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王立貴族学院入学前

今回から3章始まります。


~*~ 前章のあらすじ ~*~

約五年という期間を繰り返す世界に生きるアントニアは、同じくこの世界が繰り返していることを知るトニーを家族として迎えることになった。

義理の兄妹として親しくする二人だったが、アントニアの婚約者であるアーヴィンとの関係をトニーも良く理解していた。

トニーの協力のもと、アーヴィンとの婚約を無事解消することが出来たアントニア。

二人の関係は義理の兄妹から恋人へ、そして婚約者という形へと変化していった。

 季節が暖かくなってきた頃、王立貴族学院の卒業式が迫ってきていた。それと同時に入学式が僅か後に控えるという時期となっていた。

アントニアは十四歳となり、義兄の…いや、婚約者のトニーは十七歳となっていた。トニーは卒業する年齢になっていた。

この国リリェストレーム王国での成人は十五歳だ。だから成人と共に結婚をする令嬢が多いため、学院に入学しても中途退学をする令嬢は多い。

 アントニアは今まで繰り返してきた中で卒業式の後を生きたことはないが、代わりに卒業式より前に死んだのは一度だけだった。


 春らしい暖かさを感じられるようなある午後のことだった。家族が揃い、リビングでお茶を飲み、穏やかな時間を過ごしていたアントニアとトニーは、今からグリフィス侯爵夫妻から放たれる言葉を知らず、微笑み合っている。

最初に口を開いたのはグリフィス侯爵だった。


「貴族学院のことなんだが、アンは卒業をしたいかい?」

「特に学業のことではもう学院で学ぶべきことは学べているので、在学して卒業する理由は…正直ないと思っています。

令息であれば卒業していることは重要なことでしょうけど、私は違いますし…その辺りは問題ありませんから」


アントニアがそう父親に返せば、父親はそうか、と答えた。その言葉の後を継いだのは母親だった。


「アン、それじゃぁ…これはお母様の言葉として聞いてね。貴女が成人すれば、トニーとは婚約者同士だから二人の間に何があってもお母様達は何も咎めないわ。

ただね、もし、もしもよ。命が宿るようなことがあったら、学院はすぐに退学することになるわ。それはいいかしら?

もし、それが嫌だと思うならあなた達は自らの行為をちゃんと律していかなければいけなくなるわ。それは出来る?」


 家族全員が揃った中での、リビングでの話し合いだった。

アントニアの隣に座るトニーはアントニアの手を優しく握りながら、穏やかに笑っている。


「お母様、私は自らの行為の結果をちゃんと受け止めたいです。もし…御子が授かるような…ことになったら、私はその命を大事にしたいし、何より一番に考えたいです」

「そうなのね。良かったわ。本音を言うとね、お母様は二人に早く子供が出来ないかって、今から楽しみなのよ。だから…出来るなら成人を待たなくても、と思うんだけど…それはそれで外聞が悪いの。

そこは面倒で申し訳ないけれど、アンが成人するまではトニーは本当我慢してちょうだいね。アンが成人すれば、二人は実質夫婦として過ごしてもらって大丈夫だから」

「そうだね。貴族にとって嫡男が生まれるかどうかはかなり重要だからね。幸いうちはトニーという優秀な子を養子に迎えることが出来て、アンがトニーと一緒になることを選んでくれたから、家族としてずっと暮らせるわけだ。

そんな私達にとって大事な子供達が夫婦になるのだから、孫が待ち遠しくて仕方ないんだよ」

「お義父様、お義母様、ありがとうございます。

僕自身、まだまだ何もかもが足りないからアンを幸せに出来るか不安です。でも、お二人が僕の事もアンの事も大事にしてくださるから、頑張れます。

アンのことは、お二人のお考えに添うように努力しますし、大事にします。ただ…子供のことは、さすがに授かりものなので…ご期待に添えるかは…」


 アントニアの言葉は両親を安心させたようで、更に両親からは婚約している立場の二人にはとても気恥ずかしくなるような言葉が並べられており、どうしたものか、とアントニアは思うのだった。

けれど、トニーは義両親が自身に向けてくれる温かな気持ちに安堵しながらも、彼らの娘が幸せになることを切に願っていることも重々承知しているため、真摯に彼女を守っていくことを誓いながら言葉を返していた。

但し、子供に関しては言明出来るものではなかったが。


 無事に学院を卒業したトニーは、入学式を控え慌ただしく過ごすアントニアを、優しく見守りながらもここから先は学院で彼女を守れないことを、酷く不安に感じながらもそれを彼女に悟られないよう過ごしていた。

二人だけの時間が残り少なくなっていく中、トニーもアントニアもただ心が穏やかであるよう、二人の時間を大切に過ごすようになっていった。



 §§§



 王立貴族学院は全寮制の為、遅くとも入学式の前日までに入寮することになっている。

貴族の子女しかいない為、可能な者は使用人を二人まで連れてくることが出来る。アントニアは自身の専属侍女であるドリーだけを連れていくことにしていた。が、トニーからドリー一人では心配だからもう一人連れていくべきだ、と言われていた為もう一人を誰にするか悩んでドリーと親しく、いつも身支度を手伝ってくれている侍女も連れていくこととなった。


「お義兄様、少し過保護なのではありませんか?」

「そんなことないよ。今までのことを考えたら何があるか分からないんだから、用心するに越したことはないよ」

「…そうかも、しれませんが」

「多分、これから面倒なのはアーヴィン様じゃなくて、同性である例の令嬢だと思うからね」


 なんとも預言めいたことを言う婚約者をアントニアは怖いことを言わないでほしい、と思いながら睨み付けたのだった。

するとトニーはそんなアントニアを珍しいものを見たと言わんばかりに、目を細めて微笑んでいる。そして、彼女を緩く抱き込むとその頭頂にリップ音を響かせた。

 慌ててトニーから逃げようとするアントニアだったが簡単に自由にはさせてもらえず、すぐに諦めてしまった。そんな様子も微笑ましいと思うのか、終始機嫌良くトニーはアントニアを抱き込んだままだった。


「あの…いつになったら、自由にしてくれますか?」


 そんなふうに小さく甘えたような声を出しながらも、拗ねた様子のアントニアにクスクスと笑いながら、意地悪く自由にするつもりのないトニーは、考えているふうを装う。


「アンから可愛くおねだりしてもらおうかなぁ」

「…おねだり?」

「そう。…うーん、そうだなぁ。あ! ここ。ここにキ…っ」


 嫌な予感がしたらしいアントニアは、婚約者がきっと彼女が困るようなことを言い出すだろうと察したようだ。慌ててトニーの口を両手で塞いでいた。

これも想定内という様子のトニーは、明らかに笑った顔だった。そして、何をしたのかアントニアが突然声を上げた。


「ひゃあっ!」

「うん、これもまたご褒美かな」

「な! なんてことするんですかー! 手をな、舐めるなんてー!」

「仕方ないでしょ。アンが可愛いのが悪いんだから」


真っ赤に染まった婚約者の手を取り、改めて手の甲へとキスを落とす。更にはその手を自身の指と指を絡めるようにして握り、愛おしそうに包み込んだトニー。


「ごめん、意地悪し過ぎたね。どんな顔したアンも可愛くて仕方ない。つい…意地悪してしまうけど、怒った顔も可愛いんだ。

許さなくていいよ。きっとまた怒らせるようなことをする自信しかないからね。でも、覚えておいて。アンのことを一番愛してるのは僕だってこと」


 声にならない声で叫び出したいのを、ぐっと我慢したのはアントニアだ。

前の、自身で自身を終わらせたあの時、トニーはアントニアの友人だった令嬢の婚約者だった。トニーはその令嬢を溺愛しているので有名な令息だった。

どんなふうに令嬢を大事にしていたのか、どんなふうに彼女を守っていたのか、友人本人から色々と話をきかされていた。その時はアーヴィンとは違うという感想だけだったが、今となっては彼女に対して甘やかしている様とアントニアに向けられる甘やかす様とではまるで違うのだと判るせいか、酷く戸惑うところもあった。

 友人だった令嬢にはただひたすら甘い言葉を紡ぐだけだった。でも、アントニアに向けられるのは言葉だけじゃない。手を繋ぐにしても、指の腹で手を緩く撫でられるのは当たり前だった。

でも指と指を絡めるように手を繋ぐことはない。理由を問えば、アントニアに向かってくるものがあった時に、守れるようにすぐに動けないのは困る、そんな理由だった。

そういうことに関係がない状況なら、常に指と指が絡められているのを考えると、トニーという婚約者はアントニアに触れていたい人間だとわかる。

そんなトニーが友人だった令嬢には、必要以上に触れていなかったことも思い出していた。何しろ彼女が言っていたのだから。「もう少し…恋人らしいことも、したいなって思ってるんですけど」と。

そんな彼女の言う恋人らしいというのが、指を絡めて手を繋ぐことだったのだから、とても可愛らしい。

 だから…戸惑う部分はあったけれど、アントニアはトニーが前の婚約者とは全く違うように扱ってくれることが嬉しかったし、正直なことを言えば、彼女よりも自身のほうがずっと深く愛されているという実感を得られることが何より嬉しかった。

 アントニアはそんなことで、という感情がないわけではない。どこか醜いと感じてしまうものがあるからかもしれない。でも、前の生と今とはまるで違うのだから、気にしなくていいのだと割り切れないでいるのは、やはり記憶があるせいだろうか。

もし、記憶なんてなければ比較することもなかったし、単純にトニーの気持ちも信じていられただろう。それがすんなりと受け入れられないのは、繰り返し生きていることと、どこか心が壊れているせいだろうか、とアントニアは考えてしまうのだった。

 ずっと抱き込んだままだったトニーがやっとアントニアを自由にしたところで、アントニアが何かしら考え込んでいることに気付いた。

それを良い事にアントニアの頬に軽くキスをする。トニーの唇が触れて、そこで初めて自身が自由になっていることに気付くアントニアは、慌ててトニーの触れたほうの頬を手で押さえた。アントニアとトニーの視線が絡んだ瞬間だった。


「やっと見てくれた。で、何を考えてたんだか全然分からないんだけど、これだけは言っておこうかな。僕は何度この世界を繰り返したってアントニアしか欲しくない!

というわけだから、アントニアが成人するの待ち遠しいんだけどね」

「……は?」


 いつになくアントニアの声音も表情も、すっと消えたわけだが…トニーは冗談のつもりで言ったことを、違う形で受け取られたのかもしれない、と目の前のアントニアを見て考えていた。


「なんだか誤解されてそうだから言うけど、早く結婚したいって意味だよ?」

「……あ、うん」


(誤解…ではなかった部分はあるけど、アントニアが納得してくれたようで良かった。というか…前回婚約者に全く手を出さなかったよな。やっぱり役割があるとそういう動きしか出来ないのかな。

今回の僕は完全なモブだからあまり関係ないけど)


 トニー自身の…役割とは関係のない彼自身の意思でグリフィス侯爵家の養子となり、アントニアの義兄になった彼の気持ちとしては、アーヴィンに手を出されてなくて良かったというのが一番で、婚約者となった今ならアントニアの全ては自分のもの、というところだろうか。

きっと本音の部分では、青年特有の肉体的な側面は除いたとしても、独占欲が顔を出す自身に苦笑しているのだった。


(早く全部自分のものにしたい。そうでなければ不安で仕方ない。この世界はアンだけに全ての悲劇を背負わせようとするから…。絶対にそれを断ち切らないと、アンだって不安に違いないんだから)


トニーは、この繰り返す世界がいつ強制力を発揮して、アントニアを殺しにかかるのかと神経を尖らせてもいた。

いつもアントニアを殺していたのはアーヴィンだが、前回はアントニア自身だった。

それなら、誰が、ではなくこの世界が…と考えるのがいい気がしていたのだ。

だから、この世界が完全に強制力を持てないようにアントニアを、この世界のヒーローとヒロインから避けるようにするしかない、とも考えている。

それが、トニーは卒業してしまっているが故にアントニアを身近で守れない。

だから、本当はこんなこと避けるべきだけど、と思いながらも考えているのは、義両親が言ったことだった。

「孫」を待ち望むというその声は、ある意味トニーにとっては天啓とも言える物だった。


「成人を待って結婚するのは当然だけど、多分結婚だって準備が必要で、十五歳になると同時には無理なことだから…やっぱり、アンには少し無理を強いるけど、子供をきっかけにするほうがいいように思う」


結婚が先か、子供が先になるのか、今は選択肢が多いほうがいいとトニーは考えていた。アントニアの誕生日は秋の初め。それまでは無理だから、誕生日を迎えるまでに色々準備を進めておこう。

そんな風に頭の中でTo Do Listを作り上げて、義両親と相談することも並べて、アントニアが卒業式よりも前に学院から逃げ出せるようにしなくては、と思うのだった。

アーヴィンとの婚約を解消しただけでは、やはり不安材料は消えない。

この世界のヒロインがいる限り、アントニアがいつ濡れ衣を着せられるか分からないからだ。

それなら、学院から卒業前にいなくなっていれば何も問題はないはずなのだから。


「それにしても、アンのことを好きなのに殺すとか意味判らないな…。まぁ、強制力の前では好きな相手すら忘れるみたいだから、仕方ないのか。本当気の毒な男だよな…」


そんなことを呟きながら、トニーはアントニアが死なずに生き延びるための方法を考えるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

少しお時間いただきました。また今回から週3回のペースで投稿がんばっていきます。


3章は婚約者となったアントニアとトニーが…えーっと初っ端から両親に色々と言われてますが、そこはもう…頑張って!と応援してやってください。

トニーはいいけど、アントニアめちゃくちゃ初心なんですけども。

うん、まぁいいや。トニーががんばれ。

ひとまず、比較的のんびりな空気が漂う予定、な3章です。…糖分過多になる…かもです。



次回もよろしくお願いします。

ブックマーク登録や評価もよろしくお願いいたします(^▽^)

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