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婚約の解消 2

誤字報告ありがとうございます。

非常に助かります(^▽^)

 とある日、婚約者であるアーヴィン・エクルストンの屋敷に招かれ、アントニアは婚約者との交流の為のお茶会に来ていた。

花々が咲き乱れる庭園の一角に用意されたガーデンテーブルと椅子に向かい合って座り、ただ黙ったままお茶とお菓子で時間を潰していた。

いつものようにアーヴィンは何も言わない。表情も変えない。だから、アントニアも何も言わない。表情も変えることがない。


(早くこの時間終わらないかな…。退屈で仕方ないわ。お義兄様と一緒にお勉強してる方が良かったな…)


などと婚約者が考えていることなど知らないアーヴィンは、ただアントニアと一緒に過ごせるだけで幸せであった。



 §§§



 アントニアの祖父と、アーヴィンの祖父は、王立貴族学院で知り合い、意気投合し友好を築いていた仲だった。

最初はそりが合わず互いにただのライバル意識しかなかったが、いつしか互いに切磋琢磨し合える友人でありライバルとなり、家族ぐるみで交流するような関係となっていった。

 そして二人にそれぞれ子供が生まれ、双方には男子しか生まれなかったことから、「孫の代で男女が生まれることがあれば、婚約させよう!」と口約束をしたのが、アントニアとアーヴィンの婚約が結ばれるきっかけだった。

 それでも、孫達の気持ちは尊重するつもりであったそれぞれの祖父達は、二人の初めての顔合わせで、性格が合わないようであれば、ただの友人で終わるのも仕方ないと考えていた。



「お客様だよ。グリフィス前侯爵のお孫さんのアントニア嬢だ。アーヴィンは仲良く出来るかい? 同じ年だから一緒に遊んでおいで」


 エクルストン公爵となったばかりの父親からアントニアを紹介されたアーヴィンは、一目見てアントニアを気に入ってしまった。いや、アーヴィン自身に自覚があったのだから、一目惚れしたと明言してもいいだろう。

紹介されてすぐにアントニアはアーヴィンに向けて、可愛らしくスカートを摘まみカーテシーをしてみせた。

まだ幼い少女が礼をする様は、たどたどしくもありながらとても愛らしいもので、大人達も微笑ましく見守っていた。


「ご紹介いただきました、アントニア・グリフィスです。アーヴィン様、よろしくお願いします」


 はにかむように微笑んだアントニアは、儚げでありながら、凛と立つ薔薇の花のようにも感じられ、アーヴィンはただその姿に見惚れるばかりだった。

一瞬挨拶が遅れてしまったものの、なんとか取り繕うようにアーヴィンも挨拶を返した。


「アーヴィン・エクルストンです。アントニア嬢、こちらこそよろしくお願いします」


 無表情でありながら、彼は頬を赤く染めており、よく見ればアントニアに対し好意を持ったことが分かる状況だった。当然彼の両親も、その場に居合わせた使用人達ですらアーヴィンの気持ちを察していた。

 その後、アーヴィンがアントニアをエスコートするように、庭園を案内したり、屋敷内を案内して二人は過ごした。あまり会話は多くはなかっただろう。

けれど、幼い二人にとっては会話よりも、一緒に行動し様々なことを共有することが楽しいことになったようだ。だから、アントニアは婚約について嫌だとは思わなかったらしい。

それに対し、アーヴィンは違う意味で婚約を強く望んだのだった。


「僕は…アントニア嬢と婚約したいです。一緒にいて、とても楽しかったし…すごく可愛かったから…」


エクルストン公爵家では、アーヴィンが婚約することに前向きであり、そのお相手にアントニアを選んだことで双方の家族は祖父の顔を立てることも出来たし、何よりアントニアが容姿はもちろん、年齢の割に大人びておりしっかりとしている点も喜んでいた。

 けれど、幼い二人が仲良く過ごした時間はあっという間に終わってしまうのだった。

アーヴィンが無口なことがその最たる理由ではあったが、アーヴィン自身がアントニアといるだけで幸せだと感じていて、それはそのままアントニアも同じだと自分勝手に思い込んでいたことが、何よりも大きな原因だった。

 互いに話し合うにも、アーヴィンが自身の気持ちを伝えない為にアントニアが彼の気持ちを知る機会は一度もなかった。

だから、前回手作りクッキーを持っていくことで、双方の交流が出来て、気持ちの上で穏やかに過ごす時間が持てたわけだが、結局彼自身がアントニアに好意を持っていて、結婚したいという気持ちがあることを告げることがなかったため、強制力の前に二人は強制的に関係を断たれてしまったのだった。

 アントニアが自死したことで、アーヴィンが初めて彼自身の手を汚すことのないまま彼女が逝ったわけだが、代わりに本当のアーヴィンの気持ちと、この世界に強制された気持ちとの乖離が起こり、きっとアーヴィン自身は生涯孤独を抱えたまま生きていったのだろう。

 一番大事な相手が誰だったのか、そして気付けば体を繋げるようになった相手を、愛してもいなかったという事実に愕然としながら。


 今回はアントニアが前回より以前と同じように婚約者に接している。その為、アーヴィンはアントニアに対し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に気付かないまま、彼女に接していた。

そうしている間に、アーヴィンは彼女が自身から気持ちが遠く離れることになるとも気付かないまま、時間を無為に過ごすことになるが、そのことに気付くにはまだ暫くかかりそうだった。



 §§§



 エクルストン公爵邸から戻ったアントニアを出迎えてくれたのは、義兄のトニーだった。

疲れた顔を見せるアントニアを、温かく迎え入れ、肩を抱きながら屋敷内へと入った。


「ただいま帰りました」

「お帰り。今日も変わらなかった?」

「そうですね、今日も相変わらず会話もありませんでした」

「本当、君の婚約者はダメだなぁ。どうしてこんな可愛いアンに『今日も可愛いね』くらい言えないんだか!

僕だったらたくさん褒めてあげるのになぁ」


 義妹を慰めようとしたのか、それともただ口説いてるのか、とにかく義兄はアントニアを甘やかそうとする天才とも言えた。常に彼女がいかに可愛らしく、素晴らしい女の子なのかを誰がいようと関係なく話をするのだった。そう、周囲に聞こえるような声で。


「…お、義兄様、お願いですから、そんな大きな声で…言うのは、やめ…」

「止めてあげないよ。だって事実なんだから」

「…!?」


そうして、照れて顔を真っ赤にさせてしまう義妹を見ては嬉しそうに笑い、優しく手を頬に当ててみたり、頭を撫でてみたり、とにかくリンゴのようになってしまっている義妹を可愛いと言いながら愛でるのが常だったのだが、今回もやはり同じであった。

 照れて困った様子を見せるアントニアの頭を優しく撫でながら、「アンが可愛いんだから仕方ない」と言い切っているところだった。


 トニーが敢えて人前で、目に付く場所で、アントニアを褒めるのには理由があった。

彼女はずっとループする世界で、言ってしまえば虐げられた存在だ。五年という時間の中で大半は穏やかに生活している。けれど、最終的に何も悪いことをしていないのにも関わらず、無実の罪を着せられる形で殺され続けてきた。

 そんな彼女には確かに家族仲の良い温かな家はある。けれど、最終的に死が待っている状況を考えれば、彼女がそれを家族に打ち明けたことが一度もないというのが、全てを物語っていると彼は感じたのだ。


『アントニアは、家族を大事に思ってはいるが、決して信頼していない』


 彼女がアーヴィンとの婚約を解消しようと動いたことは数知れずあった。が、全て出来なかった。

最大の原因が、アーヴィンとステファニーが恋人になった後に、婚約解消を両親に訴えたが、今だけのことだから婚約者として彼が戻ってくるのを待っていればいい、と言われてしまった事。

そして母親からも「お父様も婚約期間中に似たようなことがあったけれど、ちゃんとお母様の元へ戻ってきてくれたのよ。だから、貴女達も大丈夫よ」と、言われてしまえば、強く訴えられなくなってしまった。

 さすがのアントニアだって、心の中では「あなた達(両親)と私達とでは違いますけど? なんだったら、アーヴィン様の場合は世界の強制力が働いてますから、絶対に戻ってきませんけど!?」と、叫んでいたわけだが、それを両親にいう訳にも行かず、結局はそのまま泣き寝入りからの殺される結末だった。


 そんな過去もアントニアから聞いていたトニーは、ただ彼女に寄り添い、彼女の深く傷付いた心を優しく包んでいたいと考えてもいたし、彼女はただ捨てられるだけの存在なんだと思い込んでいると感じているトニーは、彼女はとても素晴らしいのだと、皆に自慢したいほどの人なのだと、そう伝えたい気持ちもあった。



 アントニアが十四歳になり半年以上過ぎた頃には、義兄のトニーとの心の距離が近くなってしまっても仕方ないほどに、二人はいつも一緒に過ごすようになっていた。

二人の関係はとても穏やかで、見ていると優しい気持ちになるような、可愛らしいものだった。

二人をいつも見ている使用人達は、二人が特別な関係になっているのだと誰も疑うことはなかったが、アントニアが婚約者のいる身であることを思えば、誰も不用意なことを口にすることはなかった。

 だからだろうか。婚約者のアーヴィンがアントニアと二人きりのお茶会で、グリフィス侯爵邸にやって来ても、使用人からはトニーのことを聞くことはなかったし、アントニアが機嫌良く微笑む様を見る機会が増えれば、自身との関係を良いものだと感じているのだと勘違いしてしまったのは。


 アントニアが何もないのに、死にたい衝動に駆られることは、トニーがいれば一切なくなっていた。

だから、アントニアは油断をしてしまっていたのだ。そう、すっかり忘れていたのだ。

 アーヴィンと一緒に、エクルストン公爵邸ではない他の貴族邸でのお茶会に参加しなくてはいけない、強制力の働く日があることを。そして、その日アーヴィンのエスコートが途中からなくなることを。

お読みいただきありがとうございます。

次回は金曜日に投稿予定です。


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