃から一緒に過ごしてきた時間を考えて、未来の妻という立場を意識させているのは事実であった。

が。

それをアントニアが知ることはないし、彼も彼女に伝えることはないのだった。

それは、今までのループでも同じで、だからこそ二人がすれ違う原因でもあった。そしてそれこそが、この世界の最大の強制力だった。

 それでも、だ。

二人の間では、自由時間で過ごすさいには、無口なりに自身の気持ちを示すように、何かしら細工物を作ってはアントニアに贈り続けていた為、アントニア自身も今回は穏やかな関係を築けるのかも、と思っているのだった。とは思いながらも、自身が婚約者に婚約破棄をされ、更には殺されるだろう未来については、避けられないと考えているので、決して楽観的な感情は持ってはいないけれど。


 §


「お嬢様、今日は制服の採寸ですよ。午後から慌ただしくなると思いますから…って、聞いてらっしゃいますか?」

「ええ、聞いてるわ」

「…分かりました。本日の昼食は少し早くなりますから、くれぐれもご注意くださいね」

「分かったわ」


 アントニアが侍女のドリーとそんな会話をしたのは、朝のこと。自室で本を読んでいるアントニアにドリーが声を掛けたから、というのが正しいだろうか。

 現在、侍女のドリーがアントニアのいる図書室に足を運んでいる。そして図書室内のテーブルにいる二人の義姉弟を見つけたところだった。

 大抵の貴族邸に備えられている書斎や書庫は当主やその家族の好みの本と、貴族として最低限必要な物で埋められているのが普通だ。

が、グリフィス侯爵邸内の場合、図書室と言ってもおかしくない程の蔵書数のため誰も書斎とは言わないし書庫とも呼ばず、図書室と呼んでいるのだが、当主となる者が基本的に書に親しむ傾向が強く、侯爵邸が建てられた当初は図書室として準備された部屋の広さは、一般的なそれよりはやや広い程度のものだったようだ。が、代を重ねる毎に図書室内の書架が増え、気付けば書架を置く場所がなくなっていき、このままでは増え続けるであろう本の管理もままならないと思ったその時の当主が、図書室を広くすべく改築したという過去がある。

 そして、それは繰り返され現在に至っているわけで、グリフィス侯爵邸の図書室は各地方の領にあるであろう公的機関の図書館並みには広く、その蔵書の多さもさることながら、王立図書館ですら所蔵していないと言われている貴重な古書や他国の本も所蔵しているという噂だ。

「使っていない客間を全て図書室の為に潰すような貴族など、普通存在しないだろう」と笑っていたのはいつの代の当主だったろうか。

少なくともアントニアの父ではない。祖父か、曾祖父辺りかもしれない。

 そんな本に困らないような邸に住み、尚且つ本を読むのが好きであれば、隠れ家は図書室ということになってもおかしくはない。

つまりは、ドリーが主であるアントニアを探すために真っ先に向かうのは図書室でしかなかった。アントニアは代々の当主同様に本好き、読書好きであったからだ。


「アン義姉さま、侍女のドリーが呼んでますよ」

「……」

「…義姉さま?」

「…ん? 何?」

「また本に集中してましたね。ドリーが呼んでいますよ」

「え? あ! 教えてくれてありがとう。行かなくちゃ! じゃあね!」


 やれやれ、といった様子の義弟が義姉のアントニアの背中を見送る。侍女の元へと急いで向かう様子は、一歳しか変わらない義姉の、どこかしら幼さが垣間見える瞬間でもあり、義弟は手のかかる妹のようにも思えて微笑ましく感じるのだった。


「さて。義姉さまの置いていかれた本は…きっと続きを読みたいでしょうから、栞を挟んでおきましょう。後で部屋に届ければいいですし」


図書室の中に置かれたテーブルは円形の物が二つ。それぞれに椅子が二脚ずつ。そしてテーブルの中央には五ンチ四方の小ぶりな箱が置かれており、その中にはアントニアが自分で使いたいから、というだけの理由で暇に飽かして作った栞の数々が入れられていた。

 プレゼントなどに使われているラッピング用のリボンやレース、他にも綺麗な紙や端切れなど、捨ててしまうようなものを使って、押し花などで飾り付け栞を作っている。

それらは家族にも恩恵を与えており、両親も義弟も本を読んでいる途中で栞をすぐに利用出来るのはありがたい、と利用している。

そしてそのままそれぞれが自身用にと流用することも多々あるようで、まだまだ材料はあるから気にしないで使ってほしい、というアントニアに家族も甘えているようだ。

 そんな栞を箱から取り、本に挟んで閉じる。それを手にした義弟は図書室を出て自室へと向かった。


「採寸が終わった頃を見計らって届けに行きましょう」


 そんな呟きが誰に届くわけでもなく、ただ義弟が穏やかに微笑みながら義姉を思う、そんな光景だった。


 一方、義姉のアントニアである。

侍女のドリーに制服の採寸を忘れていたのではないか、と疑われている最中だった。


「お嬢様。私、今朝お伝えいたしましたが、お忘れではありませんよね?

本日午後より制服の採寸がございますから、昼食の時間が早まるとお伝えしたのですが」

「…えっと、えーっと…、えっと………」


 即答出来なかった時点でアントニアが話を聞き流してしまったことは確定した。更には、聞き流した上で取捨選択を間違えたことも同時に侍女に把握されてしまったのだった。


「お嬢様。状況は把握致しました。とりあえずは、お食事です。もうそろそろ準備も整う頃ですから、食堂へ参りましょう」

「…う、はい」


 侍女に先導される形で食堂へと向かったアントニア。まだ昼食の時間には少し早い為、今日家に滞在している実母も義弟もアントニアと一緒に食事はしない。

なぜ、アントニアが昼食時間をずらすのかと言えば、確実にアントニアの胃の問題でしかない。

ループし続ける世界に生きているせいか、ストレスに晒され続けた弊害もあるのだろう。とにかく胃が弱い。些細なことで、食事を受け付けなくなる。胃が悪くなる。本人ですら問題ないと思っているようなことでさえも、ストレスの原因になってしまうのがアントニアだ。

その為、普段とは違う予定が組まれることがあれば、確実に胃への負荷を考えた食事が予定される。しかも、ストレスに耐え切れずリバースしない為の時間も考慮され、様々な時間設定をなされるような仕組みが出来上がっているのだった。

 要するに、アントニアはストレス耐性が非常にない令嬢、ということである。

ある意味耐性はあるのだろうが、物語の強制力が働かない場面では、弱い、というべきかもしれない。


 無事食事を終えて自室へと戻ったアントニアだった。しばらくは食後をゆったりと過ごし、時間がくれば制服の採寸をするべく、王立貴族学院の制服も扱う服飾店からやってきたお針子達の手によって採寸そのものはあっさり終了していた。

現在はその他の衣服、つまりは侯爵家令嬢として相応しいデイドレスからお茶会などに着ていくためのドレスを、決めるための時間となっていた。

これに関して言えば、昼食をいつもの時間に食べ、少し寛いだ後からやってきた、アントニアの実母が娘をマネキンよろしくデザインと見比べながら、ああでもないこうでもない、と唸っている最中でもある。

 アントニアと言えば、ほぼ戦力外通告を受けた状態であり、時折「この色は好き?」とか「このレースは?」などの些細な問い掛けに頭を上下か左右に振って返答するだけだった。

 自身が着るものを選ぶのだから、決してドレス選びが嫌いなわけではない。が、選ばなくてはいけない物の量があまりに多くなってしまった為、軽くストレスが胃に来ているだけであって、決してアントニアがお洒落に興味がないわけでもなく、ただひたすら胃の具合が悪くてグッタリしているだけであった。


 制服の採寸を終え、尚且つ種々のドレスを選び終えたアントニアの母は、満足した様子で、マダムのほうも非常に有益だったと言うように満面の笑顔で部屋を後にしたのだった。

自室に残されたアントニアと、侍女のドリーはついさっきまでの喧騒を余所に、ただただ静かになった部屋で深く息を吐き出したのだった。


「お嬢様、制服が出来上がるまでにまだお時間はありますが、その間に必要な文具等も揃えられますし、後は入学式までは今日のようなこともないと思いますよ」

「…ええ、そうね。他にはもう何もないものね」


 こうして入学準備期間である自由時間は穏やかに過ぎていった。

相変わらず婚約者のアーヴィンとは、付かず離れずの距離を保ちつつ、けれど今までのループとは違う穏やかな空気を纏っていたのだった。

お読みいただきありがとうございます。


今回、少々長くなりました。

もう少し文字数を揃えて纏められればいいのですが、難しいです。


ブックマーク登録、評価をしていただけると非常に嬉しいです。

良ければよろしくお願いします<(_ _*)>

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