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手にすることのない未来   *side:アーヴィン*

 僕が婚約したのは、五歳の頃だった。相手はグリフィス侯爵家の令嬢だ。

エクルストン公爵家とグリフィス侯爵家の祖父同士の友情の延長線に、本来なら子供同士が婚約出来るといいだろう、という話だった。

実際には祖父の子供は男しか生まれなかった。またグリフィス侯爵家も同様で女には恵まれなかった。

仕方ないと祖父は考え、そこで婚約なんて話を切り離してくれれば良かったのだろうけれど、婚約の話は孫世代にまで引継がれることとなった。

幸か不幸か、いや最終的には不幸に終わったと思うのは僕…だけなのか、いや、アンもそうだったのだろう。

エクルストン公爵家にはやはり男しか生まれず、けれどグリフィス侯爵家には女が生まれた。しかも同い年だ。祖父達が喜んだのが容易に想像出来た。

 僕達が初めて会ったのは、四歳か五歳くらいだったと記憶している。

その日は晩秋にしては風もなく、日差しが暖かい日だったからよく覚えている。

掃き出し窓が大きく光を取り入れている応接間で、グリフィス侯爵一家を待っていた。

 部屋に案内され侯爵夫妻とアンが応接間へと入ってすぐに両親と挨拶をするのを見ていた。そして僕の順番だったというのに、ただただ僕はアンに見惚れてしまっていた。


「ご紹介いただきました、アントニア・グリフィスです。アーヴィン様、よろしくお願いします」


 アンがスカートを摘まみ、愛らしく淑女の礼をしてみせた。

ミルクティーブロンドの柔らかな色合いの髪は艶やかで、触れたらきっとサラサラと手触りがいいのだろうと想像出来た。そんな髪をハーフアップに結いリボンで飾っていた。

アンの小さく形の良い唇は淡いピンクに彩られていて、健康的とも思える仄かに赤く染まって見える頬が僕にとっては印象的に映った。

茶色に見えた瞳は光の加減でオレンジが強いことに気付く。それがアンの瞳をキラキラとさせる原因になるというのは、その後一緒に遊ぶようになって知ることだった。

 僕は一瞬遅れてグリフィス侯爵夫妻とアンへと挨拶を返した。

その後はただただアンのことばかりを見つめてしまっていた。


 それからは、僕とアンが定期的に会えるようにとエクルストン公爵邸とグリフィス侯爵邸を互いに行き来するようになった。アンに会うのはとても楽しみで、いつも時間があっという間に過ぎてしまうという印象だった。

だから、別れ際はいつも寂しかった。初めてアンと会ったその日に、僕はきっとずっと一緒にいたい子だって思っていたんだ。

 それから婚約の話を聞いて、それが結婚をするための約束を示すことで、結婚というのは大人になったらずっとずーっと一緒にアンと二人でいられるようになることだと教えてもらった。

そうだ、もう遊んだ後にさよならしなくてもいい、別々の家に帰らなくていい、一緒の家で過ごせるということだいうのも知った。

だから僕はアンとの婚約を喜んだ。絶対にアンと結婚したいと思ったし、アンと婚約するのは当然だとも考えた。そして何より僕はあの日、アンがとても可愛い女の子なんだってことに改めて気付いてしまった。

 目がパッチリと大きくて睫毛が長いこととか、その目元が少し下がっていて、それがとても優しいアンの性格とピッタリだと思った。

小さな口は可愛くて、ついキスしたくなると思った。

ミルクティーみたいに優しい色の真っ直ぐな髪が艶々ときれいで、風に揺れるのを見るのも好きだ。

茶色の瞳は、光の加減でオレンジから金色に見えることもある。それが不思議でよくアンの瞳を見てしまうのだけど、アンは僕が人の目を見て話す人だとしか思っていないようだった。

アンの瞳が綺麗だから見ているだけなんだけど。

女の子らしく大人しい、それに優しいアンは、案外お転婆で元気に走ることがよくある。芝生の上で寝転んだりなんてこともよくある。

だから、女の子らしくはあるけど元気な女の子でもある。

 僕はそんなアンも好きだった。大人しいだけじゃない、僕と一緒に行動してくれることが嬉しかったからだ。

それが成長すると共に、そういう時間は変化していった。

 アンは、徐々に静かにする場面と、元気に振舞う時間を分けるようになった。そして、それが段々静かにするようになっていった。気付けば貴族令嬢としての振舞を完璧にしていた。

僕もまた貴族令息としての振舞を身に着け、アンと同じように紳士として振る舞うことを常とするようになった。


『僕達はお似合いの婚約者になれてる気がする』


そんな風に考えるようになる一つでもあった。

その頃には二人で過ごす時間は、婚約者として交流するという目的がメインになっていたけど、二人きりで過ごすことの出来る時間だった為、僕はお茶会がとても楽しみな時間となった。


『アーヴィン様と一緒に遊ぶ時間が楽しいから、とっても好きです!』


 そんな風に言いながら、可愛らしく笑うアンが本当に好きだった。だから、お茶会も二人で一緒に過ごすのだから、アンも僕と一緒なら楽しんでくれてるんだろう、そう思うようになっていた。

 そんなこと…直接アンから聞いたわけでもなかったのに、どうしてなのか僕はそう信じ切っていた。

アンからあんな風に言われるまでは。


「……アーヴィン様、私ずっと思ってました。どうして、いつも、アーヴィン様は二人のお茶会で、何も話をしてくれないのだろう? って。

アーヴィン様は、私の何が良くて婚約を続けているのですか?」


 僕は頭を強くガンと殴られたような感覚を受けた。


(ああ、アンは僕と二人の時間を、もしかして…楽しいとは思っていなかった?)


それを考えるには充分な言葉だった。


「あ、え? 何も話を…しなくても、僕はアンがいれば……幸せ、だから……」

「…幸せ? ただ黙ってお茶を飲んで、お菓子を食べるだけの時間が、ですか?」


 あの時やっと口に出来た言葉に、アンは躊躇いもなく僕に大きな楔を打ち込んだ。

アンはただ淡々と静かに言葉を紡いだけど、僕にはそれがアンからの拒絶の言葉に聞こえた。

その後の事は、あまり覚えていない。アンから婚約を解消してほしいと言われたのは覚えてる。でも、どういうことを言われたのかは、あまり…。

ただ混乱した頭で、アンのことを愛していることだけは伝えた、と思う。アンが僕の隣にいなくなることが理解出来なかったし、そんなことがあるはずもないと思っていたから。

 でも、僕の想いはアンには届くはずがないのだと、突き付けたのはアンの義兄となったトニーだった。

彼は…もしかして、アンの言っていた好きな相手なんだろうか。…多分、そうなんだろうな。

だって、トニーを見るアンの目は信頼する者を見る目だったし、何より…僕に向けられたことのない目だった。

 彼は言葉で伝えなかった僕を痛烈に批判してきた。今となってはそれはとても当たり前のことだと思う。でもあの日、彼に言われたことは酷く僕を苛んだ。


「それじゃ、アンの好きな花が何か知ってますか? その花の中でも特に好きな色は何か知ってますか? 好きなスイーツは? 苦手なものは? 普段どんなふうに過ごしているのかは?」


 この言葉に、正直僕自身驚いた。僕が本当にアンのことを知らないままもう何年も過ごしてきたことを理解した瞬間だったから。


「アーヴィン様は、どれも知らないのではないですか?」


 僕のことをどうして知ってるの? そう思いもした。けど…言えるわけもなかった。今思い返すだけでも苦しくて仕方ない。

判ってる。判ってるんだ。僕が独り善がりでアンのことをまるで考えてこなかったんだってこと。それを突き付けられたんだってことも。


「本当に大切な人なら、自分だけが幸せで満足してちゃダメだったんじゃないですか? 相手とその幸せを分かち合えない時点で、自己満足でしかない関係なんですよ。

相手のことを一番に考えてこそ、なのではないですか?

そして何よりも言葉で伝えあわなくちゃ、お互いの気持ちを理解出来ないまま、ってことは…今回のことで学べましたよね?」


 彼の言っていることは、間違ってないし、否定も出来ない。でも、あの時迄僕は…それをまるで理解していなかった。だから、言い返せなかったけど、本当は叫びたかった。


『それでも、アンのことが好きだ。愛している』と。


 でも、彼が続けて口にした言葉は、もう何もかも遅いんだって理解するには充分だった。


「これは僕個人の感じたことなんですがね。アーヴィン様は、本当にアンのことが好きでしたか?

本当に好きな子のことは、何だっていいから知りたいと思うものなんですけど。

アーヴィン様はどうでした?」


ああ、そうか。僕は自分がアンを好きだという気持ちがあるだけで、満足してしまっていた。相手が自分と同じ気持ちなんだと、常に自分と同じように想うものだと勘違いしてきたんだ。

しかもずっと幼い頃の彼女が、今もあの日と同じように僕といる時間が楽しいと思ってくれていると。

だって、アンの気持ちなんてどうでも良かった。アンは僕を好きなんだから、僕がアンに気を回したりして気を惹く必要なんてないと考えていた。

 だけど、実際にはダメだった。アンは、もうずっと前に僕を見限っていた。

しかも、好きな人がいるとも言った。きっとトニーがその相手で、トニーは…アンをいつも守る為に動いていた…から。


「そ、うか。もうずっと…僕のことを邪魔だと、考えていたんだな。アンのことを大事にしないのに、婚約者に収まってる僕を…許せなかったの、か…。ははは、はは」


 なんて僕は愚かだったんだろう。

アンのことを好きだと、愛してると、そう思っていたのに。

実際には誰よりもアンを大切にして守っていたのは、義兄のトニーじゃないか。一番近くにいたのは僕だったのに、その一番を知らないうちに奪われていただなんて。

本当に僕は…ただの間抜けだ。

 それでも、アンのことをずっと好きだった気持ちは嘘じゃない。ただの独り善がりのダメな奴が僕なんだろうけど…それでも、アンを好きになってずっと一緒だった時間も、あの時間に感じてきた気持ちも嘘じゃない。

 もうアンを取り戻すことは出来ないけど、アンが僕と過ごした時間をこれ以上後悔しないように、前を向くしかない…よね。

もう情けない姿をアンに晒したくない。

あの可愛い笑顔を僕に向けてくれることがなくても。

僕がアンに出来る精一杯は、いつかアンが僕のことを思い出した時に、少しでも婚約を解消したことを後悔する気持ちを持つような自分になること。

 確かにあの日、アンは言ってくれたんだ。


『アーヴィン様と結婚するの、とっても楽しみです!』


僕もあの言葉がすごく嬉しかったし、同じ気持ちだったから。

だから…あの日、エクルストン公爵家の庭園を二人でたくさん走り回って、疲れて、木陰になってる芝生の上に寝転がって、アンが眠り込んでしまって…。

そんなアンが可愛くて、触れたくて、思わず初めてキスをした。

アンは眠っていたから知らないけど。僕にとっては…大事なことなんだよ。

誰より好きだった。

二度と会えなくても、好きだったことだけは…消えないから。

本当に、ごめん。


僕がバカだったばかりに、アンをずっと…縛り付けるだけで……。


謝って済むのなら、何度だって言うけど。でも…アンの心は僕には、もうない。

そう考えるだけで、苦しくて仕方ない。生きていくのもツライ。でも、僕は僕のしてしまったことに責任を取らなくちゃいけないから。


アン、いつか…ずっと遠い未来でいいんだ。

またアンと向き合える、かな。

ただ幼い頃ずっと一緒にいられたあの頃みたいに、また一緒に過ごせるかな。


どうして僕は大好きな人を、誰よりも大事に出来なかったんだろう。






本当にバカだ。

お読みいただきありがとうございます。

アーヴィンだけが大事にしている秘密の出来事をひっそりと置いてみました。

前回のざまぁとは違う方向なので…これもある意味フラグ…。フラグ?

関係ないですけど、アーヴィンとアントニアの前にステファニーが登場しない世界も考えてみてました。

…やっぱりアーヴィンはアントニアに最終的に避けられるような…気が、するんですよね。

で、それを結婚してからアントニアと幼い頃に互いに持っていた気持ちを取り戻す…感じで。

うん、トニーに怒らr…いや殺されるかもしれないので、ここだけの話です。


次からアントニアの日記を覗き見ですよ。先に謝っておきます。

『日記なので、文章がかなり…気分次第で書いてる感満載』です。読み辛いかも…です。

ご容赦ください(*_ _)人


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