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ただ静かに願うこと

台風14号の影響を大きく受けた地域の方々、大変だったと思います。

少しでも早く通常の生活が戻るよう祈ってます。

 ガゼボに至るまでにいくつもベンチがあり、良く晴れた天気の中でどのベンチも誰かしら座り、寛いでいる様子だった。が、ガゼボの手前からは人影もなくなり、当然のようにガゼボには誰の姿もなかった。きっと学舎からかなり遠いというのが理由だろう。

 三人がガゼボへと行き、アントニアとトニーは並ぶように座り、対面するような形でステファニーが座ることになった。


「あの、突然のことで申し訳ございません! わざわざお時間いただいて、ありがとうございます。お話…のことなんですが、アーヴィン様のこと…なんです」

「……エクルストン公子のこと?」


 口火を切ったのはステファニーだった。それに対し応えたのはトニー。


「はい。グリフィス様とアーヴィン様は、以前婚約されていたとお聞きしました。でも、今は婚約を解消されてますよね。どうして…でしょうか?」

「それを知って、どうしたいの? 君の話したいこととどう関係するんだろう?」


 やはりトニーが応える。意地悪なほどの返答ではあったが、ステファニーも答えるべきことだと感じているのか、居心地悪そうな様子は見せてはいるがすでに口は開いていた。


「アーヴィン様なんですが、よくお話しをさせていただいていて。いつも…グリフィス様のことを気に掛けているようなのです。

グリフィス様がいらっしゃる方によく目をむけていますし、何かの折にグリフィス様がこうだった、とお二人の幼い頃のお話をされるのです。

アーヴィン様が明らかにグリフィス様のことを想っておられるようで、傍で見ていて辛いんです。グリフィス様は…アーヴィン様のことをどう思ってらっしゃるのでしょうか?」


ステファニーの問いは、トニーの問いへの答えではなく。でも、誰が聞いても理解は出来ただろう。トニーもこちらの問いに答える気がないのだと小さく息を吐いてから、また言葉を口にした。


「つまり、君は公子がアントニアに気持ちを残しているから、困ってる。そういうこと?」


トニーの纏め方はザックリとしてはいたが、ステファニーを抉ったのだろうと思うアントニアだったが、そんなことはどうでも良かった。実際ステファニーがぐっと何かを堪えるような様子を見せていた。

アントニアはにこりとステファニーに笑みを向けた。


「私はエクルストン様のことを慕っていたわけではありませんわ。ですから、婚約を解消するに至っています。

貴女もずっと婚約している人から定期的にお茶会をしているのに、いつも黙ったままで何も話もしないなんてことをされ続けたらどう思います?

エクルストン様からお気持ちを頂いたこともありませんから、最低限度のエスコートくらいしか手が触れたこともありません。

小さな頃は仲の良いお友達として接していられましたけど、気付けばそれも昔のこと。婚約を解消したくなるほどにお互いの気持ちは離れておりましたの。ですから、エクルストン様がどう私の事を考えて、思っているとしても私には関係のないことですわ」


 アントニアはさっくりと事実を伝えた。そして、アーヴィンに気持ちなど一切ないことも切り捨てるように伝えた。ステファニーはそこで初めてアントニアがアーヴィンの気を惹くために婚約解消したのではなく、本当にアーヴィンに愛想を尽かしていたことを知ったのだった。


(…小説だとアントニアはアーヴィン様に執着するほどに想ってたのに。今のアントニアは全然…なのね。でも確かにアーヴィン様がアントニアに冷たく見える態度を取ってたのは小説でも書かれてた。けど、あれはアントニアのことが好き過ぎて、箍が外れそうになる感情を抑えていたって書かれていたはず…。アントニアにはそれが冷遇されたのと同じ…だったなんて)


 ステファニーがこの世界に転生する前に小説で読んだことを思い出していた。小説でのアーヴィンがアントニアへ向けていた感情はこの世界でも同じではあったが、意味が全く違っている。

実際にはアーヴィンはただ自己満足してただであり、ステファニーの持つ知識とは齟齬が生じている。そのことにステファニー自身が気付けるのかは分からない。

 ステファニーは頭の中で整理をするように考えを纏めようとしていた。でも、沈黙を長く続けるわけにもいかず口を開く。


「そうだったのですね。なんて言えば…」

「いいのです。エクルストン様に今必要なのは、傍で支えて助けてくれる方だと思いますの。私も彼に…婚約者となった義兄にずっと助けてもらって、心の支えになってもらっていましたから。だから…きっとそんなエクルストン様のことに気付けたメイプル様が彼の支えに相応しいのではないか、と思いますわ」

「…そう、でしょうか」

「ええ。誰かに寄り添うのは案外大変です。相手の気持ちを受け止めるというのは、相手を理解しなくてはいけませんから。相手からの信頼を得られなくてはいけませんし、何より中途半端な状態では相手はすぐに去って行きますし」

「お二人は、どうやって関係を築かれたのですか?」


 ステファニーに答えるアントニアは、穏やかに微笑んでいた。内心の気持ちは別としても、誰が見ても人を惹き付けるような魅力ある微笑だった。

ステファニーもそんなアントニアに少し見惚れていかもしれない。そして、アントニアから聞けたことに、彼女と婚約者である義兄(トニー)の関係をつい、という形で問いていた。


「簡単だよ。ただ、僕が一方的に口説いてただけだから。あー…でも、出来る限りアンが一人にならないように気を付けてたかな。ほら、知らないうちにアンが泣いてるなんてことがあったら嫌でしょ。だから、出来る限りということにはなるけど、アンの傍にいたよ」

「…そう言えば、いつも一緒にいましたものね。ええ、間違いないですわ。お義兄様のおかげでいつも笑っていられました」


 問いに答えたのはトニー。でも補足するようにアントニアも言葉を紡いでいた。普段から仲の良いことが分かるような会話だった。ステファニーは安堵していた。


(この二人の様子なら、アーヴィン様がアントニアに奪われる心配はないわ)


 事実アントニアのほうからアーヴィンを捨てたわけだから、その心配は杞憂であったわけだが。

 手元に視線を落としていたステファニーに声を掛けたのはアントニア。その声音はとても優しく、親しみを感じさせるものだった。


「ご縁がなくてエクルストン様とは婚約を解消するという形で関係を終えてしまうことになりましたが、メイプル様がエクルストン様に寄り添うお気持ちを持ってくださるのは、とても嬉しいです。

これでも幼馴染みですから、彼のことは心配しておりましたの。もし、メイプル様が彼を支えて笑顔を取り戻してくださったら、嬉しいです。ぜひ、がんばってくださいましね」


 そうアントニアは単純にステファニーをけしかけた格好ではあった。が、内心としては『早く二人がくっついてくれたら、これほど安心なことはないから、がんばって!』というところではあったのだが。

要するに死亡フラグを回避するために、早々に二人が何にも邪魔されることなく恋人に、そして婚約してほしいというところではある。

それを柔らかく言葉を変えて言っただけのことだったが、事情を分かっているトニーは、口元を抑えて笑いを堪えるのに必死だったようだ。それに気付かないステファニーはアントニアの言葉に涙目で、頷くばかりだった。


「私、がんばります! グリフィス様の御言葉に勇気をいただきました! ありがとうございます。また何かあれば、お話しさせてくださいね! お二人のお邪魔になりますから、もう失礼いたします。ありがとうございます!」


 何か感動した様子で去って行くステファニーの背中が見えなくなった頃、トニーはお腹を抱えるようにして笑い声をあげていた。


「は! ぁはははははは! あ、もう、無理………。本当、笑える!!」

「……笑い過ぎですわ」


 お腹を抱えたままひたすら苦しむ様を見せるトニーに、アントニアも少し笑っていた。


「それにしても、素直な方でしたわね。あんなに素直だと未来の公爵夫人が務まるのかしら? エクルストン夫人ががんばって教育されるでしょうけど」

「はぁ、笑った笑った。本当、アンを死に追いやる奴が何言ってんだかって気分ではあるんだけど。でも…早く二人には婚約してほしいところだよね。…うーん、後はお義父様とお義母様のお望み通りアンが身籠ってくれればいいんだけどね」


 思案気に言葉を漏らしたアントニアに対して、まだ大笑いした余韻の残るトニーだったが、自身の愛しい婚約者を思う気持ちは本物で、零れた言葉は揶揄い気味にも捉えられるものだったが、決してそうではなかった。


「!!! お、お義兄様!! こんな所でそんなこと…仰らないでください。は、恥ずかしい……」


婚約者の言葉に頬を真っ赤に染めてしまったアントニアは、きっと誰が見ても愛らしい。必死に恥ずかしさを堪え、涙目で上目遣いで訴える様子は、目の前の婚約者を充分煽っているに違いない。


「えー? だってアンの誕生日が過ぎたらどうなるかなんて分からないんだよ? もちろん週末毎に帰ってきてもらうからね、覚悟して。

それに…結婚だけじゃ弱いから。子供が出来れば、さすがに元婚約者殿もアンを追いかけられないでしょ。他人の物になっただけでなく、子供が出来た令嬢を追いかけられるほど奴もバカじゃないはずだからさ」

「…まだ彼が私のことを好きだと思ってますか?」

「うーん、どうだろう。話を聞く限りまだ未練はあるんだろうね。でもステファニー嬢のおかげで、大丈夫な気はするよ。だから、あまり心配はしてない。

けど、自分の婚約者が元婚約者と毎日同じ空間にいるのは、やっぱりね嫌なわけ。紙切れだけの婚約関係だったとは言っても、やっぱりね」


 トニーのアントニアを案じる言葉にアントニアも何か思うところがあるのだろうか。それでも、トニーが案外楽観的に捉えている状況に、少しは安堵したかもしれない。


「早く結婚出来るといいですね」

「まぁ…そうだよね。早くアンを僕だけのものにしたい! でも…それも後少しだ。君の誕生日ももうすぐなんだから。結婚をしても一学年は在学するのは約束だし、その予定だけど…二学年前にはもうここともお別れだね」

「そうなりますね。でも…やっとです。本当に…やっと解放されます」

「うん、僕も安心だよ。アンと未来を描けると思えるから」


 並んで座る二人は、互いに触れ合う距離にいる。そして隣り合った左手と右手を指を絡めるように繋いだ。

ふとアントニアがトニーに顔を向ければ、トニーはもうずっとアントニアを見つめていて、ただ愛おしそうに目を細めていた。

どちらが、ということもなかったように思う。寄り添う二人は互いの唇を触れ合わせただけの、そんな初々しいキスをしていた。

繰り返し何度も生きてきているというのに、本来の二人はきっとまだ熟しきる直前の果実のようにみずみずしいのだろう。そんな二人をただ静かに何事もないことを願うのは、彼らだけなのかもしれないが。

お読みいただきありがとうございます。


祝日が月曜、金曜と今週は二日もあるので平日の三日間連続で投稿します。

これなら週三回の投稿出来る! というだけですが…。

毎日投稿されてる方々をただただ尊敬します。前作でほぼ毎日投稿をやってみて辛かったです。


 ⁑ ⁑ ⁑ ⁑ ⁑

今回、ステファニーがアントニアに対して「グリフィス様」って呼んでます。

が、トニーもアントニアも内心『二人共グリフィスなんだけど』『でも名前呼びされたくない(させたくない)』

という理由で、ずーっと「グリフィス様」呼びのままステファニーは続ける恰好になってます。

これがいきなり名前呼びしてたら、話を聞かない一択だったと思います。

 ⁑ ⁑ ⁑ ⁑ ⁑


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