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アントニアの日記 1

 私は自分のこの記憶が、ただの勘違いだったらいいのに、と何度思ったことか…。でも、勘違いではないことを知っているの。

だから、今まで繰り返してきた中で、自分が無実の罪で殺されることを見越して記すことにした日記のように、今世でも日記を残していくことにしましょう。

 ただし、今世はお義兄様が養子に来たことで多くの変化が最初からあったから、そういう意味で私の行動を記録する日記は以前のように残すことにしているの。

その日記はお義兄様と共有していこうとも話していて、お互いに書き漏れがないかを確認していく予定。

でも、この日記は違うわ。個人的な気持ちとか…感想だとか、そういうものを書いていこうと思ってるの。



 私はもうずっと幾度となく繰り返し同じ時間軸を生き続けている。(自分の口調そのままで日記を書くときっと読み辛くなりそうだから、簡潔に書いていこうと思う)

十四歳の誕生日を目前としたまだ十三歳のとある朝から、十八歳の春までの約五年間。

十八歳より後を生きたことは一度もない。初めて同じことを繰り返していると気付いた時の衝撃はとても大きかった。そして私は絶望もした。

なぜ繰り返しているのか気付けた理由も分からないまま。どうして私だけが気付けたのかも分からないまま。


 初めて繰り返していると気付いた時には、アーヴィン様との関係を良くするために努力した。とにかく努力し続けた。自分から動くしかないと、ただひたすらに彼に話しかけたし、刺繍をしたハンカチを贈ったりもした。とにかく自分の出来ることをするだけだった。その頃はまだ…なんとなくだけど、嫌われているような感じはなかったように思う。

あの頃の努力は、前回の私がしたささやかな、貴族令嬢らしくない振舞とどれくらいの差があったのか、私には全く理解出来ていないけど。

 でも、貴族学院に入学してしまうと、結局は彼に殺されてしまう。初めて繰り返していると気付いた生では、それまでと同じように死ぬだけだった。

その後はどんな風に努力をしても、やっぱり同じ結末しかなくて、すぐに婚約者に対して持っていた愛情はなくなった。気付く間もなくその感情は嫌悪に変わったし、何より顔を合わせたくもないと思うくらいには拒絶する気持ちが大きかった。


(関わらずに済むのなら、私はこの世界から消えてもいい。ううん、消えたい!)


 そう思うくらいには、私はこの繰り返す世界を、自分という存在を、疎ましく感じてきたし、受け入れられなくなっていった。


 この世界が繰り返していると気付いてから、数えきれないくらい何度も繰り返し続けてきた。そして、その中で私は自分の価値など何もない、ただこの世界の主役かもしれないステファニーとアーヴィンの二人を引き立てるためだけの役割を与えられているに過ぎないのだと、ぼんやりとだけど思うようになっていった。

 生きることが既に死んでいるような毎日で、でも自分で死を選ぶことも出来なくて、殺されるのをただ待つだけの、そんな日々に私はもうとっくに心は死んでいたんだと思う。

でも、私はこの世界に強制されることがそれなりにあって、だからそんな自分の心とは裏腹に泣いたり、笑ったりしていたから、私の心に異常があるだなんて誰も疑わなかった。


 どうしても行きたくないお茶会や学院の行事、その他にも色々あるけれど、それらを休むためにつまらない些細なことから、本気で死ぬことを想定したようなことまで、試せるものは全て試してきた。

 馬車の前に飛び出してみたり、屋敷の三階のバルコニーから飛び降りてみたり、学院の大階段からも飛び降りるように落ちてみたり、崖から飛び降りようとしてみたり、屋上に行けたなら、きっと飛び降りることも考えたと思う。

馬車の前に飛び出した時は、馬がうまく私を除けていったために、傷一つなかった。バルコニーから飛び降りた時は、屋敷近くに植えられていた木の枝が私の体を受け止めるように落下していく私を受け止め続けたことと、地面には芝生が植えられていたことで叩きつけられることなく終わってしまって、落ちた時に少しは体が痛かったけど、それだけだった。大階段で落ちた時は、近くにいた令息が助けてくれて、実は落ちた、というよりは階段を踏み外しただけで怪我もなかった。崖から飛び降りようとした時は、飛び降りる以前に常に引き留める人がいて全く出来なかった。

 他には、眠れない日が続いたことがあった時には敢えて眠らないようにして、体調不良になるようにしてみたり、真冬には薄着のまま外に出て風邪をひくこともあった。でも、すぐに治ってしまう。

よくしたことは、自分の肌を傷付けられるものであれば迷うことなく腕に宛がったこと。でも、薄く皮膚一枚を切ることはあっても、血が滲むことすら稀だった。

ペーパーナイフも、普通のナイフも、絵画の道具にあるパレットナイフも試した。絶対に切ることが出来ないようなものも試さずにはいられなかった。当然切ることが叶わないのだから、せめて自分の肌に痣でも作れればいいと、力いっぱいに叩きつけたりもした。

でも、痣一つ作れたことすらなかった。稀には一見傷が付いてないような負傷はあったけれど。骨に罅が入るような。痛みは感じても傷が残るようなことは何一つなかった。

結局、この世界で私という存在が傷付いていいのは、最後の瞬間だけだと宣言されたようにも感じた。

 だから。私は、生きることはただ無為に時間を消費して、ただ殺されるのを待つだけのものだと…ただそう理解するに至った。


 そうして、前の生で、私以外にこの世界が何度も繰り返し続けていることを知っている人と出会った。

その人は貴族学院での友人の御令嬢と婚約をしている令息だった。

名前はトニー。この世界で、ファーストネームを認識できるのは、自分自身、婚約者、そして婚約者の恋人となる男爵令嬢、私の侍女。彼ら以外ではファミリーネームでなら認識は出来てもファーストネームは分からない。

だから、トニー様との出会いは私にとって有り得ないことの一つだったし、全てだとも言えた。


 §


 トニー様と出会って、私の生きるこの世界が変わった気がする。


 本来ならどんなことがあっても、私がアーヴィン様に殺される以外の方法で、この世界で死ぬことなんてないと思っていた。でも、前回は…私の意思で、自らを殺した。死ねるだなんて全く思いもしなかったけれど。

私は自らの体に傷をつけた瞬間、痛みよりも苦しさよりも、ただ解放感しかなかった。

やっと自分の望み通りに動けたことへの感謝もあった。けれど、ただただ殺されるという終わり方ではないことに対し、本当に解放されたんだという実感が占めていた。

 トニー様との出会いが切っ掛けだったと言うのなら、彼に感謝の気持ちしかないと思う程に。もしかしたら、彼が私にとっての神のような存在かもしれないとすら、死の間際に思いもした。

だって、彼との出会いがなければ、きっと…前回も、今回も、今までと何も変わりない日々が続いていただろうから。

 私という人間はただ呼吸をして、ただ筋書き通りの台詞を言い、用意された通りの行動をし、殺されればいい、そんな立場を続けるだけだっただろう。


 アントニア・グリフィスという一人の人間が、()である必要性もない。()()()()がアントニアでも良かったのだから。…でも、アントニアは私のままだった。

トニー様は言っていた。彼はずっとモブだった、と。そして常に立場が変わり続けた、と。

だったら…私だって、アントニア以外の人物になってみたい。殺されて終わる人生だけなんて、嫌だもの。

 そんな些細な思いすら、叶うはずがないことは知っている。私はアントニアでしかないのだから。今まで一度だって、別の人間の人生を僅かでも、たった一分だけでも生きたことすらないのだから、トニー様のようにはなれないことは分かり切ってる。

でも、思うだけなら自由だわ、と…考えることすらなかった。考えてしまえば、そんな願いに囚われてしまえば、私はきっと十三歳の朝、目覚めた瞬間から絶望しか抱けない。そして、日々死を願うようになるだろうことも分かってるから。

そんな風に生きていきたくはない。アーヴィン様のことは、嫌い。でも、ただ婚約を解消してくれさえすれば、私と関わらないようにしてくれさえすれば、私はそれでいい。

ステファニー様のこともそう。私に関わらないでくれるだけでいい。私は二人の邪魔なんてしないもの。

 ひっそりと、一人穏やかに辺境の地で暮らしていくだけでいいの。二人に関わらないようにただ皆に忘れられて、それで幸せになれる。

私はそう思ってた。それすらもう叶うはずのない、願いだと知っていたけど。


 ただ自分の存在が辛くなるような願いを抱えながら、何度も繰り返していた世界でトニー様と出会った。

彼は、彼だけは、ずっと私のことを考えてくれていた。

アーヴィン様が夏季休暇でステファニー様と逢瀬を重ねていた時も、婚約者と二人で私の横でいつだって支えてくれたのは前回のこと。あの時のトニーは婚約者を大事にする役割だったから、当然最優先するのは婚約者の彼女。でも、私はそんな二人を見ていると幸せだった。二人が幸せそうに笑う様に私が幸せを分けてもらっていた。だから、二人が傍にいてくれたこと、今でも感謝している。

何よりトニー様があの時、アーヴィン様の友人でいることを拒絶してくれたから、私の悪い噂も否定的に捉えてくれる人達が多かった。

 そして今世では、私の義兄として寄り添ってくれている。

私と顔を合わせる時は、いつだって私を励ましてくれるし、褒めてくれる。自信のない私をいつだって精一杯掬い上げてくれる。

暗い水底からキラキラと日の光が反射する水面を見上げているような私を、いつだって手を差し伸べて、引っ張り上げてくれる。

明るい光の側に行くことすら怖い私のために、私のいる場所まで来てくれて、その場で抱き締めて、水面へとそのまま連れて行ってくれる。それがお義兄様だ。

 私が…もし、水底で沈んだままでいたなら。

きっと私は自分が呼吸出来なくなっていることすら分からないまま、だったと思う。


 もし、私が生きることを諦めずにいられるのなら、それはお義兄様のおかげだ。

私は私のことを信じられない。生きることもどうでもいいと…思う瞬間が、いくらでもある。

アントニアでなければ、きっと…普通に生きることを楽しめただろうし、未来も信じていられた。だけど、私はアントニアだから。

ただ、殺されるためだけの存在だから。

アーヴィン様とステファニー様を邪魔するだけの、そして殺されていくだけの、ただの抜け殻になるだけ。

…こんなことなら、この世界が繰り返し続けることに気付かなければ良かった、と何度も思った。

でも、お義兄様と出会えたから。この世界が繰り返していることに気付けて良かったと、今は思ってる。


 挫けそうになる気持ちは、きっと私の弱さのせい。だけど、今は生きていきたいと思ってる。前を向いていたい。水底に沈んだままでいたくない。

水面から顔を出して、日の光を浴びたい。私だって生きていいんだと証明したい。

ただ殺されるだけで終わりたくない。

 そう思わせてくれたのはトニー。


ただ、私の隣で「私が私のままでいい」んだって教えてくれたから。


私が生きてもいいんだと教えてくれたから。


私が生きていくために、私以上にたくさん考えてくれるから。


だから。十八歳から後の時間を、生きたいと望んでもいいわよね。

お読みいただきありがとうございます。

あと2回、アントニアの日記になります。

読み辛いかも、と思いながら、案外日記って思うがまま書き殴ったりするものじゃないだろうか、と考えて、読み辛さを無視してみました。

そこはちょっと考えなさいよ、と一人突っ込みは一応しましたけど。

本来のツッコミ担当がいないので、自分で突っ込んでみても「まぁいいじゃなーい」ってなる未来しかなかったオチです。


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どうぞよろしくお願いいたします。

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