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意外な一面

「それでは、カークベリー伯爵、私達はこの辺りで失礼しますよ。まだ今日の主役を皆さんに紹介しきれていないものですから」

お父様が、伯爵に会釈をしてその場から離れようとしたので、私も習ってそうすると、後ろからそっと腕を取られたので振り向くと、カークベリー伯爵が熱を帯びたような瞳で私を見つめていた。

突然、美しい彼の顔が間近に迫ってきて、私は心臓が早鐘を打つように高鳴るのを感じた。

「あ、あの……?」

「またお会いしましょう、ミス・アンナ」

小さく囁いた伯爵の目からは、すでに先ほどの熱は感じられなかった。

そんな彼の行動を不思議に思いながらも頷き、歩き出したお父様の後を追って、私も慌てて歩き出す。

でもやっぱり気になって、もう一度カークベリー伯爵に視線を向けると、彼は再び貴婦人方に囲まれてしまっていて、その表情を伺い知る事は出来なかった。

 カークベリー伯爵、何か言いたげだった……?

 きっと私の思い過ごしよね、じゃなかったら、きっとからかわれたんだわ。

 生い立ちの変っている私が珍しかったんでしょ、きっと。

自分の出生が、常に暇を持て余している貴族の人達にとっては、いい話の種なんだという事は、嫌ってほどわかってる。

彼も、そんな中の一人なんだと自分に言い聞かせてみるけど、あの熱を帯びたような瞳が私の頭の中から離れなかった。

 

 その後も、色々なお客様に忙しく挨拶をしてまわり、私がその役目から解放されたのは晩餐会も終わりに近づいてきてからだった。

あまりにも慣れない事の連続で、さすがに少し疲れてしまい、一人そっとバルコニーに出て休憩を取る事にした。

濃紺の空には無数の星が瞬いていて、薄くなった月が淡く庭先を照らし、昼間の華やかさとは違う、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 ふう、パーティって疲れる……

 貴族のお嬢様って、意外と大変。

 生まれながらのお嬢様なら、そんな事は感じないんだろうけど。

年頃を迎えた娘にとって、パーティというのはいかに目立って、自分を売り込む事が出来るかという戦場のようなもの。

そんな風に、リリスが言っていたのを思い出した。

 そんなものなのかな? 

 私には理解できそうにもないけどね。

 私って貴族社会には向かないもの。

もちろん、育った環境が特殊だからという事もあるけど、それ以上に性格的に合わないと感じていた。

私なら、色々な男性に自分を見てもらうよりも、たった一人自分が好きになった人だけに見て欲しいと思うからだった。

そんなアンナの脳裏に、あの天使のような少年の姿が蘇る。

 もう、会うことなんてないのに、バカみたい、私……

少し、自嘲気味に考えていると、後ろから声をかけられた。

「失礼、レディ。主役がこんな所で、さぼってていいのかな?」

 む……誰よ、失礼な。少し休んでるだけよ!

「さぼってなんかっ!……」 

 さぼってる、なんて汚名を着せられて、黙っていられるほどお嬢様じゃないわよ、私!

勢い良く振り向くと、そこには、いたずらっぽく微笑んだカークベリー伯爵の姿があった。

「あ……カークベリー伯爵……」

そこにいたのが予想外の人物だった事に驚いて、またやってしまったと思ったときには遅かった。

 レディたるもの、大きな声を出すのは、はしたない事。というのは、頭ではわかってるんだけど、なかなか難しい……

生まれてから16年間、思ったことはすぐに口に出してきた私にとって、考えるよりも先に、口が開いてしまうのは習性のようなもので、すぐにどうにか出来る物じゃないんだもん。

そう思って俯いていると、伯爵が微かに震えているのが分かった。

 やば……怒らせちゃった……?

怒りで震える姿を想像して、美人が怒ったら怖そうだな……なんて思わず場違いな事を考えながら、恐る恐る顔を上げてみると、なんと彼は手を口元に当てて、身体を震わせながら笑いを堪えていたのだった。

「し、失礼しましたっ。けど、そんなに笑わなくてもいいじゃない……」

笑われた事が頭にくるやら、恥ずかしいやらで、思わず口先を尖らせてしまう。

「いや、失礼……お、思った……とおりの……反応だったもんだから」

それでもまだ、美しい顔を歪めて笑いを堪えている伯爵に、思わず背を向ける。

 なによ! いくらなんでも笑いすぎだわ。

 さっきとは随分違うじゃない、こんなに大げさに笑うような人には見えなかったわよ。

さっきお父様に紹介されたときの彼は、気品があって、どちらかと言うと近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

「そんなに私をからかって、楽しいですか?」

後ろでまだ笑っているだろう伯爵に向かって、そう抗議する。

もう伯爵だろうとなんだろうと、構うものかという気分でそう言ったけど、あまりに反応が無いのが気になり、思わず後ろを伺うように振り返った。

さっきみたいに、堪えるような表情は無くて、突然真摯な顔をしている彼の姿に心が動かされた。

「カークベリー伯爵……?」

さすがに気分を害してしまったのかと心配になって、彼に歩みよってみる。

「よかった、もうこっちを向いてくれないのかと思った」

そう言って安心したように笑顔を見せる彼は、初めて会った時の印象とは違い、少し幼く見えて親しみやすさを感じた。

カークベリー伯爵のそんな表情を見て、一瞬あの少年と、目の前の伯爵の姿が重なって見えたような気がして、妙な既視感に襲われた。

 何、今の……?カークベリー伯爵が、あの子に見えた……?

 まさかね!あまりのギャップに、動揺してるんだわ、私。

彼にもう一度背を向けて、気持ちを落ち着かせる事に集中する。

そうでもしないと、うるさい位に高鳴っている胸の鼓動が、彼の耳にも届いてしまいそうだと思った。

 お父様は、伯爵を「ジェリー」と呼びかけていた……

 同じ髪に同じ瞳。偶然……?

頭では否定しながらも、もしかしたらという思いに、私の心の中には大きな波紋が広がっていくのだった。


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