アントニアの日記 2
私にとってのお義兄様は、ただただ心穏やかにさせてくれる、そんな存在。
いつだって私のことを可愛いとか、綺麗とか、私には価値があるというようなことを、家族や使用人の皆くらいしか言ってもらえなかった言葉を、たくさんたくさん与えてくれる。
きっと私はただ私という人間を肯定してもらいたかったんだと気付いた。
もうずっと、婚約者から切り捨てられ続けていたし、誰も私のことを理解してもくれなかったから。
強制力がなかったのなら、もう少し家族も違った形で関われたように思う。でも、強制力があったから、私は彼らに対して、心に壁を作っていた。
婚約者だけでなく、家族への愛情すら自ら手放す形になりそうだったから。
私が断罪されて殺された後、家族がどうなるのかを知らない。もしかしたら、家族も何かしら罪に問われるようなことにでもなったら、それは私が望むことじゃない。
でもきっと私の死後問題は起こっていたと思う。問題が起こらないはずがない。私を断罪するア―ヴィン様は婚約破棄についてお父様が了承していると言っていたから、起こる問題は大きいものではないのかもしれないけど。
だから、いつだって私は自分の行動を日記という形で記録し続けていた。私がステファニー様に最低限度しなくてはいけない意地悪というのは、やっぱりあって、それは強制力のせいなのだけれど、その意地悪は僅かで、その他のことは私は一切することはない。
ステファニー様が私がやったことだと言うだけで、実際に私は関わっていない。繰り返す世界にいると気付いてからはしていないから。
それら一つ一つがいつ起こったものなのかを、彼女が具体的な日時や場所を繰り返し伝えているのを知っている私は、すっかり覚えてしまっている。何度も殺され続けてきた断罪の場で、婚約者が毎回言うのだもの。
だから私はその日、その時間、その場所には絶対に近付かないようにして、日記にも具体的に誰と過ごしたとか、誰と何処へ行っていたとか、そういうことを書くようにしていた。
婚約者に置き去りにされたお茶会で出会った令嬢達は、私に同情的でずっと良い友人として接してくれていた。彼女達、それに彼女達の婚約者にも助けてもらっていた。
だから、私が断罪され殺された後に、私の日記を読んだ家族がどう動くのかは知らない。でも、少なくとも私の行動の全てが婚約者やその恋人の言うような事実はないという証拠にはなると思う。
その結果として、家族には迷惑が掛からないように出来てると…思うのだけれど。大丈夫だと信じたい。
繰り返していると気付く前には、私の行動が常軌を逸していたという自覚がある。だから、家族に…貴族として不要な娘という扱いを受けたのは分かる。
でも、繰り返していると気付いてからはそうではないと…思うから。
でも、今世でトニー様が義兄になってくれて、そういう私の努力以前に、アーヴィン様との婚約を解消出来るようにと考えて動いてくれたことは、本当に本当に嬉しくて、救われる思いだった。
一人で悩まなくていいんだって言ってもらえた気がしたから。実際にお義兄様は私のことを「守るよ」と何度も何度も繰り返し伝えてくれていた。
それは嘘ではなくて、ただの慰めでもなくて、本当に私を守ってくれていた。ずっと。
グリフィス侯爵家に養子として迎え入れられたその日からずっと。私の義兄となったその日から。
私はお義兄様がどうしてそこまで私のことを気に掛けるのか分からなかったけれど、私には本当に救いだったと今なら分かる。
彼と出会えたことが最初の切っ掛けで奇跡だとするなら、お義兄様となった今世はその奇跡が奇跡ではなく現実だったということなんだと思う。
ずっと一人耐えてきた過去を、彼が一緒に抱えてくれてるだけで、私は救われた。本当にそれだけで良かった。別に私が結果的に死ぬことになったとしても、一緒に考えてくれる人がいるだけで、心が穏やかになれた。勿論、それだけじゃない。彼はいつだって私を優先してくれていて、私をいつだって守ってくれていた。
それが、当然のように出来る人なんて普通はいない。
でもお義兄様は…私の為だと言いながら、笑っていつだって言う。
「だけど、結局は僕の為でもあるんだ。アンが笑ってくれるなら、それが僕の幸せだからね。だから、笑っていて、僕にだけその笑顔を見せていて」
そして私はいつの間にか、自分の中にもうずっと空っぽだった感情が芽生えていることに気付いた。
いつだって私の頭に柔らかく触れるお義兄様の手が、私の心にも柔らかく触れていたことに気付いたのだもの。
私はお義兄様がいつだって言っていた言葉に、気付いて…それから、ずっと考えていた。
「君を守るから。だから僕を選んで」
トニーを選ぶということの意味を。
§
私に強制力が働くことはそれほど多くはなくても、それなりに面倒なものはやっぱりある。
二人だけのお茶会をしている頃だから、まだ貴族学院に入学する前のものだ。
あまりに些細な強制力で、私自身に記憶があまりない状況になるものだから、気に留めたことがないけれど。
私が高熱を出してしまい、アーヴィン様がお見舞いに来てくれる、というものだ。でも、熱のせいで私はお見舞いに来てもらったことを知らないまま、というもの。何故知らないはずのことを知っているかと言えば、単純に家族から知らされるから。
アーヴィン様が私の手をずっと握って心配していた、と。
でも…アーヴィン様が帰られた後、ずっとお義兄様が私に付き添っていてくれた。熱が出るのがいつも週末だったから、お義兄様も学院の寮から屋敷へと戻ってきていた。
一晩中ずっと私と一緒にいてくれて、手を繋いでいてくれた。
きっと時々私に水も飲ませてくれていたと思う。ふと目が覚めた時に喉の渇きは感じなかったから。
義兄というだけで、そんな風に看病なんて出来ないと私は思う。だけど、お義兄様は私の為にいつだって心を砕いてくれている。
そして、そんな彼の行動も、いつも掛けてくれる言葉も、私の心の中に彼が住み着く理由になっていった。
気付けば、私にはずっと無縁だと感じていたはずの、誰かを想う気持ちを、思い出していたのだから。
だから…私はいつものようにお義兄様と話をしていて、彼が前回の婚約者のことを話していて…私はお義兄様の婚約者だった友人のことを思い出しながら、気持ちの上では少し不機嫌な自分がいることも自覚していて、だけどお義兄様が私に対しては特別だと言ってくれて。
だからもう、義兄だからとか、彼の義妹だからとか、そういうことを考えるのもやめたくなって、自分に素直になりたいと…我慢したくないって思ってしまったから、言葉にするのはとても躊躇われたけれど、伝えて…しまった。
後で考えれば、あの時に言わなくても…と思ったけれど。でも、やっぱり言葉にするのはとても大切なんだって気付けたから、後悔はなかった。
私が気持ちを伝えた後お義兄様は驚きすぎて、行動がおかしかった気がするけど、でも…私達は互いに気持ちがやっと繫がったんだと思えた瞬間だった。
言葉がどれだけ大切なのかを、お義兄様からもアーヴィン様からも私は学んだ。そして言葉を伝える意味を教えてくれたのは誰でもないお義兄様。
だから、私もお義兄様に自分の気持ちを伝えたのだもの。いつだって伝え続けてくれた彼に、伝えたいと思えたのだから。
私にとってのお義兄様は、ただただ心穏やかにさせてくれる、そんな存在。
きっとある種、信仰のような所もある気がする。
彼がいてくれるなら私は安心していられる。
彼がいてくれるなら私は生きていられる。
彼がいてくれるなら私は笑っていられる。
彼がいてくれるなら私は呼吸が出来る。
彼がいてくれるなら私は…ただの恋を知った女の子でいられる。
お読みいただきありがとうございます。
………アントニア、がんばれ。
そんなことを作者が遠巻きに眺めるように思ってるのもどうなんだか。
でも、がんばれ(ボソッ)
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