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婚約の解消 4

 トニーとその義母となったグリフィス侯爵夫人との話し合いの後、案外すぐに行動に移したのは夫人の方だった。そのことに気付いたトニーが夫人に話し掛ければ、夫人は笑ってこう言ったのだった。


「根回しは何事にも必要なものよ」


 肩を竦めることしかトニーは出来なかったが、それでも夫人の様子から侯爵の態度は決して悪い結果にはならないだろうと想像できた。

そして、トニーはアントニアに日々寄り添っていた。


 普段トニーは王立貴族学院に通っている。平民として育ったトニーは、他家の令息令嬢から侮られることも多かったが、前回までの様々な立場で学んできた記憶があるおかげで、学習面ではそれなりに良い結果を残し続けていた。

その事もあり妬んだ学生達から様々な事もされていたようではあるが、トニー自身は過去の経験からスルーすることも出来たし、何を言われようとも気にもしていなかった。

そういった学生達をトニーが眼鏡越しに見る様子は、相手にとって見下されているように感じるらしく、当たりが余計に強くなる原因ではあった。

 ただ、グリフィス侯爵という後ろ盾は案外大きく、彼自身の容姿の良さも手伝ってか、彼を取り巻く環境は決して悪いだけのものではなかった。


 そんな学院での日々を過ごしていたが、全寮制ということもあり平日はアントニアと過ごせないことにストレスを感じているトニーではあった。けれど、週末は必ず屋敷に帰りアントニアと過ごしていた。

 そんな矢先、アントニア宛の招待状を見て彼女は眩暈を起こしたのだが、その招待状の送り主にトニーは前回のこのお茶会のことを思い返して頭が痛くなった。

 前回のトニーはアントニアと同い年だった為、この招待状をトニーも受け取っており、実際に婚約者と一緒にお茶会に参加していたのだ。

 お茶会の主催者は決して悪くないのだが、様々な意味でタイミングが悪く、アントニアにとっては最悪のお茶会になっただろう、とトニーは思案した。

このままでは、このお茶会でアントニアは酷くバツの悪い思いをさせられることになるだろう。しかも、目の前で婚約者が他の令嬢と一緒に消えるのだから。

まるでアントニアがいない者のような扱いだったはずだ。勿論、同じようなことになれば…きっとトニーもその令嬢に手を差し伸べることにはなる。

だが、婚約者を放置するなんてことは絶対にしない。自分だったら有り得ない、と思ったことを思い出したのだ。だから、アントニアがあのお茶会に参加したいと思うはずがないのだ。


 アントニアがまだ気持ちが落ち着かないのか、ベッドで横になっていた。トニーはアントニアを心配しやってきていたわけだった。

そんなベッドで横になっているアントニアはトニーに告げたのだ。


「あのお茶会は、私にも強制力を与える時間です。だから行きたくないと思っても、行くしかありません。

例え私がお茶会の時間までに大怪我をしていたとしても、そんな状態でも行くという選択肢しかない状況に陥るんです。何度も試したから、もう諦めてます。

けど…すっかり忘れてました。お義兄様といると嫌なこととか全部頭から抜け落ちるみたいで…。気を付けなくちゃ、ですね」


 アントニアがどんな状況、状態であっても強制力のある場面であれば、否応なしにその場面に行かなくてはいけなくなる。大怪我、と言っていたアントニアが過去にどれほどの無茶をしたのか、知りたいのと同時に知りたくないと思ってしまったトニーだった。


 トニーが寮へ戻るために週明けの朝早く屋敷を出るのだが、その朝にアントニアと約束をしていた。


「アン、あのお茶会だけど…僕も行くよ。幸いにも週末に開かれるだろう? アンを迎えに行くという形で時間を見計らって行くからね。

そうすれば、婚約者の彼が消えたとしても僕がアンを守れるから。それに…()()()()()()()()()()()()()()()()()()って思うしね」

「お茶会に迎えに来てくださるんですか? 嬉しいです! 本当はお義兄様と御一緒したいですけど…パートナーのいない人は参加出来ないお茶会ですから、無理ですものね。

でも本当…嬉しいです。お義兄様が来てくださるならアーヴィン様のことを考えなくて済みますし、何より安心出来ます」

「良かったよ。それじゃ…迎えに行く時間は少し早めにするよ。彼がアンを無視するのは許せないけど、それを僕が見ているほうが婚約解消を願い出るさいに有利に運ぶだろうしね」

「! そうですね! 婚約がなくなってくれるなら、今回のお茶会も決して悪いものではないですね。ちょっと楽しみになってきました」

「うーん、アンが嫌な思いをするって分かってるから、決して楽しいものじゃないけれどね。でも、僕達が婚約出来るようになる切っ掛けの一つだろうから、当日はなんとかがんばろう。きっとアンの側にいるからね」


 アントニアとトニーは、気付けば互いに手を重ねるように気持ちを重ね、時間を積み上げるように互いの言葉をたくさん積み上げ、お互いがお互いを想い合う関係なのだと確かめ合ったばかりだった。


「お義兄様、私こうしていつも励ましてもらって、助けてもらえるって分かるから、本当にそれだけで幸せですよ」

「そう? 僕は足りないんだけどな。でも…僕達は婚約してるわけじゃないし、今は兄妹としての距離感を保たないとね」


 手をふいに繋いだトニーに、驚いた顔をさせたアントニアだったが、よく見ると頬がいつになく紅潮しており、酷く照れていることが見て取れた。


「アンは本当に可愛いよ。僕だけのお姫様だからね。絶対彼なんかに触らせないで。今まで誰も触れていないここは僕のものだからね」


 トニーの言った『ここ』とは、アントニアの唇だった。軽く頬に手を添えるように置いたトニーが親指でアントニアの唇を撫でていた。

更に赤く染まったアントニアは、トニーに対し目を強く瞑ったまま抗議の声を上げた。


「お、お義兄様!! ……」


抗議の声のはずだったが、結局は言えなかったようだ。恥ずかしいからやめてください、と。

トニーはアントニアにクスクスと笑いながら、ベッドの上で頬を染めただけでは足りないのか、首まで赤く染まってしまったアントニアの額にキスを落とすと、トニーは退室していった。



 §§§



 使用人達の間で、トニーとアントニアがどう噂されているのかは、容易に想像出来るものだった。

トニーがアントニアを甘やかす様や、愛でたり守る様はたった一人のお姫様を守る騎士のようだ、と恋愛小説を好む侍女達を中心に噂されるし、婚約者のアーヴィンの態度を直接見聞きしている使用人達の間では、アントニアがトニーに大事にされて安心した、という者が圧倒的だし、それらを知らなくても二人の義兄妹が仲睦まじく過ごす様に癒される者が多いためか、二人が結ばれることを望む者が非常に多い。

 因みに、トニーに懸想した使用人達がさり気なくトニーから排除されている事実を知っているのは、執事長と侍女頭、それとグリフィス侯爵夫妻だけ。


「アンに被害があってはいけないからね、そんな使用人は不要だろ?」


 アントニア至上主義と言わんばかりに、トニーはアントニアの安寧の為に動いていた。だから、トニーが彼女を裏切るなどということがないのは誰でも知っていることだった。

そんな彼がすることであれば、間違いないと皆が判断しているのだから、トニーの振舞がどれ程のものか分かるだろう。


「ねぇドリー! アントニア様とトニー様ってどうなの? お二人を見てれば、お互いにお気持ちがあるのは分かるのだけど、アントニア様は婚約されてるでしょう? どうなってるのか気になるのよ。ドリーなら聞いてるんじゃないの?」

「そうね、私も直接お二人のお話を聞くことも多いから、お嬢様の婚約をどうにかしなくては…というのだけはお聞きしてるわよ。でも、それ以上は具体的にはお聞きしてないの。

きっと、旦那様と奥様も動いてらっしゃるから、そこは私達はまだ教えて頂けないのだと思うのよね」

「そっかぁ…。早くお二人が様々なことに煩わされずにお過ごしになられるといいわね」

「そうね。私も早くそうなってほしいと思うわ」


 侍女仲間の一人がドリーに話しかけていた。二人でグリフィス家の義理の兄妹のことを話しながらも、将来二人が結ばれて欲しいという願望を口にしていた。



 §§§



 アントニアとアーヴィンの二人が招待されたお茶会の当日となった。

何度となく繰り返してきたように、今回もアーヴィンから贈られた髪飾りとネックレス、イヤリングに合うドレスを用意していく侍女達を前に、本当は選びたくもないドレスを選ぶアントニア。

 選んだドレスは、アーヴィンの金と碧に合うように全体に海の碧を思わせる色合いで、ドレスのスカート部分は上から下へと淡い色合いへとグラデーションで変わっていくものだった。

裾のフリルには金糸で刺繍がされており、フリルと重ねられたレースにも金糸が使われていて、光の加減によって波打ち際のようにも、水面の反射のようにも感じられるドレスになっている。

 デザイン自体はAラインのシンプルなものだったが、十四歳という年齢は体も徐々に大人に近付いてきているため、幼い雰囲気のフリルやレースの使われ方は一切なく、これから羽化する蝶のような少女から淑女へと移り変わる時期の儚さを醸し出すものとなっていた。

 このドレスはアーヴィンの髪と瞳の色を使い作られているが、アントニアにとっては苦痛そのものの権化らしい。毎回一緒にいたはずの婚約者が目の前から突然消えて、放置され、お茶会から憔悴しながら帰らなくてはならないという強制力が働く場面で着るドレスだからだ。

 アントニアは他のドレスを着たいのに、絶対にこのドレスになってしまうため、何時の頃からか適当に色とデザインを侍女に伝えて持ってきてもらい、適当に着付けてもらうのが恒例となっていた。

勿論侍女達はそんなことを知らないから、ドレスを着たアントニアに皆一様にため息をついて「さすがお嬢様」と言うのだが、それすらもアントニアにはどうでもいいことで、聞き飽きてもいた。

自由時間の時くらい、自由に動きたいし…縛られたくない。

 そう、強制力の働く時間だと悲しくなくても涙が出るし、痛くなくても痛いと言っていたり、とにかく彼女自身の気持ちとは裏腹に物事が全て動くのだった。

だから、少し憂鬱な面持ちでこの後強制力の働く時間に突入するかと思うと、やるせなさをぐっと堪えながら侍女達にされるがままに過ごすアントニアだった。

 ちょうど全ての支度が終えた頃、ドアをノックする音がして、トニーが現れた。


「お義兄様!」

「アン、お茶会の時間までまだ少し時間があるから、来てみたんだけど…。これは、ちょっと困ったな」

「何が困ったのですか?」

「いや、アンがあまりに可愛くて素敵だから、誰にも見せたくなくて。…アーヴィン様ももうすぐ迎えに来るのだろう? あー…見せたくない。と言うか今すぐアンを隠したい!」

「え? あ、あの? …えっと、お義兄様?」


 部屋にいた侍女達がクスクスと笑っている。その中で侍女のドリーがトニーに声を掛けた。


「トニー様、よろしいでしょうか?」

「何だい?」

「お嬢様が戸惑われておりますので、あまり揶揄われるのもどうかと思いますが」

「揶揄っているわけではないんだけど…。でも、そうか。戸惑わせたのは事実だね。うん、アンごめんね」

「いえ、ただ…その驚いただけですから…」


 アントニアのハーフアップに結われた髪を一筋手に取ったトニーは、迷わずその髪に口付ける。すぐさま頬を染めたアントニアに微笑みかけて、玄関まで一緒に行こう、とエスコートすべく手を差し出した。

アントニアも頬を染めたまま差し出された手に、自身の手を添えるように置くと、二人並んで部屋を出ていった。

お読みいただきありがとうございます。


今回の投稿の後ですが、今週はあと一度投稿出来るかどうか分からない状況です。

お盆に入ると慌ただしくなるのが分かってることもあり、厳しいかもしれないです。

お盆明けに通常稼働まで戻れないのも分かってるので、やっぱり夏休み中は定期的に投稿するのは難しそうです。


投稿出来ない間に、納得出来てない部分を色々直していけたらいいな、と思ってます。

ちなみに、予定していたよりも2章の話数が増えるのが確定しましたよ。

今必死で書いてるのはいいのですが、時間を置いておかしなところがないか確認するのが常なので、色々不安しかないです。

がんばります…。


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 アントニアのお茶会用のドレス姿を見たトニーの感想。口にしなかったことが色々あったけど。

「アクセサリーは、全部自分で選んだものに変えてしまいたい」

これだろうな、と。

それから、学院でトニーは多分盛大にケンカを売られてると思うんだけど、やり返していそうな気がする。

いやぁ魔法のない設定で良かったかも。もし魔法があったら、トニー何するか分からない。結構危険人物だと思う。

そうでなくても色んな人物経験してるモブだから、ある意味スキルがすごい人物になってるわけで、本人もその辺りよく分かってるはずだし。

考えるのはよそう。うん、忘れよう。きっと危険なお仕事もしてきてるはずだから、考えなーい!

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