抱えるあたたかいもの 2
本日二話投稿予定です。
そのうちの一話目になります。
秋になり夏の暑さも落ち着いてきた頃、アントニアも産み月に入り、無事に元気な男の子を出産した。髪の色はトニーと同じダークグレイ、瞳の色はアントニアと同じオレンジベースの茶色だった。面立ちはアントニアに似ていたため、トニーもアントニアの両親もとても喜んでいた。
「ああ、なんて可愛いんだろう。アントニアにそっくりだから、将来が楽しみだよ。きっと多くの令嬢達を虜にするだろうな」
「トニー…それは、先の話過ぎるわ」
「いや、案外そうでもないと思うよ。ほら、使用人達も既にこの子に夢中だよ」
「もう、まだ赤ちゃんだもの。誰だって赤ちゃんなら可愛いって思うものだわ」
「そうかな? 絶対アントニアにそっくりで可愛いからだよ」
まだ一日中寝てばかりの赤ん坊だというのに、トニーの親バカぶりにアントニアは苦笑気味だった。けれど、まだ十八歳を過ぎていないアントニアはどこかしら不安を抱えていた。
何かの切っ掛けで強制力が働きはしないか、と。
今の状況なら、大丈夫だと思えた。でも、それは元婚約者のアーヴィンに殺されないだけであって、別のことで死んでしまう可能性も考えられたからだ。
§
一学年の終わりになってアーヴィンが婚約したことを友人の令嬢から知らされた。相手はステファニーだった。これはアントニアもトニーも予想していた通りだった。
これがアントニアであれば、卒業を待たずに結婚も出来ただろうが、ステファニーでは卒業後すぐ結婚というわけにもいかず、婚約期間を三年間置いて結婚するという話らしいので、その間にステファニーが公爵夫人からしっかりと教育されることなのだと理解出来た。
その話を聞いた時には、まだアントニアは出産する前ではあったが、その話のおかげで彼女の死亡フラグが一つ折れたと思えたおかげか、アントニア自身の精神面も落ち着く要因だったようだ。
一方、ステファニーはアントニアが公爵夫妻と親しくしているのを聞いていたため、今後は自身もアントニアと接する機会もあるかもしれないと考えてはいたが、実際にはその機会はあまりないのが現実だった。
アントニアは妊娠を理由に体調を考え、社交から遠ざかっていたからだ。
その為、基本的にトニーだけが夜会や茶会に参加するわけだが、ある意味過保護なトニーがアントニアの意思を尊重しながらも無視した結果でもあった。
結婚をしたばかりの頃はアントニアもアーヴィンやステファニーと顔を合わせたくない気持ちが勝っていたものの、最近では気にしなければいいか、と思うようにはなってきている。だから社交の場に出てもいいと考えてはいる。
が、トニーはステファニーと顔を合わせる度に「奥様はお元気でらっしゃいますか?」と必ず声を掛けられているため、会わせたくないと余計に考えるようになっているらしい。
「繰り返してきた今までのことを考えると、今の彼らがアンのことをどうかしたわけじゃないのは分かっていても、やっぱり会わせたくないんだ」
そう溢すトニーに苦笑しながらも、アントニアは礼を言う。
「ありがとう、トニー。その気持ちとっても嬉しいわ」
「個人的な我儘だってことは重々承知してるんだ。アントニアの気持ちもあるのにね。でも、無事出産を終えて、子供がそれなりに大きくなるまでは社交はしなくていいからね」
「ええ、わかったわ」
過保護な夫となってしまっているトニーを前に、アントニアは笑顔を向けている。内心では小さくため息を吐いてはいるけれど。
ただ、ひたすら自分を甘やかす理由がアントニアに無理をさせない為だと分かっているからトニーに感謝をしながら、やっぱり過保護じゃないかな、と思うのだった。
§
その日の午後は、グリフィス侯爵当主としての仕事を義父と一緒にしていたトニーも休みを取っていた。
その時間はいつも通りに妻のアントニアと二人きりで過ごしている。まだ小さな息子はちょうど昼寝をしている。
「アン、少し気になったことがあるんだ」
「何?」
ソファに並んで座る二人だったが、目の前のテーブルにはケーキスタンドと紅茶の淹れられたカップが並んでいる。アントニアはトニーに顔を向けた。
「繰り返してるこの世界だけど、アンがいつも死ぬのは十八歳だったよね。前回は特別だったかもしれないけど」
「そうね、十八歳だったわ」
「今回はまだ十八歳にはなってない。でも、彼との婚約はもうなくなってる。ということは、アンの死を防げたと考えてもいいのかもしれないって、思う」
「…そう、ね」
「けど…不安なんだ」
「不安?」
「そう。君が死ぬことでこの世界はあるべき形に収まる、そういう世界だから」
「…そういう、不安」
トニーは酷く考えながら、言葉を選ぶように話している。その言葉はアントニアも考えていたことだったから、頷いていた。
アントニアも少し考える様子を見せた。それに気付いたトニーが彼女を見る。
「私ね…十八歳を過ぎるまでは、安心出来ないって思ってるの」
「!」
「あの二人が原因で、私が死ぬことはもうないと思ってるわ。でも、強制力が働く可能性はあるでしょ?」
トニーは眉間に深く皺を作っていた。その表情を見れば誰よりもアントニアを案じていることが分かる。
「必ず守るから。君がいなくなったら、僕も子供も困る。大切な人が欠けてしまったら、家族が欠けてしまったら、耐えられない…」
「トニー…」
「だから、絶対君を守るよ。どんなことがあっても」
「ありがとう」
二人が手を取り合い、笑顔を浮かべている。
「十八歳になるまでの間に、今までどんなことがあったか教えてもらってもいいかな?」
「ええ。でも、ほぼ学院でのことばかりなのよ。だから…学外だと、夏季休暇くらいだったわ。私が直接働きかけるようなことは、卒業間際までなかったし…」
「……卒業間際まで、か。学院を退学してる以上、それらは心配する必要もないかな。でも…社交以外で外出することがあるから…」
「それなら、いっそのこと領地へ戻っていようかしら」
「……それだ!」
アントニアの身の安全を考えれば、領地でずっと過ごすほうが王都にいるよりも安全だと言えた。
少なくともエクルストン公爵令息がいる王都よりも、いない領地。メイプル男爵令嬢がいる王都よりも、いない領地。問題が起こるとするなら、二人を起点とするはずだから。
子供が生まれてまだ二か月過ぎたくらいだが、無理せずにゆったりと過ごせる馬車で領地へ向かうなら、問題ないはずだ。グリフィス侯爵領までの道のりは、とくに厳しい山岳地域もなければ、危険な野生生物が出没するような森を抜けるわけでもない。問題があったとしても護衛の騎士達で充分だった。
多少の起伏があっても緩やかな丘を越えていくだけ。そんな比較的安全な領地への道のりを考えれば、王都にいる危険のほうが圧倒的に大きいと思っても仕方ないだろう。
今まで繰り返してきた回数-1=アントニアがアーヴィンに殺された回数
この事実が覆ることがない限り、二人にとってはアーヴィンは疫病神でしかない。どう考えても、状況が安全だと告げていても、用心するのが当然になる。
だから、避けられる危険からはとことん避けるべきだ、とトニーが判断した瞬間だった。
お読みいただきありがとうございます。
一話の文字数ってどれくらいが読みやすい量なんでしょうね…。
安定して、一定の文字数で書ける方が天才過ぎるなぁ…と思う今日この頃です。
読み専なんで、多ければ多い程お得な気がするんですけども、みんながみんなそうじゃない。と思うと文字数多すぎなのがツライ…。
もう少し無駄のない言葉とか、効率のいい表現の仕方とか分かるといいのに…とか思うけれど、既に無理だと諦め気味ですよ。…いや、諦めてた。
さて、本日もう一話投稿します。そして三章も次の話で終わりです。
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