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終わりと始まり

「アントニア、いやグリフィス嬢。今を限りに、婚約を破棄とさせてもらう」

「アーヴィン様⁉ どうしてです‼」 

「どうして? 自身の胸に聞いてみるといい。君が、彼女…ステファニー・メイプル嬢にしてきたことを忘れたとは言わせない」

「⁉」

「どうして、と言いたげだが…。全ては調べがついている。ステファニーに君がしてきた様々なことだ。勿論、客観的な証拠もある。証人もいる。具体的に何を君がしたのかを言ってみせようか?」

「わ、わたくしは身に覚えがございません」

「そうか。例えば彼女の持ち物を盗み捨てる、壊す、彼女に嘘を教え学業の邪魔をした、明らかな悪意をもっての行為だ。それだけならまだいい。

君は彼女の背を押しただろう? あの大階段の踊り場から。あの時、君のことを見ていた者がいたんだよ」

「あ、そ…んな」


 アントニア・グリフィスと呼ばれた令嬢は、この国リリェストレーム王国の侯爵家の一つグリフィス侯爵の長女だ。そして、アーヴィンと呼ばれた令息は、アントニアの婚約者でこの国の公爵家の一つエクルストン公爵の嫡男だ。

 今二人は、リリェストレーム貴族学院の卒業式後に開催されている卒業パーティーの会場となっている貴族学院のホールにいる。そして、アントニアがアーヴィンから婚約破棄を突き付けられている。

二人の関係を歪めてしまったであろうステファニー・メイプルは、男爵令嬢だ。決してアーヴィンと釣り合う立場ではない。けれどステファニーはアーヴィンに寄り添うように並んでいた。

 アーヴィンの口から出た名前が示す意味は、二人が親密なものなのだと誰もが容易に想像出来るものだった。


「だ…て、アーヴィン様が! こんな女に(うつつ)を抜かすから!」

「君は何か勘違いをしているようだ。君の行為のせいで、婚約を破棄するんだ。グリフィス侯爵も御存知のことだよ。だから、君に責められる謂れは何もない」

「そん、な…。っ!」


 アントニアは、婚約者に告げられた事実に眩暈を覚えたのか体をふらつかせた。けれど、それを堪えなんとか一人で立っている。

俯いてしまった彼女の表情を読むことが出来る者はこの場にはいない。

彼女は今までずっと己の感情を内に抱え込んできた。そして、一人で抱え込めなくなった結果が、ステファニーへの害意、そしてそれを示すための行為。

 今アントニアは恥辱に塗れたと言わんばかりの表情を浮かべている。それが彼女の怒りをどれ程募らせているのかは想像に容易い。

けれど、それを誰も見ることはない。俯いたままの彼女が次に移す行動は、アーヴィンの隣に立つステファニーに向けて刃を突き立てること。隠し持っていた短剣を手にしていた。

愚かなその行為は、誰の目にもただ叶うものではないと分かる。ステファニーを庇うためにアーヴィンが立ちはだかるのが分かるからだ。

 ステファニーを背に隠したアーヴィンは、アントニアに幼い頃から向けてきた無表情さでただ応えた。その手にはアーヴィンの『ステファニー(恋人)を守ること』を示す剣を持ち、アントニアに向けている。

 アントニアは、ステファニーを刺すはずのその短剣を捨てていた。けれど、それはアーヴィンのすぐ間近でのこと。誰かの悲鳴が聞こえた気がした。その瞬間アントニアは、アーヴィンの明らかな殺意を向けられ剣で切り捨てられていた。


 ホールに倒れたアントニアから流れ出る血で床が赤く染まる中、アントニアはただ思う。


(やっとこの茶番が終わる…)


 アントニアは、ただ婚約者を愛していた、ただそれだけのことで人を害そうとした。結果的にはそのことが彼女自身を害する結果となった。


 彼女の行為を咎める者がいなかったのだろうか。

 彼女を死に至らせる結果以外の方法はなかったのだろうか。

 彼女はただ、婚約者を奪われたくなかっただけだったのに。


そして、アントニアは愛する人から見向きもされないまま、愛する人にその命を絶たれることとなった。

これが幾度も繰り返されていることなど、誰も知らないことだった。

だから、まさかアントニアが気付いてしまうだなんて、この世界だって分かるはずもない。



 §§§



 ある朝、ベッドの上で目覚め、起きるところから始まるループするこの世界は、いつもいつも少女を絶望の淵に立たせた。

 翌日には養子として彼女の家に迎えられるはずの遠い血縁関係にある子供が家族となる。

少女には祖父同士が随分昔に決めた同い年の婚約者がいて、今は十四歳になる直前の十三歳で、この先の未来が大きく動き始める十五歳まで僅かしか時間がないことに絶望する。

 十五歳になり、リリェストレーム王国の貴族なら必ず入学することになるリリェストレーム貴族学院に入学。

そして、婚約者と少女も同じ学舎で学ぶことになるのだが、婚約者からはもうずっと冷たい態度を取られていて、決定的なことが起こるのがこの貴族学院での在学期間中だった。

 婚約者が別の令嬢と親しくなる。そして、少女はその令嬢に対し嫉妬し、婚約者に顧みられないことへの恨みを令嬢にぶつけ続けた結果、婚約者に打ち捨てられる。

少女が婚約者から婚約破棄を告げられたさい、短剣を婚約者に寄り添う令嬢へと向けた。それを阻むために婚約者が少女を切り捨てる。そうして少女は命を絶たれる。

毎回、それの繰り返し。


 五年という時間を、少女はただ漫然と繰り返したこともあった。

同じ時間を、何も考えずただ流れに乗って生きると、全く同じことが繰り返されることも知った。


 映画が上映を繰り返すような、そんな流れ。生きた人々がいるのに、まるでフィルムが流れるのと同じに繰り返すだけの日々。

舞台なら、その日その場その瞬間ですら、同じ台詞でありながらも変わってくる。役者のほんの些細な変化すら、変えてしまう瞬間がある。だからこそ、舞台を繰り返しているのではなく映画のような日々。

 少女だけが同じことを繰り返していることに気付いている。

だから、泣いても、嘆いても、喚いても、無駄なのだと分かってしまって、苦しんだ時もあった。

 結局は抗っても無駄なんだと分かってからは、定められた通りに進めることに専念し始めた。

ただ、少女が全く何もしていないことで、罪を捏造され、他人の罪を擦り付けられても。

その結果、もう愛してもいない相手に「あの頃は君はあんなに愛らしかったのに。今はこんなにも無様で醜くなり下がってしまった」と言われても。

 言われるたびに、ショックを受けた顔を相手に見せて、そんな芝居がかった自分を内心嗤いながら、相手がそんな少女に疑問も感じさせない時点で、今回もこの世界は大喝采の中終えられるんだと安堵しながら、少女はいつも肩から胸へと大きく切りつけられ死んでいく。


 もうこの痛みにも慣れた、と言いたいけれど、この痛みだけは慣れることがなかった。

だから、代わりに心が死んでいく。痛みを他人が感じているのだと、そう思うことで痛みを感じていながら、痛みの乖離が始まり、気付けばもう自分自身のことを他者を見るような感覚しかなくなっていった。

だからなのか、最終的には完全に心が何も感じなくなっているような、自分で自分が分からなくなるような、そんな状態を繰り返すようになっていた。


 そうして、少女はまた十三歳の朝を迎えているのだった。

初めましてな方、ご無沙汰してますな方、こんにちは。

また作品を投稿します。

最後まで書き切ることを目標にがんばりますので、お付き合いいただけると幸いです。


6月の終わりから死ぬかと思うくらい暑くなり、7月に入ってからそれが落ち着いて酷く安心しました。

あまりの暑さに溶けそうだったので、自分がアイスクリームかもしれないと思い始めたところでした。

これからが暑さの本番なので、皆様も水分補給と適度な塩分と、快眠、休憩を心掛けてくださいませ。


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