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学び舎にて 2

 長い夏季休暇も無事問題なく過ごすことが出来たアントニアは、一区切りと言わんばかりに日々を穏やかに過ごしていた。

当然のように婚約者となったトニーとの関係も順調だった。トニーは相変わらずアントニアを甘やかし、周囲に使用人達がいようと関係なくアントニアに愛を囁いていた。

おかげで使用人達は二人が早く結ばれて欲しいと切望する一方で、砂糖を吐き出してしまいそうになる人間が続出するため、ほどほどにしてほしいとトニー専属の従者は日々詰め寄られるという弊害は起こっていた。が、そんなことを気にするトニーではないので、使用人達もそれなりにトニーとアントニアの二人がいる場面では、それぞれのスキルを発揮して砂糖を吐くことがないようになっていっている…らしい。


それはさておき。

 アントニアは貴族学院の寮に戻り、また友人達と穏やかな学生生活を満喫していた。そうして彼女には何も問題が起こることもなく、日々は退屈な程に静かで今までの繰り返してきた毎日とは違う日々を、退屈することなく楽しんでいるアントニアがいた。

それと同時に、婚約者を失ったアーヴィンは夏を一区切りとして、新たな出会い…正確には再会に近いのだが…を果たしていた。

 アントニアとアーヴィンは同じクラスに在籍していることで、お互いに毎日視界のどこかにいるような状況はあるが、それを気にしているのはアーヴィンだけだった。それでも、夏の終わりを迎えてからはそういうこともなくなるのかもしれない、そんなぼんやりとした予感が彼自身にあった。



 §§§



 季節も実りの秋を迎え、過ごし易い気候になった。学院生活も新入生達がそれぞれ学院に馴染み、学習以外の学びも用意される時期となっていた。

貴族学院の生徒達が一番楽しみにしているイベントとも言える貴学祭が行われる季節でもある。

夏季休暇と冬期休暇のちょうど中間に当たる時期に開催される。

 生徒達はその準備の為に、クラスで一致団結することを余儀なくされる傾向はあるものの、それをきっかけに級友達と親交を深めていくことにもなるため、結果的に学院生活の中で誰もが心に残る思い出として語るものになるのだった。

そんな貴学祭の準備期間に入った。アントニアは今までの繰り返されてきた生の中で毎回同じことを見続けてきたせいか、ほどほどに楽しむ程度で深入りすることはなかった。それは今回も同様だった。

 アントニアのクラスは、一学年では喫茶ルームをすることになっている。二学年ではまた違うが、在学するのが一学年だけということもあり、アントニアは目の前の催し物に集中することにしている。

そして、トニーが隣にいないことを少し寂しく感じながらも、日々は過ぎていき、気付けば貴学祭当日を迎えていた。


 アントニアはぼんやりと考えていたことがあった。

貴学祭では特別な強制力の働く状況というものがなかったことを。だから今回もそうだと考えるのは当然として、この世界のヒロインであるステファニーとヒーローである元婚約者の二人が現時点でどのような関係なのだろうか? という疑問だ。

実際二人が婚約者という障害がない状況でどういう関係を築いているのか、全く分からない。前回までもこの貴学祭がきっと二人にとってはイベントがあるとしても、アントニアには無関係なものだから。


 貴学祭は生徒の家族や学院の近隣住民等を招待し、学内を公開し学院で生徒達がどのような形で学び、研鑽を積んでいるのかを知ってもらうことを主眼としている。

当然ながらアントニアも家族を招待していた。アントニアは喫茶ルームでは給仕を担当していた。本人は裏方を希望していたが、アントニアには是非クラスの宣伝を兼ねた形で表に立ってもらいたいと言われてしまえば、断るのも難しく渋々是としたのだった。

その為、婚約者であるトニーがどう感じるのか少々不安に感じていたようだ。

アントニアの両親も揃って現れ、彼女が給仕担当の衣装…メイド服だったが…を着て仕事をする様を見つけた途端に両親は頑張る娘に微笑ましいと思ったのか、にこにこと笑みを向けている。それに対し、トニーは少し目を細めて機嫌が下降気味なのを隠すことなくアントニアに声を掛けていた。


「アン、来たよ。…メイド服よく似合ってるね。可愛すぎて隠したいんだけどな」

「お義兄様! お父様もお母様もよく来てくださいました。…似合っているようで安心しましたけど、隠されてしまっては他の方達に迷惑がかかるので、ご遠慮くださいね」

「久しぶりに学院に来れたのも嬉しいわ。アンのがんばってる様子も見られたのも嬉しいし。ね、あなた」

「そうだな。アンが元気で過ごしてるようで安心したよ」

「ゆっくりしていってくださいましね! あちらのテーブルが空いてますからどうぞ。ご注文はこちらがメニューになっております。お決まりになったらテーブルの上のベルでお呼びくださいませ」


 テーブルに案内をして立ち去ったアントニアを見送るトニーだったが、教室内にいる令息達の視線を一身に集めていることすら気付いていないアントニアを心配しているのだった。

誰がどう見ても儚げな雰囲気を持つのに、笑顔を見せる時は案外表情をはっきりと見せる。高位貴族であれば教育の一環として、表情をあまり見せないようにと教育されている。

が、アントニアにとってはどうせ殺されてしまうのだから、自由に笑ったり泣いたりするくらい構わない、という気持ちがあるようだ。

 トニーがアントニアのそういう気持ちに気付いたのは、いつだっただろうか。

アーヴィンと婚約解消をする前のことだったが、婚約解消を無事に出来た今でも変わりない。もう癖になっているのか、それともただ吹っ切れただけなのか。

そんなアントニアの表情がころころと変わる様は、見ているだけで充分可愛らしく映る。それは令息だけでなく令嬢達も同様らしい。

 彼女の周囲に集まる友人達は、皆アントニアの侯爵家という立場を見て集まってきているわけではない。彼女自身の人柄から傍にいてくれる友人達だった。

もしかしたら、きっかけは侯爵家の令嬢との繋がりを求めた者もいたかもしれない。が、最終的にはそこは関係ない形で友情を築いているのをトニーも知っている。

アントニアも良い友人達との繋がりを得られたのだとトニーは安堵するに至っている。


 そうして充実した学生生活を過ごすアントニアにとって、アーヴィンとの婚約関係が解消されて自由になってからの貴学祭だった。

そして家族が見に来てくれたことに喜ぶアントニアの様子は、誰もが可愛らしく映っただろう。実際に彼女に好感を持った者が見受けられるようだったが、さり気なく牽制する婚約者のトニーに、すぐさま諦める者多数という感じではあったが。

 クラスの喫茶ルームでの担当の時間を終え、家族と一緒に学舎内を見て回ることになった。ふと両親は足を止めて、別行動をしようと言う。理由を聞けば二人の馴れ初めとも言えるきっかけのある場所があり、そこへ久しぶりに行きたいという話。二人きりの思い出の場所というのも素敵だな、と思いながら話を聞いていたアントニアに対し、二人きりになれるなら丁度いいと考えるトニー、そんな子供達の気持ちなんか考えないバカップル夫婦はさっさと二人に別行動を言って消えていた。


「仕方ない。お義父様とお義母様は二人きりになりたいんだろうから、僕達も二人で回ろう」

「はい」


苦笑いし合いながら、でもいつまでも仲の良い両親にほっこりしているアントニア。そんなアントニアを見守るトニーの二人は、周囲の注目を集めているのに気付かない。とことん他者の視線を全スルーする二人。

 しばらくは各活動部の展示物を見て歩いていたが、休憩でもしようか、という話になり中庭のベンチで休むことにした二人。

中庭には学院が用意させた屋台街が出来上がっていた。貴族の子女である生徒達には一般的な庶民が親しむ市場のようなものを体験するという意味合いで、屋台街を再現した規模の小さな屋台街が毎回作られる。今回もそれは変わらず、二人は季節の果実水と一口で食べられるサイズに揚げられているボールドーナツを買って、口にしているところだった。

 多くの生徒や貴学祭を見にきた生徒の父兄などの姿で、いつもよりも賑わいを増している中庭。その中でも一際耳に入ってくる声があった。


「す、すみません! 通していただけませんかー!」


 アントニアとトニーは、二人揃ってうんざりとした表情を浮かべていた。その聞きなれた声に、いい思い出など一切なかったからだ。

やがて、その声が二人の前で途切れたかと思えば、また声が発せられた。


「…やっと、やっと会えました! グリフィス様、ごきげんよう! あの…お話しをさせていただきたいのですが、大丈夫でしょうか?」

「………ごきげんよう。あの、お名前を伺っても?」

「あ! 申し訳ありません。私はメイプル男爵家の長女、ステファニー・メイプルと申します。グリフィス様と同じ一学年です。それで…お話しをさせていただきたいのですが」

「メイプル様ですね。初めまして。ところで、お話しというのはお急ぎなのでしょうか? もし、急ぐことでないのであれば、後日でお願いしたいのですけど…」

「あ…そう、ですね。今日は御家族もいらっしゃる日でした。ごめんなさい! 急いではいないので、後日で…」

「いや、今お聞きしようよ、アン。思い立ったが吉日だ。僕も立ち会う形で良ければ、だけど。どうかな? メイプル令嬢」

「…お義兄様?」

「あの、大丈夫です! お話しをさせていただけるのであれば、全然!」

「じゃあ…ここでは、人も多くてゆっくり出来ないし、少し離れたところにガゼボがあるから、移動しようか」

「はい!」


 アントニアに話があるというステファニーの話を、途中からトニーが受ける形で了承したのは、きっと自分のいない時にアントニアに不利な状況があっては嫌だと判断したからに違いない。それを悟ったアントニアもトニーの言葉を遮ることなく、黙っていたのだから婚約者の気持ちに気付いたのだろう。

お読みいただきありがとうございます。


糖度過多な状況が続きます。苦手な方は読んでない…から大丈夫だと信じて、突っ走ってます!

でも次回は久しぶりにトニーがちょっと黒いです。なんか安心する…。

因みに。砂糖を吐くのと砂を吐くのとどっちが嫌だろうか?と考えて、どっちも嫌だな、と思った作者です。

作中で「砂糖を吐く」表現にしたのですが、「砂を吐く」という表現もあるので、ついついどっちがいいのか悩みました。

悩んだ挙句、甘いんだから砂糖でいいや、とかなり適当な感じに決めたことはここだけの話です。


次回の投稿は、連休明けの予定です。


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