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婚約の解消 1

投稿を再開します。

そして、2章の始まりです。

 朝目が覚めると、見慣れた天井とカーテンの隙間から入ってくる光に、アントニアは「またこの日か」と思いながら、ベッドから体を起こした。

しばらくすると侍女のドリーがやって来て、身支度を手伝ってくれる。

そして、毎回同じことを繰り返しているが、今回も同じことを繰り返すべく紅茶をドリーに淹れてもらい、口にした。

その後は、食堂へと向かい両親と食事を摂り、家族の予定を確認しながら、明日やってくる養子のことを思うのだった。

今までずっと義弟だったから、今回もそうだろうと思いながらも、義妹が来てもいいじゃないか、と思ってしまうアントニアがいた。

 貴族学院で友人達と過ごす楽しさのおかげで、家族でも姉妹なら友人達と同じように楽しい時間を作れるのではないか? と考え付いた途端にその考えに囚われてしまったようだ。


 その日を終え、ベッドに入るとすぐに寝入ってしまったのは、その前の彼女の人生にどうしても大きなストレスがあるからだろうか。

寝息をたてるアントニアからは、そんなことはまるで想像できないのだが。



 §§§



 ループ二日目にして事件は起きた。

いつものように養子を連れてグリフィス侯爵は戻ってくるのだが、今回も義弟になる子供がいるはずだ、と思っていると全く見知らぬ少年…否、青年と言っていいような人物と父親が連れ立って戻ってきたのだ。

 いつも義弟となる少年は、アントニアと同じようなミルクティーブロンドに似た淡い色合いの髪だったが、今回は濃いグレーの短髪で深い藍色の瞳をしていた。顔立ちはグリフィス侯爵家の血筋と言われれば納得するような顔立ちだった。

とても整っていて、誰もが見惚れるような美青年だった。そして何よりアントニアが驚いたのは、彼が眼鏡をかけていたところだった。

彼の深い藍色の瞳によく似合う細めの銀のフレームと少しレンズの小さい眼鏡は、トニーの整った顔立ちに色を添えていた。


(今までの義弟(おとうと)とは違う! どういうこと? あの可愛い義弟はどこへ行っちゃったの?)


そんな戸惑いを余所に、義弟ではなく義兄となった養子はアントニアに笑みを浮かべてこう告げた。


「僕はトニー。いきなり兄って言われても困るかもしれないけど、君を大事にするよ。よろしく頼むね」

「…あ、えっと、お義兄様、よろしくお願いします。アントニアです。アンと…呼んでください」

「アン、か。可愛いね。うん、よろしく、アン」


 この後は今までと同じように、二人揃ってソファに並んで座り話をしていた。お互いの好きなものや好きな遊び、嫌いなものや苦手なことなどだ。

 自由時間に入ると、義兄となったトニーがくすくすと笑い始めた。


「アン、僕のことちゃんと覚えてる?」

「……まさか、トニー…? 名前が同じなだけで別人っていうわけじゃなく?」

「うん、トニーだからすぐ気付いてくれると思ったんだけど。別人だって悩んでた?」

「…ずっと弟が養子として来てたから今回もそうだと思ったら義兄だって言うし、しかもトニーって名前だから、そうかなって思ったけど、でも…顔が違うし…悩んでたの」

「そうだよね、トニーって名前と髪と瞳の色以外は実は顔とか身長や体格とか毎回変わるんだよ。だから、気付いてもらえるかな? って不安ではあったかな。そうだ、今回は三歳年上になったよ」

「…お義兄様かぁ。うん、上に兄弟がいるってなんとなくだけど、心強いかも」


 ソファで膝の上に顔を両手で覆うようにして伏せてしまったアントニアだったが、トニーが義兄として目の前に現れたことで、今までの家族関係と変わりそうな気がして、悶えてしまってもいる。

トニーはそんなアントニアの頭をぽんぽんと撫でながら、微笑ましそうにするのだった。


 この日から二人の義兄妹はいつでも一緒に過ごすようになる。

グリフィス侯爵邸の使用人達は、仲の良い可愛らしい義兄妹がいつも寄りそう様に癒されるようになっていった。

それと同時に侯爵令嬢の婚約者のことを考えると、誰もが同じことを考えるのだった。


(アントニア様の婚約者は、アーヴィン様からトニー様に変わってくださらないだろうか)


トニーとアントニアの二人が並ぶ様は、一対の人形のようで誰もが見惚れることになる。

婚約者のアーヴィンは見目麗しいまさに王子というような風貌だったが、トニーは全く違うタイプだった。

穏やかな雰囲気を纏い誰もが安堵してしまうような空気を持つ存在だった。実際包容力もあり、アントニアも婚約者のアーヴィンといるよりも自然な笑みを浮かべていることが多い。

グリフィス侯爵家の血筋を思わせる顔立ちだからか、アントニアと並んでいるとお似合いだと感じるのだろう。

そして、二人の間にある空気もどこか優しく甘く感じられるのだから、普段から二人を見ている使用人達からは、二人が結ばれればいいのに、と思う者が圧倒的に多かった。


 肝心な婚約者のアーヴィンだが、いつもそうなのだけれど今回も変わらなかった。

婚約者のアントニアに対し、無表情で接していたし、あまり会話も弾まなかった。

だから、使用人達からすれば、義兄となったトニーがアントニアに対しいつも気遣い可愛がる様を見ている為か、トニーのしていることを

(婚約者が率先してすべきことなのでは?)

と思ってしまっても仕方のないことだっただろう。

 滅多にグリフィス侯爵邸に来ることのないアーヴィンではあったが、使用人達がそう感じているのだから、アーヴィンとアントニアの二人をよく見かける人物がいるとするなら、どう思うのだろう。

 それとアントニアは前回アーヴィンに対し、お茶会に手作りのお菓子を作って持っていくことがあったが、今回はそういうことはなかった。


(手作りの手土産を持っていっても、結局は意味がなかったものね。だったら、今まで通り私もアーヴィン様との関係を改善する理由なんてないのよね。私にとっては嫌いな相手でしかないんだから)


 お茶会での二人は、前回より前の時と同じように、会話もほとんどなく淡々と時間が経過するのを待つだけのものに戻っていた。



 §§§



ある日のことだ。トニーがアントニアの部屋を訪ねていた。


「お義兄様、どうなさいましたか?」

「どうしても聞かなくちゃいけないことがあったことを思い出したんだ。すごく大事な話なんだけど…時間はいいかな?」

「はい、大丈夫です。…人払いは必要ですか?」

「うん、そうして欲しい」

「分かりました。ドリー、少し込み入った話をするから外してほしいの。お願い」


 トニーの言う大事な話が一体どういうものかは分からないまま、いつも穏やかに笑みを浮かべているトニーとは違い重い空気を纏っていることから、アントニアは義兄の請うままに人払いをしたのだった。


「あの、大事な話というのは?」

「前回の事だよ」


そう言われてしまえば、アントニアは小さく「あ」と口にした。思い当たることしかない。

トニーが話したいというのは、アントニアが自死したことだろう。


「どうして急いで死んだりしたの? 確かにアンにとってはあのまま残りの時間を苦痛に耐えて過ごして、最終的に殺されるのを待つような状況になるのは、キツイのは分かるよ。

でも…どうして、自ら死を選んだの?」


 義兄からの問いに、小さく首を傾げながら、眉尻を下げて、困ったように笑って、言葉をこぼした。


「時々、私の意思とは関係なく、死にたくなるのです。例えば、今こうやってお義兄様と一緒にいて楽しい時間を過ごしたとしますね。

そして、一人きりになって、特別辛いと思うことがなくても、本当に訳もなく死にたくなるんです。

そんな時、目の前に意図しないまま刃物があれば、迷いなくその刃物で自分を傷付ける、なんてことに…なってしまったのが前回です」


 理解されるわけがない。だけど、これが事実だから、伝えた。すると、義兄はこれ以上ないほどに眉をぎゅっと顰めていた。そして、両手をアントニアの方へと伸ばし、彼女を抱き締めていた。


「…苦しかったね。そんな風に、いつもいつも、ずっとずっと耐えて来てたんだね。きっと誰にも理解出来ないくらい苦しかったんだよね。

僕じゃアンの気持ちのほんの少しも理解出来ない気がする。だけど…これからは、僕にも少しは背負わせてほしい。アンのこと、守るって約束したの、覚えてる? 前は無理だったけど、今回は絶対に守るから」


 アントニアの背中に回された腕は、小さく震えていた。それが彼女にとっては自身に向けられた好意のようで嬉しくなった。その温かさに気持ちが浮き上がるような気さえした。

また彼女を包むように抱きしめるトニーは、自分よりも小柄で儚く見える少女が抱え込む闇を知った気がして、心が締め付けられるのだった。


「トニーお義兄様、ありがとうございます。約束、覚えてます。今度は…守ってくださいね」

「うん、絶対守るからね。だから…僕を選んでね」


 アントニアは義兄の言葉に、以前も同じことを言われたことを思い出していた。守るから、選んで、と言われたことを。

けれど、アントニアはその意味の全てを理解しきれているとは言えなかった。が、義兄が自身のことを思って言ってくれていることだけは、理解していた。

ただその思いがどのようなものなのかは、当然のように理解していなかった。


 アントニアは自身に向けられる気持ちに疎い。鈍いとはきっと違う。

家族関係は良好だった為、愛情を感じることの出来る人間だ。けれど、恋情に関して言えば確実に疎い。

アーヴィンがその対象だった頃、間違いなく自身の気持ちは理解してたものの、アーヴィンからの愛情など欠片も感じたことがなかった。

婚約者が無表情で無口だったことが大きな要因だったとは言え、アントニアに対し嫌悪することはなかったのだから、よくよく観察すれば彼なりに頬を染めたりする場面もあったし、それに気付く機会はいくらでもあったのだから。

 結局はこのループする世界に長く居続けることで、彼女自身が恋を無駄なもの、不要なものと考えるようになってしまったのが最大の原因なのだろう。

報われることのない想いは、不要なものとなり、想い合う相手がいるというのは自身には無関係のものという認識なのだから。それにその結果が自身の死と繋がっているのであれば、尚更。


 義兄となったトニーは、そんなアントニアに向き合うことが出来ても、彼女が応えてくれるのかは別の話なのだから、彼の今後は決して楽ではないだろう。

ただ凍てついてしまっているであろう彼女の心を、穏やかに守りながら、癒し、温めていければいいと願うだけだった。

お読みいただきありがとうございます。


アントニア、また13歳からスタート切りました。

1章のような幕切れは今後はアントニアに起こることはないので、そこは安心していただけると思います。

糖度が徐々に高くなる予定なので、楽しんでいただけるといいな、と思いながら書いてます。


引き続きよろしくお願いします。



※ 一部文字が抜けてる箇所があり、修正しました。内容自体に変更はありません。

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