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一つ試してみましょうか 2

誤字報告ありがとうございます。

非常に助かります(^▽^)

 その日は朝からよく晴れていて、目覚めたばかりのアントニアはとても気分も良かった。

そして現在。爽やかな初夏の風が吹く薔薇の咲き誇る庭園にアントニアは招かれているのだが、アントニアは非常に重い気分を抱えて、準備されていたガーデンテーブルを前に目の前に座る婚約者に気付かれないよう小さく息を吐くのだった。

 婚約者はエクルストン公爵家嫡男でアーヴィン・エクルストンだ。金髪碧眼がまるで王子のようだ。

この国リリェストレーム王国の王家にも二人王子はいるのだが、彼らよりも王子らしい容姿のため、もう一人の王子と呼ばれている。

 そしてアントニアの真正面に座り、表情を一度も変えることなく、また挨拶をした後にもそれほど会話をすることもなく、今日の婚約者との交流の為のお茶会は終わる予定だ。

 アーヴィンという人物は、無表情で無口なのだ。いくらもう一人の王子と呼ばれる存在だとしても、アントニアは「ない」と、思っているがそれは秘密である。

 ちなみに、今回のお茶会は脚本通りに進行させるために強制力が働く日でもある。が、強制力が及ばない場面でアントニアは些細な悪戯心から、アーヴィンの無表情を崩すことになる。



 §§§



「アーヴィン様、今日もありがとうございました。そろそろ失礼いたしますね」

「こちらこそ、来てくれてありがとう、アン」


お茶会を終え、帰ろうという時だった。玄関まで見送りに来てくれたアーヴィンに対し、アントニアは脚本にない言葉を続けた。既に自由時間だったから、言葉を続けることが出来た、というのが正しいのだろう。


「そうですわ、伝えるのを忘れていたのですが、手土産を侍女の方にお渡ししましたの。(わたし)が作ったクッキーです。よろしければ、食べてみてくださいませ」

「…え? あ、アン自ら…ですか?」

「ええ。料理長と親しくなりましたの。家族にお菓子を作りたいという理由から、お菓子を習い始めたところなのですわ」

「御令嬢が料理をするなど、ましてや侯爵家のような上位貴族のアンが?」


 貴族令嬢が厨房に入ることは、普通有り得ないのだが、下位貴族の場合は暮らし向きによってはその限りではないというのは知られていることだ。が、アントニアは侯爵令嬢だ。上位貴族なのだ。だから、有り得ない話だった。

 それを当然のこととしているアーヴィンは、目を大きく開き、驚きと共に口は半開きになったまま、アントニアには見せたこともない表情を先程から見せている。


「家族の為に作ってみたら、料理長のおかげもあって上手に作れましたの。それに家族も喜んでくれましたわ。だから、アーヴィン様にも作って差し上げたい、そう思いましたの」

「…そうなの、ですね。分かりました。後程いただきますね」

「それでは、失礼いたしますわ」

「お気を付けて」


 そんな風にアントニアは前回までなら自由時間でさえ言わなかった言葉、しなかった行動をした結果。婚約者のアーヴィンの表情を崩すことが出来たのだった。

この時のアーヴィンは、はにかんだように微笑んでいて、耳が微かに赤く染まっていた。そのことをアントニアは気にも留めることはなかった。


 公爵邸からの帰路、馬車の中でアントニアは考えていた。


(自由時間であれば、本当に自由になれるのよね。おかげで無表情な顔しか見たことのないアーヴィン様の驚いたお顔を拝見出来たわ。面白かった! でも、嫌いだけど)


 無事侯爵家に帰って来たアントニアは、悪戯を成功させた幼い子供のように機嫌を良くしながら自室へと入っていったのだった。



 §§§



 次のアーヴィンとのお茶会は、グリフィス侯爵家で行われた。いつもならアーヴィンからの手紙には

『我が家で過ごしませんか?』

という内容で、アーヴィンがアントニアを訪ねてグリフィス侯爵家を訪ねてくることは稀だった。

『グリフィス侯爵邸を訪問してもいいでしょうか?』

という手紙が届いた時にはアントニア自身、彼に驚かされる形になった為、何の勝負なのだか、「負けた」と内心こぼしていた。彼女が負けたという事実は何一つないのだが。

 そうしてアーヴィンは、グリフィス侯爵邸内のサンルームに通され、アントニアとアンティークの丸テーブルに向かい合って座り、紅茶を飲んでいるのだった。


「前回はアンから手作りのお土産を貰ったから、僕もお返しを用意してみました」

「まぁ、アーヴィン様わざわざ? なんだかお手を煩わせてしまったかもしれませんね。でも、嬉しいです。ありがとうございます」


 そんな会話の後、アーヴィンはジャケットの内ポケットから小さな木箱を取り出し、テーブルの上へ置いた。それをアントニアのほうへと差し出し、軽く首を傾げながら受け取るよう促した。


「…開けてみてもいいですか?」

「もちろんです」


 彼女が木箱の蓋を開けると、中には手触りが良さそうな艶のある白い生地が敷かれていて、その上にはブローチが鎮座していた。

ブローチはシンプルな細工物だったが、中央に置かれた碧の石がアーヴィンの瞳の色と同じだった。

貴族令息が人に贈るには、あまりにシンプル過ぎる石の台座になっている細工は、正円に模られた銀色の金属が石を丁寧に守る様に支えているだけだった。その台座の下には雫型の――正円の台座に収まっている石とは別の――アントニアと同じ瞳の色をした小さな石が短い華奢な鎖で繋がっていた。


「…これは、ブローチですよね。アーヴィン様の瞳と同じ色…ですね」

「君の瞳の色は、こっち…。僕がジャケットに着けてるもので、君に渡したものと二つで一つなんです」

「わぁ、綺麗です! アーヴィン様、ありがとうございます!」

「…気に入って、もらえて良かったで、す。……作った甲斐がありました」


 ブローチは互いの瞳の色の石を使ったもので、互いの色を交換して持つ形にアーヴィンはしたかったのだろう。彼のジャケットの胸に着けられているブローチは彼女の瞳の色が光っている。

そして、このお茶会は彼女の言う自由時間内での出来事である。要するに彼女にとっても予想外の、婚約者の行動だった。そして、彼女はふとアーヴィンの言葉に気付く。


「あの、今作った甲斐が、と仰いましたけど…アーヴィン様自らお作りになられた、のですか?」

「あ…いや、その……こういう細工物は、時間潰しにちょうど良くて…」

「まぁ!」


 自由時間の、まだお互いに気持ちがすれ違う前の、可愛いやり取りになる、そんな場面だった。


「ありがとうございます。とても嬉しいです」

「いえ…。僕のほうこそ、クッキー…美味しかったです」


 何度も繰り返されるこの映画のような世界の中で、たった一度きりの、二人にとっての気持ちのやり取りが出来た瞬間でもあった。

 この後この出来事を、ループする世界にいるのだと振り返る度にアントニアは思い返すことになる。

この瞬間が、婚約者だったアーヴィンとの唯一の心の交流と呼べるものだったな、と。

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