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お茶会

 ルークが、パーシヴァル家に家庭教師として訪れるようになってから、1ヶ月が経とうとしていた。

歩き方から始まり、食事マナーや会話術に至るまで、徹底的に指導を受けたアンナは、屋敷に訪れた当初からは想像も出来ないほどの、身のこなしが出来るようになっていた。


 今日は、アンナの今までの努力を労う為に、ルークがお茶会を催してくれる事になっている。

アンナは、カークランド家に向かう馬車の中で、久々に会う事になるカークベリー伯爵に想いを馳せていた。

 なんだか、ドキドキするな。

 あの晩餐会の夜以来、会ってないんだもんね。

 私の事なんて忘れちゃったかな……?

「あの……私まで御一緒させて頂いて、本当に良かったのですか?」

そんな事を考えていると、隣に座っているリリスが、緊張した様子でアンナに尋ねてきた。

「もちろんよ! リリスが、一緒にいてくれるだけで、どれだけ心強いか」

アンナは大袈裟ではなく、そう言った。

慣れない環境に戸惑うアンナに、リリスは本当に良くしてくれている。

アンナにとってリリスは、ただの専属メイドではなく、パーシヴァル家で唯一、気取らずに話せる大切な友人だった。

「ありがとうございます。そう言って頂けると、嬉しいです」

安心した様子のリリスに、笑顔を向けながらも、実はアンナの心は別の事でいっぱいになっていた。

あの、晩餐会の夜以来、レッスンの忙しさで誤魔化して、考えないようにしてきた事……

カークベリー伯爵は「あの少年」なのかどうか、何度もルークに尋ねてみようと思いながらも、聞きそびれてしまっていた。

いや、本当はアンナ自身も無意識に、答えを知る事に怯えていたのかもしれない。

もしも、あの少年がカークベリー伯爵だったら、自分はどうしたいのか、もし違ったらどうするつもりなのか。

アンナ自身も、答えを見つけられないでいるのだから……


 カークランド家に到着すると、玄関ホールまでルークが迎えに出てきてくれていた。

「本日は、お招き頂きまして、ありがとうございます」

ルークの姿を見つけ、ドレスの裾をふわりと掴み、優雅に挨拶をするアンナとリリス。

その姿を見ているルークは、満足気に微笑んでいる。

「ようこそ、レディ。今日は楽しんで下さいね」

そう言ったルークにエスコートされながら、長い廊下を歩いていくと、その壁に何枚もの肖像画が飾られていた。

歴代のカークベリー当主と、その夫人のものであろう。

アンナは、その中の一枚に目を奪われた。

 この人……私と同じ髪の色をしてる……

ふと幼い頃の記憶が蘇ってくる。

『僕の母さまが、同じ色をしていたんだ』

 あの時の少年の言葉だ。

突然立ち止まり、一枚の絵に見入っているアンナに気が付いたルークが、アンナの元へと歩み寄る。

「前カークベリー伯爵夫人、僕ら兄弟の母ですよ」

ルークは目を細め、少し寂しそうに言った。

その言葉の意味を、アンナが理解するまで、少し時間がかかった。

 ルークのお母様……?

 私の叔母様に当たるのよね?

 て、事はカークベリー伯爵のお母様でもあって……

そこで初めてアンナは気が付いた。

あの少年が、カークベリー伯爵なのか分からない今、可能性はルークにもあるという事に。

思えば、なぜ今までそんな単純な事に、思い至らなかったのか不思議な位だった。

ルークも、兄であるカークベリー伯爵と同じ髪と瞳なのだから……

 私って、思い込むと、それしか考えられなくなるのは、悪い癖だな。

 今まで気が付かなかったのは、私の願望だったのかもね。

アンナは自嘲気味にそう思った。

「アンナ? どうかしましたか?」

絵を見つめたまま、動かないアンナにルークが声をかける。

「え? あ、なんでもないの。すごく素敵な方で、少し見惚れていただけよ」

なんとかその場を取り繕うために言ったアンナの言葉を、ルークは疑った様子も無く「それじゃ、いきましょうか」と再び歩き出した。

 その先にある突き当たりの扉から、内庭へと出ることが出来るようになっていた。

内庭にある、緑のアーチを潜り抜けると、少しひらけたその場所には、美しい花々が咲き誇り、辺りに芳醇な香りを漂わせている。

その中でも、一番目を奪われたのが、まるでピンクのレースを身にまとったように、儚げで可憐な花を咲かせている一本の大樹の存在だった。

今まで見た事も無い光景に、アンナとリリスはおとぎの国に、迷い込んでしまったかのような錯覚に陥っていた。

「ここは、屋敷の中で、僕が一番気に入っている場所なんですよ」

ルークが、目の前の白いテーブルセットの椅子を引き、二人を席まで案内する。

「あのお花、初めて見たけど、とっても素敵ね」

アンナは、風が吹くたび乱れ飛ぶ花弁が、春に舞い散る雪のようで美しいと思った。

「ああ。あれは父が生前に、亡くなった母を想って植えた『チェリーブロッサム』という種類で、この時期の一週間ほどしか花を咲かせず、とても儚い感じですが、僕は大好きな花ですよ。父は、母の髪の色と似た花を咲かせるあの木を、本当に大切にしていたものでした」

ルークは少し影を落とした瞳でそう語ってくれた。

「あ、ごめんなさい。辛い事を思い出させてしまって……」

「いや、僕の方こそ、気を使わせてしまいましたね。さて、そろそろメイド達が、サンドウィッチを運んでくる頃かな」

わざと、陽気にそう言ったルークの瞳に、もう陰りは無かった。


「悪い、遅くなった。レディを待たせるとは、俺とした事が、失態だったな」

アンナが、背後から聞こえたバリトンに振り向くと、そこには以前会った時と変わらない、圧倒されるような美貌の持ち主が立っていた。

「いや、僕達も今来たところですよ。兄さん」

心の準備も無いままに、突然現れた彼に、激しく動揺し、一瞬挨拶をする事さえも忘れてしまっていたアンナに、リリスが小声で「お嬢様、ご挨拶っ」と言ったところで、やっと我に返ったアンナ。

「本日は、お招きいただきまして、ありがとうございます」

アンナは、なんとか気を取り直し、先ほどルークにしたように優雅に挨拶をこなすが、内心は焦りでいっぱいだった。

「今日は、髪の毛を下ろしているんだな。そっちの方が似合ってる。まるで、あのチェリーブロッサムの妖精みたいだ」

ジェリーは挨拶をする代わりに、風に揺られてなびくアンナの髪の毛を見てそう言った。

晩餐会の夜に会った彼と、同一人物とは思えないほど、砕けた口調のジェリーに、驚きを隠せずにいるアンナ。

しかし、その思いをあからさまに表に出す事が無かったのは、今までルークから受けてきたレッスンの成果だった。

表面上は笑顔を保ちながらも、実はアンナの心は乱れていた。

 ちょ……この変貌は何っ?!

 なんだか、とっても恥ずかしい事を、サラッと言った気がするのは気のせい?!

 彼、本当にあのカークベリー伯爵よね?

褒められる事に慣れていないアンナは、赤面している様子を心なしか楽しそうに見つめるジェリーに、一瞬疑いの眼差しを向けかけたものの、これほどまでに他人を圧倒するオーラと存在感を持つ人物が、この世に2人もいるとは思えなかった。

「兄さん、アンナが驚いているじゃないですか。いくら自宅とはいえ、前回会ったのは、晩餐会の時だったんでしょう? あまり、ギャップが有りすぎるのもどうかと思いますが……」

見かねたルークが、兄に進言しているところを見ると、こちらが普段のジェリーの姿なのだと分かる。

「いいえ、カークベリー伯爵がこんなに気さくな方で、嬉しいですわ。従兄弟同士ですもの、堅苦しい事が無いお付き合いが出来るならば、そんなに嬉しい事は無いわ」

 ちょっと、苦しかったかな……?

動揺した心を悟られないように、必死にレディの仮面を被り続けるアンナ。

「ルークは家庭教師に向いているようだな。随分しっかりとしたレディになったじゃないか」

あまり感情が篭っている様には、感じられない言い方だった。

「兄さん、アンナに失礼ですよ」

兄の非礼を詫びるように、申し訳なさそうな顔でアンナを見るルーク。

「いいのよ、ルーク。ありがとう」

そんなルークとアンナのやり取りを見ていたジェリーのダークブルーの瞳が、刹那揺らめいた事には誰も気が付かなかった。

「まあ俺の本性なんて、お前とアンナの婚約が決まればいつかは分かる事だし、いつまでも社交界用の仮面を着けてるわけにもいかないだろ?」

 ……!!

「はっ!?」

ジェリーの爆弾発言に、いつも温厚で冷静なルークが珍しく大きな声を出す。

「今、なんて言ったの?! 婚約? 誰と、誰が?!」

アンナも、流石に今回ばかりは、必死にレッスンしてきた甲斐も無く、思わず叫ぶように言ってしまったのだった。



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