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家庭教師

「あなたには家庭教師を付ける事にしますからね?」


 お母様にそう告げられてから、数日が経った。

アンナは、家庭教師の事よりも、パティがあの日に口走った言葉が気になっていた。

『あなたなんかに、ジェリーお兄様は渡さないんだからっ』そんなパティの言葉が、何度も何度も蘇ってくる。

 パティ、カークベリー伯爵を「ジェリーお兄様」って呼んでた。

 それ位、親しい間柄って事よね。

 もちろん従兄弟同士なんだから、別に不思議な事でも無いけどさ……

物思いにふけっていると、リリスが呼びに来た。

「アンナお嬢様、男爵様がお呼びです。応接室まで来るようにとの事です」

リリスの言葉に、ついに来るべき日が来てしまったことを悟った私は、一気に憂鬱な気分になった。

「分かった、すぐ行くわ」

リリスにはそう答えたけど、足取りは重い。

 家庭教師が来たのよね、きっと……

 どんな人なんだろう、すっごく厳しい人だったりしたらどうしよう。

 って、なんだか私、ここに来てから考え事ばっかりしてる気がする……

応接室に向かいながら、男爵家に来てからの日々を思い出す。

まだ1月も経っていないのに、孤児院で過ごしていた日々が遠い昔の事のように感じた。

 重々しい扉の前に立ち、ノックをすると、中から「入りなさい」と声をかけられて、思い切って扉を開ける。

「お呼びですか、お父様」

中に入ると、お父様の横に並んで立っている青年に自然と視線が動いた。

 お、男の人?!私はてっきり、おばさんかおじさんの先生だと思ってたのに。

「アンナ、紹介しよう。彼が今日から家庭教師をしてもらう事になった、ルーク・カークランド君だ」

「初めまして、レディ・アンナ。ルークって呼んで下さいね」

ルークと名乗った青年は、人懐っこい笑顔を浮かべて、とても爽やかに握手を求めてきた。

アンナが、呆気に取られながらも握手に答えようと手を差し出すと、ルークはその手を取って恭しく顔を近づけると、彼のブロンドの髪がさらりと手にかかる。

「えっ、ちょっと!?」

握手のつもりで差し出した手に、突然顔を寄せられたアンナは、驚いて手を振り払ってしまった。

「これは、失礼しました。でも、少しずつでいいので、正式な挨拶も慣れていきましょうね」

目を丸くしているアンナにルークはとても穏やかに、そして紳士的な笑顔を向けてくれていた。

 やだ、私ってば。てっきりキスされるのかと思った。

 ちょっと、考えれば分かりそうな事なのに……

 恥ずかしいーっ!!顔から火が出るとは、この事ね。

「ルーク君。こんな娘だが、ぜひ、よろしく頼むよ」

頬を羞恥の色に染めて、小さくなっている私を見て、お父様はちょっと困ったように微笑んでいる。

「いえ、僕でお役に立てるかどうか、分かりませんが、出来る限りの事はさせてもらいますよ。叔父様」

ルークが茶目っ気を含んだウィンクをしながらそう言ったのだ。

 叔父さん……? って事は……?

「ははは、兄上のカークベリー伯爵にも、よろしく伝えておいてくれ。また、遊びに来てくれと言っていた、ともな」

「はい。兄も叔父様によろしく、と言っていました」

和やかに進む二人の会話に、私一人が蚊帳の外にいるようで、ちょっともどかしかったが、会話に入っていく事も出来ずにいると、そんな様子を察してか否かルークが声をかけてくる。

「さて、レディ? 早速授業に取り掛かりましょうか」

カークベリー伯爵とはあまり似ていない、さっきの懐っこい笑顔を浮かべたルークに、お父様もぜひそうしなさいと気を利かせて、部屋から出て行った。

急に二人きりになって、戸惑う私を尻目に、ルークは今まで掛けてなかった眼鏡を掛けて、なにやら準備を始めた。

 眼鏡を掛けると、雰囲気がずいぶん変わるのね。

そんな事を考えながら、ルークを見ていて気が付いたことがあった。

彼も、カークベリー伯爵と同じ瞳の色をしていた。

 兄弟って、髪や瞳の色も似るのね。

 それ以外は、まったく似てないけど……

ルークにはカークベリー伯爵のように、人を圧倒するような雰囲気は無く、どちらかといえば、安心感を与える印象だった。

痩身に細身の三つ揃えのスーツが良く似合っていて、知的で落ち着いた雰囲気を漂わせている。

「まずは、基礎の基礎からやりましょうか」

そう言ってルークが私に手渡してきたのは、ブックバンドで一つの束にされた数冊の本だった。

一冊が分厚くて、手に持つとずっしりと重たい。

「あの……?」

渡された本の意図が分からずに戸惑っていると、ルークがお手本を見せてくれるという。

「こうやって、頭の上に乗せて落とさないように歩く練習をしましょう」

話しながら、器用に頭上に本を乗せ、事も無げに歩いて見せて、「ね?簡単でしょ?」と、また私の方に本を渡してくる。

 あ、歩く練習から?!

諦めた私は、試しにさっきルークがやって見せた様に手に持った本を頭上に乗せてみるが、バランスを崩して本を落下させてしまうのを、繰り返す事数回……

まったく成功する気配は無かった。

 う……見てると簡単そうだったのにー!

「アンナ、焦ると余計に上手くいかないので、ゆっくりやりましょう」

 なんだか道のりは果てしなく長そうね……

 本物のレディへの道は、そう簡単じゃないって事か。

一つ救いなのは、家庭教師をしてくれる青年、ルークが人並み以上に忍耐力があり、決して怒ったり怒鳴ったりするようなタイプには見えない事だった。


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