婚約の解消 6
~*~ 前回のあらすじ ~*~
婚約者と共に招待されたお茶会に参加したアントニアは、お茶会で婚約者に置き去りにされてしまうという強制力の働く日のため憂鬱な中過ごしていた。
そしてトニーは、アントニアに起こる出来事を分かっているため、お茶会の会場となっている邸宅に迎えにくる。
それと同時に、このお茶会でのアーヴィンの行動を利用してアントニアとアーヴィンの婚約解消を推し進めようと考える。
前回の投稿から時間が空いたので、前回のあらすじ入れてみました。次は…ない、です。
また投稿再開します(*^^)
「お義兄様、なんだか使用人の皆が落ち着かない様子ですけど…どうなってるのか、御存知ですか?」
現在アントニアの自室にいるのは、部屋の主アントニアと義兄のトニー。それから侍女のドリーだ。
お茶会の日以来、ベッドの上の住人と化したことになっているアントニアが座るソファの横で、しれっと返事をするのは義兄のトニーだ。
「お義父様がアントニアの婚約のことを考え直しているらしいよ」
「!?」
「先日のお茶会の後だけどね。エクルストン公爵様にアーヴィン様のことをお伝えしたんだよ。
当然だけど、お義父様とお義母様にも話したよ、あの時何があったかをね」
「…そう、なの」
「今までアンが婚約者から置き去りにされたという噂が広がってから二人に伝えていたと言ってたじゃない。だからその前にキッチリとね。
お義父様、かなりご立腹だったな。アンがショック受けて寝込んだってことにしたのもお義父様だしね」
トニーの言葉にアントニアは、一瞬考え込んでしまった。
「…つまり、あのお茶会の後のことが……今までと違って、きた?」
「そういうことかな。多分、僕がアンと一緒にいるようになったから、変わったんじゃないかな」
「そう…、そういう…。お義兄様、ありがとうございます」
「うん、僕達は家族でしょ。それに何より恋人同士だ。だからアンの為に動くのは当たり前だよ」
「ありがとうございます」
アントニアは隣に座るトニーの肩に頭を預けて、目を閉じた。
義兄であり恋人となった人の匂いをそっと吸い込む。彼から香るのはきっと石鹸に使われているベルガモットのそれ。でもトニーの香りも混じり合うそれは、アントニアにはただ心地よく穏やかな気持ちになれるものだった。
訳も分からず状況が見えない中で彼から話を聞いて、ただ自分の為に動いてくれたこと、そしてそれを当たり前だと言ってくれたことが、とても嬉しかった。
ただそれだけのことなのかもしれないが、もうずっと殺されることだけがアントニアに課された仕事のようになっていた今までを思えば、彼女にとってはこの上ない多幸感に包まれるものだった。
トニーは彼女の肩を愛おしそうに、包み込むようにそっと抱いた。そして、改めてアントニアを守るのだと心に強く決意していたのだった。
そんな二人を見守るドリーは、自身の仕える主であるアントニアが、初めて幸せそうに笑う様子を見たように感じていた。もうずっと幼い頃から見守ってきたのに、こんな風に穏やかにする主を知らない。
もしかしたら、婚約者のことでずっと辛い思いを抱えて来ていたのだろうか? それを誰にも悟られないようにとしていたのだろうか? そう考えて、自身が頼りないばかりに愚痴すら溢せなかったのかもしれない、と思い至る。
そんな主が義兄となった、しかも恋人になったトニーという人物のおかげで幸せそうにしている。その事実がとても重要で、だからドリーは二人が真に結ばれることを願った。
§§§
アーヴィンがお茶会の日、アントニアを忘れたように別の令嬢と消えたあの日、トニーが、アーヴィンが何をしたのかエクルストン公爵へ手紙に認めて伝えたあの日。
エクルストン公爵が嫡男であり、将来を嘱望されるはずの自身の息子に対し、感情を殺して話を聞いていたのは、きっとアントニアという令嬢を本当に可愛がっており、未来の娘になるのを楽しみにしていたことも大きかった。
「アーヴィン、今日のお茶会で一体何をした? トニー君から連絡をもらって驚いたんだが」
「え?」
「初めて会う見知らぬ令嬢と一緒に、帰ったのだろう? しかもアントニア嬢を置き去りにして」
「……ぁ、それは…」
「ちょうどトニー君がアントニア嬢を迎えに来ていたそうだ。だから、全て見ていた、とわざわざ知らせてくれたわけだが」
「っ、…申し訳ございません。あの時…どうしてなの、か。あの令嬢を…送っていかねばならな、いと…感じてしまって。何かに急かされるような…感覚のまま、送っていきまし、た」
「それで、アントニア嬢のことは忘れた、と」
「! ち、ちが…ぃ」
「実際そのまま屋敷に戻ってきているのだろう? それなのに、忘れたわけではない、と?」
「……っ、」
「もし、トニー君が迎えに来ていなかったなら、アントニア嬢はどれ程の心の傷を負うことになったと思う?」
父親である公爵の言葉はとても穏やかな口調だった。だから、知らぬ者であれば公爵が息子を諭すために口を開いているのだと勘違いしただろう。
が、息子であるアーヴィンは判っていた。公爵が激怒していることを。
公爵の人柄は穏やかで人当たりがいいというのが一般的ではあるが、決してそれだけの人物ではない。この国の要職を担う立場にいるのだから当然と言えば当然だった。
決して感情を表に出すことのない公爵は、誰に対しても穏やかに接するような人物だった。だからこそ、感情的になりそうな場面では、殊更静かに穏やかに表情は落ち着いていく。そして、いつにも増して口調も優しくなる。
今まさにその状況にあるのだと、アーヴィンは感じていた。
アントニアのことをとても可愛がっている両親を常に見ている。だからこそ、彼らにとっては「まだ」娘ではないが、「必ず」娘になるアントニアが可愛くて仕方ないのだ。
そんな可愛い娘が自身の息子のために、嘆き悲しみ心痛のためにお茶会から戻ってすぐに寝込んでしまった、と聞けば感情的な公爵が出来上がっても仕方がなかった。
アーヴィンはただ自身の行為の結果を、受け入れるしかないことを理解していた。が、どうしてあんな行動をしてしまったのかは、自身でも理解しかねていた。
それがこの世界の強制力の為であり、決してアーヴィンに非はない。けれど、誰もそんなことを理解出来るはずもない。
そんな公爵邸でのやり取りがあり、アーヴィン自身がアントニアを酷く傷付けてしまったのだと理解した直後ペンを取っていた。そして翌日には謝罪の手紙が届いていた。
その手紙を前に、戸惑うように封を切ることもなく手紙と対峙しているのがアントニアだったが、結局は封を切り手紙を読んだ。
以前はお茶会でのことで婚約者から謝罪の手紙が届いたことはなかった。アントニアの不名誉な噂が広く流れた後にアントニアが侯爵夫妻から問われ、当日のことを伝えるという経緯をたどっていたこともあって、エクルストン公爵に確認をすることが遅くなったという事実もあって、婚約者からは手紙ではなく花束とお菓子を贈られて、アントニア自身はそれを自室には飾ることもなかったし、お菓子は使用人達に渡していた。
「…お義兄様、読んでください」
「いいの? 読ませてもらうね」
アントニアの部屋で、トニーと仲良く並んで二人掛けのソファに座っている。アントニアから手渡された手紙を受け取りながら、トニーは便箋に目を落とし始めた。
アントニアは婚約者の言い分が理解出来なかったが、きっと強制力のせいで彼自身が身動き取れない状態にあったんだろうというのは、手紙が届かなくても理解はしていた。
が、前回までは翌日にアーヴィンから何か反応があるということはなかった。間違いなくトニーがいたから起こったイレギュラーだとアントニアは感じる出来事だった。
「えーっと…親愛なるアントニア嬢へ。
……挨拶は読まなくていいか。本題は、と。ここからかな。
何々? お茶会の件のことだけど、本当に申し訳なく思っています。
婚約者のアンを置いていってしまったこと、どうしてアンを思いやれなかったのか、酷く後悔しています。
しかも、アンがあの後倒れてしまったと聞いて、何も手に付かず、とても心配しています。
大丈夫ですか? 僕達の間に大きな誤解が生じてしまったと感じています。良ければ、直接話をしたいと思っています。
アンが許してくれるのであれば、話をさせてほしいと思っています。
僕は自分の気持ちをアンに捧げています。けれど、今回のことできっとアンを酷く傷付けただろうし、アンを苦しめたと思います。
許してもらえないかもしれない、とも思っています。けど、アンとずっと一緒に生きていくのだと思っているのは本当の気持ちです。
だから、チャンスをもらいたいのです。
君のことをずっとずっと想っています。ただ一人の相手だと思ってます。
……ふぅん。アンのことを想ってるって書いてるけど、言い訳したいから会いたいってことか。
で? アンは会うの?」
「……会いたくな、いです。でも、会って言わないと…ダメ、だと思ってます」
「そうだね。もし会うというなら、僕も立ち会う方がいい気がするんだけど…一人でがんばる?」
アントニアは、眉尻を下げ、酷く困惑した表情を浮かべてはいたものの、緩く頭を左右に振っていた。
「…無理、です。アーヴィン様の顔、見たくないで、す。だからお義兄様と、一緒が…いいです」
「了解。だったら、お義父様とお義母様にも伝えないとね。多分、お二人もアーヴィン様とアンが二人きりで会うのを嫌がると思うし。僕は立会人程度の感じで一緒にいるって形にはするけど、アンのこと全力で守るから大丈夫だよ」
「お義兄様、ありがとうございます」
トニーはアントニアの頭を抱えるように優しく腕で包み込んでいた。アントニアが彼の肩に頭を凭せ掛けるようにすると、髪を優しく撫で始めた。
「やっぱり…毎回お茶会で二人きりで過ごすのは、辛かったの?」
トニーの問い掛けに一瞬動きが止まったようになったアントニアだったが、小さく頷いていた。
相変わらずトニーは彼女の髪を撫でている。
「そっか。それじゃ、仕方ないかな。最初からアーヴィン様には勝つ要素がなかったってことだし…途中参戦の僕がアンを掻っ攫って行くのも当然ってことだよね。
良かった。僕とアンが遠縁で。でなければ僕達は出会えなかったんだから」
「ええ」
二人は同じ空間にいるドリーに見守られながらも、優しい空気の中静かに時間を過ごした。
お読みいただきありがとうございます。
お盆明けすぐに投稿出来て良かったー!! とか思いながら、一息ついてるところです。
次の投稿は翌週月曜の予定です。
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トニーが色々本音を漏らしてますが、今後もちょいちょい漏らします。
こんな性格だったっけ? と少々悩みつつ、でも今まで色んな立場でいた人だから、なんでもありか! と、納得した作者です。
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どうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>
 




