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 貴学祭もアントニアにステファニーが接触したということ以外、問題となるようなことはなく無事に最終日を迎えていた。

最終日の午前は前日までの催し物の片付けに、午後からは後夜祭という名の貴族として、社交の場を学ぶための夜会を模したパーティが行われるため、その準備の時間に充てられている。

後夜祭に関しては、パートナーは基本的にいるべきである、という形ではあるものの、婚約者が学外にいる者も多い為、必須というわけではない。

友人同士(つまりは同性)でも構わないものだった。

今回はアントニアにとっては、パートナーはアントニア同様に学外に婚約者のいる令嬢と一緒に参加という形になった。互いに婚約者以外のエスコートは嫌という単純な理由からだった為である。

要するにアントニアとその令嬢にエスコートを申し込んだ令息達は、玉砕した、ということである。


(そう言えば、後夜祭のパートナーにはアーヴィン様はメイプル男爵令嬢をいつも選んでたけど、今回は大丈夫なのかしら?)


ふと、そんなことを思い返していたアントニアだったが、それも気に留めるようなことではなかったようだ。後夜祭の時間となり、実際にアーヴィンとステファニーが二人並んで会場に入ってくる様子を目の当たりにしたからだった。


(良かった。彼女、がんばったのね。少しでも早く二人が婚約してくれれば、私も身の安全が保たれるでしょうから)


 二人が親し気に話す様を見て、安堵したアントニアは、今はこの場にいない婚約者のトニーを思い出していた。トニーがもしこの学院にいてくれたら、一緒に色々な行事に関われたのに、と。

学生という短い時間を、二人で一緒に過ごせないことが寂しくなったのだった。

 隣に立つ令嬢が、少し寂し気に笑っているアントニアに気付き、耳打ちしたのもそんなタイミングだった。


「残念ですわね。私達、婚約者と学院で過ごすという共通の思い出が作れないんですもの」


 令嬢の言葉に、まさにそう考えていたアントニアは、彼女に顔を向けて数度瞬きをした後、笑みを浮かべていた。


「ええ、本当ですわ。今互いの婚約者がいないというのは、淋しいですわね」

「本当。アントニア様とご一緒させていただいて、とっても嬉しいんですのよ。でも彼がいないというのは、落ち着かなくて…寂しいんです」

「同じですわ。貴女とご一緒させていただく幸せは私にもありますの。でも、婚約者のいない寂しさは別ですものね」

「ええ。そういうお気持ちを共有させていただけることも、私の救いですわ。婚約者が学院内にいる方達には理解していただけませんから」

「ふふ」


 互いに苦笑し合いながら、婚約者のことを話し、気付けば惚気合うなんていう時間になっている二人だった。けれど、そんな風に婚約者のことを気楽に話せたことも少なかったアントニアにとっては、彼女との会話が新鮮であり、とても幸福な感覚を与えてくれるものであり、今まで知らなかったものだとすぐに理解出来た。

所謂恋バナというやつである。が、アントニアにとっては、誰かに恋焦がれる思いは遠い記憶のはるか彼方の昔に捨て去ったものという感覚しかなかった為、初めて恋を知った少女でしかなかった。


 そんな風にして貴学祭も、後夜祭も、大きな問題が起こることはなく静かに幕が降りたのだった。



 §§§



 秋も深まり、朝夕の冷え込みだけでなく日の高い時間ですら寒さを感じるようになった頃、アントニアの結婚式が近付いてきた。

その頃になると、親しくしている友人達にだけは結婚を機会に一学年を終えると同時に学院を退学することを伝えていた。その為、友人達から淋しがられると同時に式には出席します、という返事も貰っていて、結婚後はどういう形での生活になるのかを聞かれたり、卒業後に結婚を控えている友人達から色々聞かれることが多くなった。ただ、アントニアの友人達はクラスの中でアントニアの結婚については口にすることがなかったため、友人達以外の誰も彼女が退学を予定していることを知らなかった。

 そのおかげもあって、アントニアのことで噂が囁かれることはなかった。ただし、アーヴィンとステファニーのことでは噂が事欠かない状況にはなっているようだった。

結婚の準備でそれどころではないアントには、まるで聞こえてはいなかったけれど。


「例の御令嬢ですけど…アーヴィン様と正式におつきあいをされている、とご本人が仰っておりましたわ」

「まぁ! でも…公爵家のアーヴィン様と男爵家の例の方ではあまりにも家格が違いすぎません?」

「そうですわね。アーヴィン様が正式な婚約者をお決めになる前の、お遊びの相手…かもしれませんわね」

「きっとそうですわね。だって以前の婚約者様だって侯爵家でしたでしょう? せめて伯爵位くらいは求められるのではないかしら…。なんと言っても公爵家ですもの」

「そうですわね。いくら恋人になった、と仰られても…貴族ですもの。結局は家と家の繋がりを考えて結婚となるでしょうから」


 なんていう噂がクラスの中でも囁かれていたが、アントニアにはまるで聞こえていない。

しかし、無関心だったアントニアにすら耳にするような噂が広がっていった。それは、ステファニーが誰かに悪意を向けられている、というものだった。


「アントニア様、アーヴィン様と噂になっている方のお話しですけど、あまり気になさらないほうがいいと思います。まるでアントニア様のことを言っているような、嫌な噂ですから。絶対に有り得ないことだと私達が証言できますし、大丈夫ですわ」

「ありがとうございます。皆さんのお気遣いに感謝しかありません」

「当たり前のことですから。私達お友達ですもの!」


 そんな会話がなされることになった噂はこういうものだった。

ステファニーの持ち物が無くなる、壊される、破かれるのは当たり前。授業の関係で教室を移動するさいには違う教室を教えられて、授業を受けられないという妨害がある、他にも提出物をちゃんと提出したにも関わらずステファニーの分だけが捨てられていて、未提出になっている、というような悪意のあることが多かった。

ステファニーと同じクラスに在籍していないと出来ない嫌がらせが圧倒的に多いため、噂される嫌がらせをする人物はステファニーのクラスの令嬢だろうと言われている。が、別の噂としてアントニアの名前も出て来ていた。それはアーヴィンの元婚約者という事実がステファニーに嫉妬して、という事実無根の理由だったが。


「全く事実とは違う噂も出ているのですね。正直、鵜呑みにされても困るのですけれど…」

「まぁ、このクラスの皆様はそんな誤解を一切なさっておられませんわ。ご婚約者様のことを貴学祭で目の当たりにしましたもの。あれほどの溺愛をされる殿方が傍にいらっしゃるのに、他の方に目を向ける理由がありませんし…何より! アントニア様とお二人が並ぶ様を見て、誰もが見惚れてしまいましたから」

「ええ、そうですわ! これこそ憧れの御二人! って私思いましたの。ですから、変な噂は無視していましょう!」

「ありがとうございます。皆さんの御言葉にとても励まされますわ」


 こんな会話を友人達としていたアントニアだったが、幾度となく繰り返した中でもアントニアはステファニーに直接何かをしなくても、全てアントニアの咎とされ続けていた。それを思い返せば、きっとアーヴィンを慕う令嬢がステファニーを邪魔に思うのと同時にアントニアに罪を着せることで、婚約者という立場を失わせたかったのだろうというのが、容易に想像出来てしまった。

今回もそれなのだろうと理解した。そして、きっと以前のような強制力が働くことがあれば、またアーヴィンに殺されることもあるのではないか、と僅かに考えられて、アントニアは唇をきゅっと引き締めた。

 そんなアントニアに寄り添うように勇気をくれたのはトニー。そしてこの場では友人達だった。学院の中で彼女達がこれほど精神的に支えてくれることをアントニアは初めて感じて、もしかしたら以前も彼女達は自身を支えようとしてくれていたのかもしれない、そう思ったのだった。

お読みいただきありがとうございます。


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