出会うために 1 *side:トニー*
幕間を3話挟んで4章を投稿する予定で、4章の開始は10月末から考えています。
というわけで、トニー視点楽しんでいただけたら嬉しいです。
切っ掛けが何だったのか全く分からないけれど…この世界が繰り返していると気付いたのはいつだったのか。
いつも意識が戻るといつも同じ時間に僕はいる。昼過ぎの、日差しが明るく、酷く長閑な気分にさせられるような空が広がっている。でも、同じ時間に戻ってきていても、僕自身がどこにいるかは別だった。
そして、その僕がどういう人間であるかを戻ってきたその瞬間に理解している。
『今回は農家の子供として引き取られた』『今回は大工、もう成人している』というように。そしてその場にいる理由も全て理解出来ている。どういう仕組みがあるのかは分からない。ただ、僕はそういう立場なんだ、と思うしかなかった。
そして今回は…アントニアよりも三歳年上、まだ孤児院にいる。窓際に立ち、窓の外をぼんやりと眺めていた。また同じ時間に戻ってきたと気付いて、自分の手を見る。まだ少し線の細い印象を与える自分の手を見ながら。
今回は、アントニアを守る為に近くに行かなくては。僕はこの手で何を掴んでいくのが正解なんだろう? と考える。
そう言えば僕という人間は、いつだって『トニー』という名前のままだった。
そのことが嫌だとか、別の名前が良かったとか、そんなことを考えることもないくらいに、自分が『トニー』でしかないと理解していたから、特に思うところはなかった。
前回、地方の裕福な子爵家の当主という人間がやってきて、僕がその子爵家の血筋の子供だから、と引き取られたことがあった。確か、その前はその貴族の子供よりは六歳年上の司祭となっていた。
その前には貴族学院の用務員という雑務全般を担う仕事をしていた時は五歳年上だった。
孤児院にはアントニアの髪色とそっくりで、アントニアと似た空気を持った少年がいつだっていた。
アントニアの義弟となるはずの少年は、彼自身がグリフィス侯爵家の縁戚である子爵家の縁者だということを知らないで育っていたようだが、彼の持つカフスボタンが間違いなく彼の父親の物であることを証明していて、少年自身もまた父親にそっくりだったこともあり、何の問題もなく引き取られることが決まったと記憶していた。
今回はまだ少年が子爵家に引き取られるという話が出ていない。時期を考えるとそろそろのはずだけれど。
少年とは出会ってすぐに懐かれるらしい。毎回、僕がこの孤児院を出た後も顔を出すせいで、必ず接点がある。そして、その度に少年は僕を『兄ちゃん、お帰り!』と言って、出迎えてくれる。だから、少年から引き取られる前には相談を受けてるけど、今回はまだ相談をされていない。
そしてそれは、少年の夢と未来を砕く決定をしなくてはいけない話を聞かされていないということだ。
「…アントニア嬢は、今元気なんだろうか?」
誰に問うでもない言葉は、開かれた窓から風にのって霧散していった。
ふわりと髪を揺らす風に、『そうか、また繰り返し始めたのか』と、思いながら体を動かし始めた。
(少年からカフスボタンを貰い受けないと…。代わりに僕の持つ権利を譲ってあげないといけない)
窓際から離れ、少年のいるであろう場所へと足を向け始めた。タイミング悪く孤児院の世話役でもある教会から派遣されてきているシスターに捕まった。
「良かった! トニー、もうすぐおやつの時間になるから、みんなに伝えて来てもらえるかしら?」
「シスター、分かりました。すぐに伝えてきますね」
「お願いね」
孤児院の皆におやつの時間を伝える役を与えられた。丁度いい。少年の望みを盗み聞ぎ出来るチャンスだろうから。以前にも同じようなことがあったから、今回も同じだろうと考えたわけだった。
(さて。裏庭から行こう。確か以前もそうだったし、少年があの少女と一緒にいるはずだから)
孤児院は小規模なもので、子供達が多くても十人くらいまでしか預かれないそんな所だった。元々貴族でそれなりに裕福な子供のいない夫妻が、他国での戦火を逃れてやってきた子供達を放っておけずに引き取ったのがきっかけで、彼らの屋敷をそのまま孤児院にしたという話らしい。
だから、当時の夫妻が健在だった頃よりは確かに孤児院そのものは随分くたびれてしまっているけれど、屋敷そのものはとてもしっかりした作りなこともあり、修繕をしながら今まできている。
壁は石造りで無骨とも言える佇まいではあるものの、おかげで簡単には壊れない。暴れたい盛りの子供達が多少乱暴なことをしても大丈夫だった。
屋敷自体はそれほど大きくはない。子供達が多くとも十人までしか預かれないという制限をしているのだから。ただ、子供達の部屋は一部屋三人から四人と決められていて、眠る為だけの部屋という扱いではなかった。子供達自身がその部屋で学ぶことも出来るようにとされていたからだ。
必ず一人一組の机と椅子があり、壁には書棚がおかれている。当然書棚には本が多く並べられている。
下段には小さな子供が興味の持てるようにと、絵の多い本や、見るだけで理解出来るような事典のような物が中心に。中段には文字の練習のための絵本ではあるものの、読むことが出来れば楽しそうだというのが絵から分かるようなそんな本が多く並んでいた。
文字を学び、読むことが楽しいと気付けた者だけが上段の本に手を伸ばすことになる。
孤児院を出た後、一人生きていくための学びのためのもの、他にも童話を中心とした将来仕事を考える時のヒントになるであろう、そういう本が並んでいた。
こんな工夫をしたのもかの夫妻らしい。本当に子供がいなかったのか? と不思議で仕方ない。
僕自身はこの世界が繰り返し続けている世界だと知っている。それに気付いたのはいつだったのか、もう忘れたし、覚えてもいない。だって、毎回トニーという名前とこの孤児院で過ごしているということ、後は髪と瞳の色がいつも同じということ以外は、全て違い過ぎて覚えているのがもう面倒になってしまったからだ。
ただ、繰り返す中で僕がどういう仕事をしてきたのかは、毎回違っていた。
そんなことはさておき。裏庭に出るという辺りで、声が聞こえてきて僕は足を止めた。
聞こえた声は二人。アントニアの義弟となる少年と、少年と親しくしている少女の二人だと察することが出来た。
「僕…ここから離れたくない。誰も知らない所に行くくらいなら、君と二人でいられるようにがんばりたい」
「私だって…一緒にいたいよ。でも、貴族に引き取ってもらえるかもしれないのよ? 今よりも絶対に安心して生活出来るじゃない。私は…あなたに苦労してほしくないわ」
「僕は! 君のいない所で、僕だけが苦も無く生きていくだなんて絶対に嫌だ!」
「……だって、仕方ないじゃない。あの時、あなたのお父さんのボタンを拾った人が言ってたじゃないの。『あなた様はもしかして子爵様に関係のある方ですか?』って」
「だけど。僕は誤魔化したよ。友達が失くしたボタンで、友達に見つけたから返しに行こうとしていたって…」
「でも…」
「君は僕と離れたいの!? ねぇ、それって僕に飽きた? それとも嫌いになった?」
「違う! 違うわ! そんな訳ないじゃない!! 私だって離れたくな…い、っく。私…ひっく、だって…ずっと一緒にいたい、もの!」
二人の声は徐々に大きくなっていって、近くにいたなら誰でも聞き放題だった。けど、僕以外には近くにはいなかっただろうけど。
僕は故意に足音を立て始める。そして、二人に近付いている人間がいることを伝える。
まだ、僕は彼らに見える位置にはいない。だから、大丈夫。僕は二人の話を聞いてない風で顔を覗かせればそれでいい。
屋敷の角を曲がれば裏庭だ。僕はそのまま裏庭へと顔を覗かせた。
「あ、二人共丁度良かった! シスターがおやつの時間だからおいでって…どうした? 何かあった?」
少女は少年に抱き込まれるように、肩を震わせていた。
「なんでもないよ。ちょっと肩に嫌いな虫が止まったんだ。怖くて泣いちゃって…」
「え? 虫? 大丈夫?」
「うん、もう追い払ったから大丈夫」
「そうなんだ」
二人が顔を見合わせれ、少しだけ気まずそうにしているが、僕がそんなことを気にする理由は一つもない。だから、何も知らない振りをして口を開く。
「ねぇ。二人の願いが叶ういい方法があるんだけど。後で時間くれないかな?」
二人がビクッとしたのが分かった。そして僕へと不機嫌そうな視線を投げたのは少年の方だった。
「……聞いてたの?」
「聞こえただけ」
「趣味が悪いよな、相変わらず」
「そう? でも…二人の願いが叶うのは本当だよ。代わりに僕の願いも叶えてもらうけど」
「…交換条件か?」
「当たり前だと思うよ。君達の将来の…願いが叶うんだからさ」
そう言うと少女のほうも僕のほうへと振り向いた。
「…ねぇ、話を聞くくらいいいんじゃない?」
「そう、だね」
「じゃあ、夕食後にここへ来てくれる? その時間だと誰もここには近付かないから」
「分かった」
「分かったわ」
「じゃ、話はその時にね。さ、おやつの時間に遅れるから行くといいよ」
二人は肩を並べて歩いて行った。僕は他の子供達にシスターの伝言を伝え終えてから屋敷内へと戻った。
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